幻想(ユメ)に恋する人類
神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)
第0話 ぐるぐるの会①
「少年時代なんて、瞬く間に過ぎ去ってしまうものだから、在るがままを表せばいいんだよ」
その人は前触れもなく、中学校に現れた。
小説家。パナマ帽を被っていた。
パナマ帽なんて国語の教科書の中だけの物だと思っていたとひとりごちる。小説家と空き教室で向かい合うと、彼はにやりと笑った。僕は溜め息を吐く。個人情報をどこで得たのかと問うと、京都の画廊に問い合わせたのだと、悪びれもなく言う。小説家は、手土産の茶と菓子をすすめる。
それならそうと家を訪ねればいいものをと悪づくと、わざと学校へ来たのだと言う。何故なら、ここならば女性ファンの力を借りることが容易にできるので、君は仕事を引き受けざるを得なくなるだろうとふんだとのことだ。確かに、先程から女子の黄色い声がうるさい。
そして、いつの間にか、サイン本を手にした女性教師が画の仕事を引き受けてしまっていた。ええ、必ずやらせますと。勝手なことを。苦虫を噛み潰したような顔をする。
それで、どんな画を御所望ですか。すっかりマネージャー気どりの教師が尋ねる。曰く、別荘で舞妓の画を描いてほしい。
「はあ?」
思わず立ち上がる。倒した椅子がけたたましく鳴る。
「舞妓の画が観たければ、美術館に直行して上村松園の美人画でも観て下さい。僕はまだ中学生です。舞妓の色香なんて表現できません。どうしてもとおっしゃるのならば、僕が今のあなたの年頃になった時に、もう一度いらして下さい」
ふんと鼻を鳴らしら椅子を起こし着席する。小説家が口を開け、数秒。下を向き、笑い声を漏らす。
「確かにね、そうだろう。でも、私は、今、中学生で画家である君に依頼したのだ。プロなら、出来ないとつっぱねる前に、他の視点を提供出来やしないかと考えるべきではないのかね」
「んーっ」僕は唸る。「だから、僕は受けていません。先生が勝手に」
隣を指差す。教師は、生徒と小説家の顔を何度も見比べ、あわあわしている。机に両手を叩き付けると、再度立ち上がり僕は宣言した。
「先生、坂木さん、さようなら」
踵を返し、帰宅してやった。
家の門前には、何故か叔母がいた。そして、隣には見知らぬスーツ姿の男性。困ったような笑顔をして手を振る叔母に、嫌な予感しかしない。結局、スーツの男性とは、出版社の人間だったのだ。つまり、外堀を埋めにかかっていたのである。
「ねえ、
甥の隣でご機嫌取りをする叔母。
「話なら聞いたよ」
「まあ」
振り返ると、満面の笑みで叔母が編集者と視線を交わしている。叔母は両手で僕の右手を包むと、「ありがとう。蜜くん」とのたまった。そんなバカな。
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