眠らない医者
ぱちり、と目を開ける。
太陽が顔を出すにはまだまだ時間があるが、昔から睡眠時間が短く、けれどそれは患者の緊急時にもすぐ対処できるという利点でもあるため、特に直す気もないし気にも留めていない。医者の不養生だなんて言われたこともあるが、こういう体質なのだから仕方がないだろう。というか、血気盛んな野郎の多いこの軍事国家では毎日が流血沙汰で、加えて毎夜のように救急コールが病室からかかってくる。
リリリリィン、リリリリィン
ほら、今日だって。目を覚ました途端にコレだよ。やっぱりショートスリーパーで良かった。
ベッド横に据え置いているサイドテーブルに手を伸ばし、その上の受話器を手に取る。
「はい、ハリマンです。どうかした?」
「えっと、医務長。その」
コールの発信源は3号室からだった。ということは、この声は今日の訓練中に訓練という事も忘れて実践刀を振り回し、あげく訓練相手の子にこてんぱんに伸された子。もといリッキー君だろう。
「どうしたの?」
もう一度、今度はさっきよりも意識して柔らかい声を出す。
「痛みがひどくて……」
「眠れなくなっちゃった?」
「はい」
「うん、わかった。鎮痛剤を渡しに行くから、ちょっとだけ待っててくれるかな?」
「はい。すみません、こんな時間に」
「大丈夫だよ。それよりも、ちゃんと連絡をしてくれてありがとうね」
「いえ、それでは」
「うん」
がちゃり、受話器を置く。
僕は他の幹部たちのように戦うことができない。僕にできるのは怪我や病気を治して、休める場所を提供することぐらい。だから、リック君のようにちゃんと『痛い』と言ってくれることがどれだけありがたいことか。
寝巻を脱いで仕事着に腕を通しながらこの国を守ってくれている彼らの顔を思い浮かべる。総統であるジークフリートに文官のまとめ役と総統の補佐を担うカイ、情報戦では負けなしのフォルカーに近接戦最強のロドルフ、論戦に強いミロスとそれからアルメンの科学者ウィルバート、最近ここの幹部に仲間入りを果たした博識なクルト。誰も彼も一癖どころか二癖あって、それでいて国のことを守り発展させることには一切の手抜きはなく、揃って自分を大事にしない。他人の痛みには敏感なくせに、自分の事となると本当に鈍感で。でも自分の身に何かあったとしてもそれを隠す。
幹部たちもちょっとはリッキー君のことを見習ってほしいものだ。
「まったくもう」
カチリッ
自室に鍵をかけてから廊下に出る。まだ日が昇っていない廊下は薄暗くてちょっと不気味だが、そうもいっていられない。患者が待っているのだから。
暗くても、怖くても、待っている患者がいるという事実が僕に力をくれる。
カツリ、コトリ
カツリ、コトリ
廊下を歩いて階段を下り、また廊下を歩き。自室のある幹部棟から遠く離れた医務棟へ急ぎ足で向かう。徐々に嗅ぎなれたアルコールの臭いが強くなってきた。
「うん?」
無事に医務棟に到着した後、医務室で鎮痛剤を手にしてからリッキー君の病室へ向かうために廊下に出ると首を傾げた。
「灯りがついてる」
しかも3号室ではない病室が。扉から光が漏れているのは、病室の並びから察するに5号室だ。
「フォルカーだね」
リッキー君に鎮痛剤を手渡した後で様子を見に行こう。もしかしたらフォルカーも体調が悪化したのかもしれないし、と一抹の不安を抱きながらリッキー君の待つ病室へと向かった。
コンコンッ
「リッキー君、鎮痛剤持ってきたよ。入っても大丈夫かな?」
「あ、はい! どうぞ」
扉をノックしてから一声かけて病室内へ入る。ひどい筋肉痛と右腕の大きな
うん、思っていたよりも顔色も良いし、大丈夫そうだ。
「すみません、こんな体勢で」
「ううん、むしろ楽な姿勢していて。体に負担がかからないようにね」
「はい」
「はい、これが鎮痛剤ね。空腹時の服用でも大丈夫な薬だから、このまま飲んじゃってね」
「ありがとうございます」
薬と一緒に持ってきていたコップもサイドテーブルに乗っける。体を起こすことに四苦八苦していたリック君の背に手を添え、起き上がるのを手伝うと、彼は再びお礼を口にしてから錠剤に手を伸ばした。
「あ、あとこの薬は飲み込まないタイプのものだから、口の中で溶かすか噛み砕いて服用してね」
こくりと頷くと錠剤を口に含んだ。素直でいいね。
「予備でいくつか置いておくから、ひどくなったらまた飲んでね。それから、もし体に異変を感じたら服用をやめて僕を呼ぶこと。約束ね」
「はい、本当にありがとうございました」
「うん。じゃあお大事に」
リッキー君が体を横にするのを手伝ってから病室を出る。
さて、と。
問題は5号室の彼だよね。さぁ、待ち人の用事も終わったことだし、今度はフォルカーのところへ向かおうか。
出来る限り気配を消して、足音も殺しながら5号室の方へ足を向けた。
5号室に近づくにつれて声が聞こえてくる。この声は……。
「フォルカーとウィル?」
特徴的なトーンの声と、隠しきれない気だるさがにじんだ声。聞こえた2つの声はよく聞きなれた者たちのもので。一体こんな時間に何をしているのだろうか。
特にフォルカー。体が限界を迎えて気を失ったあげく病室まで運び込まれたというのに、これはお灸をすえる必要がありそうだ。そう思い5号室の扉を開け放つ。
「なぁにしているのかなぁ~?」
ニッコリと、あくまでも微笑みを浮かべながら病室内の2人へ問いかける。決して圧をかけようとか、そういうのではないからね?
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