暗闇の平熱
藤枝伊織
第1話
なにかが足りない気がして、男とセックスをした。満ち足りる、には程遠いけど、ちょっとだけ紛れた。誤魔化したという表現の方が適切か。砂場で砂を掻きわけただけのような、あまり意味のないものだけれど。
たくさんの男。一度寝ただけで彼氏面する男、なんども寝ているのに私の名前を正しく呼ばない男、なにごともなかったような顔をする男。
私が一番淡白だ。
男を受け入れるたびにあった痛みをあまり感じなくなってから、熱の感じ方もぼやけてしまったような気がする。鮮明なものがほしくてさらに熱心に男を求める。私の不完全さ。熱いのに芯が冷え切っている。私の体温は平均くらいだと思う。でも男に触れると冷たいと抗議の声を上げることがある。私が冷たいのか男がみんな熱いのかわからない。触れば熱を奪えるだろうか。もっと温まりたいと思ってしまうのに、どんどん冷えていく。
なにかが足りないと思ってしまうのは傲慢なのかもしれない。なんでかわからないけれど寂しさ、みたいのがポツッとあって、無理やり潰すとニキビみたいに膿が出てくる。それを「寂しさだ」と断言するのはなんとなくいやだ。男にそういった話をすると一〇〇パーセント「寂しいの? かわいいね」と私をかわいそうな女にしようとする。こういうのはいやだ。弱い女というか扱いやすい女だと思われるのはいやだった。私は自分でそう見せているだけで偽って、猫被っているだけで本当はもっと強い。
そう思っている。自分のことを一番自分がわかっている。
つもり。
自分のことを哀れみたくない。
哀れむのって、この世で一番惨めな行為だと思う。だったら手首を切った方がましだ。赤い線で生きていることを確認できる。かわいそうかわいそうな私。って。「悲劇のお姫様」はそのうち助けてもらえるって信じきっているから、結局喜劇でしかない。
私は、自力で這い上がれる。助けなんて、いらない。
まだ夏には早いのに、部屋のクーラーは利きすぎて寒気すらある。私が鼻を鳴らしていても男は気づかない様子だった。自分は暑いからだろうけれど、クーラーの温度をさらに下げようとしていた。私が小さな声を上げると、初めて私の存在に気付いたような顔をして振り向いた。私はベッドサイドのティッシュペーパーに手を伸ばした。
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