第3話

 つまらない。つまらない日常。どうしようもない私。

 電車内も少し寒くて、私は足を組んでごまかした。自分の体温ですら暖かく感じる。スカートは高校生のように短くも派手でもない。いつも周囲に紛れるようにグレーとかベージュとか柔らかいパステルカラーとかでまとめる。今日も黒トップスにモカベージュのストレートスカート。パンプスだけ差し色で黄色。仕事では着ないけれど、私の私服は完全にオフィスカジュアル。だから、はたからみても私がいまさっきまで男とセックスしていたなんて思われないと思う。こんなまだ明るい時間に帰っているからなおさら。


 真面目に生きてきたはずなのに、なんで私はこんなことをしているんだろう。


 高校では三年間勉強だけしていて、大学ではじめて彼氏ができたけど長続きしなくて、社会人になったら男漁りをしている。私の生き方、どこで間違ったのだろう。気にしなければそのまま生きていけるのかもしれない。でも息が詰まる。生きにくいと感じるのなら、なにかが間違っているんだ。


 だって、だれも教えてくれなかった。同じような生き方をしていると思っていた友達は、大手化粧品メーカーで営業をしているときいた。彼氏もいて、幸せそうな写真をインスタグラムにあげていた。私は安いことで有名な洋服店で働いている。それは悪いことではない。正社員だし。でも、勉強をして勉強をしてやっと入ったあの大学を出てまでやる仕事なのだろうか。今年入ってきたのは短大卒の可愛らしい女の子だし、アルバイトの子は案の定というか、女子高生だ。私の通っていた高校はアルバイト禁止だったから、羨ましい。もっとはやくに仕事を経験しておけばよかった。そうすれば就活での苦しみがもっと軽く思えたかもしれない。書類審査が通らなかっただけで人生全てを否定されたような屈折した気持ちを味わう必要なんてなかった。もう、私が学んできた栄養学とかどうでもよくて、受け入れられればよくなってしまった。

 男は賢者タイムと、こういうのを呼んでいるのだろうか。セックス後に急に冷静になるやつ。なんというか、私は後だから冷静になってしまうというわけではない。そのときにこういったことを考えてしまうとただでさえほとんど感じることがない気持ちよさを逃してしまうから。お酒に酔いたい気分のときと同じだ。後々の頭痛のことを考えたくない。  

 知ってる。現実逃避というやつだ。


 明るいうちじゃないと考えられない。夜一人のときだったら死にたくなっちゃう。無価値。自分がそう思えてしまったら終わりだ。価値がないのなら生きている意味がない。現代人の死に至る病。私は重症患者。病棟に隔離しても治らない。地球上で最後の一人になってもこの気持ちは抱き続けるんじゃないだろうか。人間は群れないと生きていけないから面倒くさい。一人でも生きていけたらいいのに。そうしたらつながりを求めないでも自分らしくいられるだろうに。そうしたら、こんなにみじめにならないのに。

 マッチングアプリも同じだ。いいねがいっぱいついているとうれしくて、そのためにこのむなしいやりとりを続けている。

 考えない。考えちゃだめ。本当はこういう認められ方をしたい訳じゃない。わかっている。でもほかに方法がわからない。

 仕事も精一杯やっている。評価もそれなりにされている。でもそれが昇進や給料に反映される訳じゃない。華々しくはない。私じゃなきゃ出来ない仕事ではない。やり方を覚えれば誰でもいい。私じゃなくてもいい。

 どこでも同じ。

 同世代の歌手やアーティストをよくテレビでみるようになった。ちょっと前は自分よりもそういった人たちは年上で、憧れの対象だった。それなのに、私と同じ年齢。あるいは下の子たちの活躍も見られ始めている。

 私はつまらないなか淡々と過ごしているのに、彼らはどうして輝いて見えてしまうのだろうか。ひがみ。じゃないと思いたい。

 最寄り駅に着くと、私はコンビニに寄った。サラダとヨーグルトとチョコレートを買って、私のための小さな家にゆっくりと歩いて帰った。

 防犯ミラーに映った自分を見ても、スタイルは悪くないと思う。でも人並みで、目を引くような魅力はない。あくまでも悪くないという評価。B判定しか出ない私。運動も勉強も、特出したなにかがあるわけじゃない。歌とかもカラオケで平均くらいしか出せない。

 なにがあるのかわからない。


 つまらない日常を、つまらなくしているのは私自身だ。努力もしない。助けも呼ばない。それなのに無い物ねだり。早く家に帰りたい。私のお城。お城と言っても美しいものではない。城塞だ。私を守るための場所。

 私はいつも自分勝手だ。自我を保つことに精一杯で回りが見えなくなっている。そう、その感覚も自覚もあるけれど、どうしようもないの。目隠しをして走っているような感覚。もしかしたら周囲に私を助けようとしてくれていた人がいたのかもしれない。それでも目隠しをしている私には見えない。

 手を伸ばして、空をつかんだ。コンビニのビニール袋が風に揺れたのかクシャっと鳴った。

 本当につかみたいものがわからなくなっている。昔、ただ勉強だけをしているときはよかった。いい点数をとれば、堂々としていられた。私はテストが好きだった。自称進学校ありがちな、上位五人は教室に、教科ごとに点数と名前が張り出されていた。私はどれだけ多く名前が掲載されるかを楽しみに、毎日五時に起きて勉強していた。テスト前は三時に起きていた。点数は目に見えるからいい。たくさんの赤い丸も。

 大学に入って、テストが少なくなってからどうやって自分を証明すればいいのかわからなくなった。レポートの評価はBが多かった。

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