第2話

「痛かった?」

 男がきく。名前、なんだっけ。くっきーって書いてあった。いつものように、マッチングアプリで出会った男だ。飼っているポメラニアンの写真の方が多くて、メガネをかけているってことしかわからなかった。アイコンは斜め後ろから撮った頭の写真で、プロフィールは「くっきーです。社会人。ポメ飼ってます。一才半♀名前はクラフト」という、年齢が書いてあるだけポメラニアンの方が情報が多いくらいのものだった。数回しかメッセージのやり取りをしてないけれど、なんとなく会うことになってしまった結果の、疲れきった私。

 それだけのいぬ好きを表明しておきながら、一度もいぬの話題を出さなかった。やりとりも基本的に「仕事が疲れた」「お疲れ様」当たり障りのないものしかない。浅い関係。

「そんなには。ちょっと休めば平気。……お水買ってもいい?」

 私は男が答える前に裸のままベッドから降り、部屋にある小さな冷蔵庫を開けた。外の自動販売機なら一〇〇円で買える。どの飲料も普通の倍の値段はするけど、  私は気にせずボタンを押した。

「はぁ? いや、水くらいいいけどさ。俺いいとは言ってないじゃん」

 けちな男。まあおごってもらって当然と思っている私よりはいい。当然の反応だ。あるいは無理やり連れてきておきながら、「俺、今金ないんだ」とか私に全額払わせるやつに比べたらずっといい。


 悲しいことに、お金を出しても仕方ないかと思えるような体験ができていないのだ。痛いばかりで気持ちよくない。激しくすればキモチいいと思っている男たちの愛撫はどれも痛い。乳首をつままれたら痛いに決まっているのに。女性の身体は痛みを感じないとでも思っているのだろうか。そのくせ自分たちの痛みには敏感で、もっと優しく、とか平気で口にする。いつも男の体液でベトベトになって不快だし、喉の奥に強制的に咥えさせられて射精されたり、髪につけられたりする。いいことなんて、ひとつもない。髪を巻くのもなかなかに時間がかかるからホテルの洗面所でさっさとは直せない。

 男がイクときに声をあげながら私をぎゅって抱き締めるのは嫌いじゃないけど。それだけ。その瞬間だけがほしい。純粋な熱の塊だ。欲望だけだった男たちは欲望を吐き出す瞬間赤ちゃんみたいな温かさに変わる。

ほんとうに救いようのない。

 温もりの中にいるときだけが、ほんの少し、ほんの少しだけ紛れるのだ。なにかが。


 水を飲んでいると、ちょうど壁についている電話が鳴った。

 私が出ようとするとすかさず男が出て、「延長は、大丈夫です」と言った。

 部屋に連れ込むまでは男はテンションが高かったのに、いまは私の手を握りもしない。

 淡々と駅まで私を見送っていた。電車に乗ると、土曜日の昼間だから探すまでもなく椅子に座れた。スマートフォンには早速通知が来ていて、なんかちがったねっていう失礼きわまりない言葉があって、私が返信をする前に「じゃあね」って颯爽とブロックされた。

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