第0話 ぐるぐるの会②

 ゴールデンウィークに入ると、家まで編集者がタクシーで迎えに来た。いや、これ、編集者の仕事なのか? まあ、いいか。僕は高級別荘地へと連行された。誰もが知る大企業の会長の別荘を特別に借りたのだと言う。遠景の山々を、借景にし、人工的な滝まで創り上げた広大な日本庭園には、水琴窟の音が鳴り響く。建物が重要文化財である別荘。そして、デビューしたての舞妓。ついでに、小説家。はあ、本当に良い景色。舞妓の立てた抹茶を揃って飲む。

「さて、君は、画を存分に描きたまえ。必要な物があれば、あの控えのおじさんに伝えなさい。いいか、君はまだ少年なんだ。上村松園の画集はもうしまいなさい」

 小説家が指を鳴らすと、控えのおじさんが床に座っていた僕の目の前から画集をさらっていく。

「あ、そんな殺生な」

「大丈夫。後でお返しします」

 おじきをして、元の位置に直る。仕方なく、後方に手を付き、天井を見上げる。

「第一、画家が缶詰なんて聞いたこともありませんよ。小説家や漫画家じゃないんだから。自分のアトリエにこもりきりなのは、缶詰とは言わないだろうし。ん? 待って、僕は未成年。これって、拉致監禁」

 起き上がり、大人二人をにらみつける。視線が合わない。

「保護者の許可は得ております」

 ぽつりと控えのおじさんが呟く。

「いや、一番大切な本人の許可を出していないのですが」

 再びそっぽを向く大人。

「大人って、汚い」

「そうどすなぁ。さぁ、若いモンは若いモン同士、気張りましょう。みつセンセ」

 うっ。笑顔が眩しい。たかだか一つか二つ年上。嘘だろ、色気ムンムンだ。僕の懸念は、完全に杞憂だったのだ。ニヤニヤする小説家。音も無く近寄り、両手を重ねてくる新人舞妓。新人? 嘘だろ。心臓がバクバクする。紅く染まった頬をそむける。

「蜜センセ?」

 舞妓が顔を覗き込む。やめて。顔を反対側にそらし、手で覆う。

「まぁ」

 笑みをほころばせる 舞妓。

 まぁ、そんなこんながあって、画は完成した。

 自慢の日本庭園をバックに、畳の上で片手を付いた舞妓が、鞠を転がし白と黒の斑の猫と戯れている。非常に愛らしい画となった。この画は、屏風に仕立ててもらった。僕の代表作の一つとされる。「こどものあそび展」の目玉にもなった。

 僕は無事、画集を返してもらい、自由を得た。その後、小説家はその画を元に小説を上梓する。舞妓の画が本の表紙になった。僕同様、いくつか有名な賞をもらったとのことだ。もちろん、小説は映画化し大ヒット。やはり、賞を複数いただく。

 ぐるぐると芸術の輪が巡っているので、これを指して、我々芸術家をひとまとめにして「ぐるぐるの会」と言う。そのままである。

 小説家は、いつか知り合いの美人姉妹も僕に描いてほしいと述べていたが、その件について何年も連絡が来ないことを見ると、おそらく小説家はその姉妹から嫌われているのだろう。推して量るべし。

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