第4話カノッサの屈辱

正樹は動物園から帰るとすぐに、息子の健太とシャワーを浴びた。

約束の時間は6時半だ。

いつもの居酒屋千代の前に集合だ。

「パパ、オシッコしたい!」

「え?オシッコ?四角のアミに向かって出しなさい」

健太は排水口に小便をした。お風呂に入ると、オシッコしたくなるのは、何故だろう。

正樹も1人で入る時、たまにオシッコをする。

健太の身体を拭いて、髪の毛をドライヤーで乾かすと、次はママの仕事だ。

いずみは、お兄ちゃんパンツを履かせ、短パンにトーマスがプリントされたTシャツを着せた。

健太は保育園の年長さんであった。


正樹も着替えて、

「いずみ、オレ行ってくるわ」

「ちゃんと、光一君の話しを聴いてあげてね。元キャプテンなんだから、出来るでしょ?」

「ああ。ま、元キャプテンなんでね。大人の対応を取らせてもらいます」

正樹は玄関のドアを開くと、心地よい風が吹く。

腕時計を見ると、06:12を表示していた。ゆっくり歩いても、10分で千代に着く。

無事、6時20分には千代に到着した。

そこには、まだ、出番は早いであろう、アロハシャツのヒロキが立っていた。

「お疲れ~、ヒロちゃん」

ヒロキも正樹に気付き、

「よっ、こんばんは、キャプテン」

ヒロキはにんまりした。

高校時代はヒロキは正樹の事を『キャプテン』と、ずっと呼んでいた。それから、月日が経ち、お互い結婚した40オーバーのオッサンになった今は、『ヒロちゃん』、『正樹君』と、呼びあっている。


「正樹君、今、何時?」

「え?腕時計では6時30分ジャスト」

「光一君、遅いね?」

「光一に電話したら?」

「それがさ~、光一君は家電に公衆電話からかけてくるのよ!だから、連絡取りたくても取れないのが実情なのさ」

「チッ!」

正樹はタバコを吸い始めた。

「何で、ヒロちゃんしか電話かかって来ないのかな?」

ヒロキはしばらく考えて、言った。

「高校の卒業アルバムだよ。あれには、住所と電話番号が載ってれから、僕は今でも実家で二世帯住宅だけど正樹君は引っ越してマンションに住んでるからだよ」

正樹はタバコの吸い殻をポケット灰皿に入れた。


2人はしばらく談笑した。否、ずいぶん長く話し込んでいた。

正樹の腕時計は7時30分を過ぎていた。

「光一は散々待たせやがって、とんずらか?これじゃ、カノッサの屈辱じゃね~か?こっちは再会を楽しみしてたのに!ヒロちゃん、光一は諦めて飲もうぜ!」

ヒロキも、半分はまだ来てくれるかもと言う気持ちと、がっかり感で訳が分からない心境だった。


2人は楽しい酒を飲んでいた。

すると、ヒロキのスマホから着信音が鳴る。

「もしかしたら、光一かもっ」

正樹は期待した。

電話の主はヒロキの奥さんからだった。しかし、事態は好転を見せた!

「ヒロちゃん、どうしたの?」

「嫁さんからの伝言で、光一君は電車が事故に遭って二時間遅れるらしいよ。二次会には間に合うから、石田屋で待っていて。だってさ!」

正樹は鯉のあらいを酢味噌につけて、口に頬張り、

「事故なら、許してやろうか?」

「うん、そうだね」ヒロキは嬉々としている。

「後、2時間ってね~。ねえ、ヒロちゃん石田屋の前に一軒寄り道しない?」

「それもそうだね、凛ちゃん、ご馳走さま。いくら?」

居酒屋千代の看板娘の凛は、

「1万7500円になります」

「ヒロちゃん、出すよ!」

「いいの、いいの、ここは僕が払う。二次会はおごってね」


2人は店を出ると、裏道を歩き割烹料理屋の緒方に入って行った。

カウンターで横並びに座り、2人は剣菱を注文した。

「お久しぶり、お二人さん。なんか、良いことあったの?」

「大将聞いてよ!22年ぶりに同級生と再会のよ!」

「ほう。ずいぶん仲がいいんだね」

2人はだいぶデキあがっていた。

この一時間後、2人は度肝を抜かれることになる。


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