第243話 お地蔵さんが…… ⑤

 その翌日、草壁はとくにこれという宛てもなく商店街を歩いていた。


 この日はゆかりとのお出かけ、と思っていたところが急になにもなくなり、手持無沙汰。部屋に居ては帰ってきた亮作がゆかりとお出かけするのを見送らなきゃならない。それもなんか悔しいので、ぶらりと外に出た。



 ゆかりと草壁はただのお友達。亮作はゆかりの弟。本来の約束がある弟を差し置いて二人でお出かけとはなるわけもなく。ゆかりもそこまで踏み込んではくれるはずもない。「弟が帰ってくるっていうから、コンサートのお出かけはキャンセルということで」彼女からのそっけない連絡をもらって、予定はパー。




 ここひまわりが丘商店街は、ひまわりが丘の駅前にある。駅前ロータリから国道一本はさんで駅正面と向かい合って開いている入口を潜ると、右にそして左にと2度鍵の手に曲がって続く形になっている。「卍」の字の左下から右上に抜けるみたいな形をした商店街だ。そして、曲がり角にあたる所では商店街アーケードの向こうに抜ける路地にもつながっている。



 駅前入口から入って最初の曲がり角のところ、真っすぐに抜けるとアーケードも途切れてしまうというその路地のところで一人の老人が、一心に手を合わせてなにかを拝んでいた。



 最初の曲がり角の突き当り、真っすぐ抜ける路地に白いブロック塀を伸ばして立っている建物がある。アーケード側に下りている少し錆の浮くシャッターに浮かぶ文字から元はレンタルビデオ屋だったらしいことがわかるその建物のことは今は置いておく。実は結構いろんな店が入っていた。前身がレンタルビデオと言えば、ものすごい昔から借り手がついていないのかもしれない。



 その建物の脇のブロック塀の一部が路地とは反対側にすこし窪んでいて、そこに小さいながらもそこそこに立派な祠が立っていた。



 老人はその祠に向かって手を合していたのだが、


「やあ、草壁クン!」


 少し離れたアーケードの下をぼんやり歩く草壁を見つけると、大きな声を張り上げた。


「おはようございます。熱心ですね、組合長さん」


 


 そう、この商店街組合の組合長。つまりこの商店街の仏壇屋である。



 考えてみれば少しおかしな話だ。この草壁という男、別にここの商店街のお店の人間ではない。たまにこの商店街で古道具屋をやっている叔父の店の店番はしている。が、こことのつながりはそれぐらいのもの。あとはここにある喫茶店「アネモネ」の常連というだけ。もちろん、駅への行き来にしょっちゅうここを通るがそんなことこのあたりの人なら誰でもそうだ。


それが、なんかここの関係者みたいにあちこちで顔を覚えられているのだから。




 とは言え、別にここでこの組合長である老人と挨拶を交わしたところでそれ以上なにがどうということもなかった。


 


 問題はそこではなく、先ほど老人が大きな声で草壁の名前を呼んだことだ。それが、この閑散とした商店街に響いていたのだが……




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ちょうどその時。


 長瀬ゆかりの元に、弟の亮作から連絡が入った。



「お、おねえちゃん……」


「その声。あんたどうしたの?」



 亮作の声がとんでもないガラガラ声となってしまっていた。


「風邪ひいた……帰る予定キャンセル」


「本当にぃ!!」


「今おねえちゃん嬉しそうな声出してなかった?」


「だ、出してない……そんなことより、体大事にしてゆっくり休んどきなさいね」


「そう……する。けど、今、お姉ちゃん、ちょっと笑ってない?」


「わ、笑ってるわけないでしょ!」



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