第240話 お地蔵さんが…… ②
こんな風にして、長瀬亮作を抜きで3人で集まっているのは、珍しい光景には違いないが、多少それに事情もないわけではなかった。とても詰まらない事情だったが。
というのは、草壁が近所のスーパーの半額叩き売りにうっかり手を出して買ってきた、ただでさえ安い鶏肉がもうそろそろ食べきらないとヤバイことになりかけてきたせいだ。
彼は大慌てでそれを全部から揚げにした。しかし大量の鶏のから揚げを消費するために頼りにしていた、同部屋の長瀬亮作が急に実家に帰ってしまったため、鶏肉消費要員として、かわりにその姉の長瀬ゆかりが隣の部屋から呼び出しをくらった。そういうことだった。実につまらない理由で彼女は呼ばれたが、酒がついていたら、このお嬢様、基本的に断らないので、今、ここに至っている。
「昨日、僕のところにあと4,5日は仙台にいる予定だって連絡がありましたよ」
ゆかりの軽い愚痴のあとは、いつものとおりのお気楽なご宴会。3人なら3人でいつもよりは少し静かながら、草壁作の鶏唐揚げをつまみながらもグダグダな感じで話も続くものだ。そこで、再び亮作の話が登場すると、ゆかりが急に意外そうな顔をしだした。
「へえ……それはいいけど、じゃあ、あの子コンサートどうするつもりなのかしら?」
コンサート。そう実はゆかりと亮作は3日後に開催予定のクラシックのコンサートに二人そろって出かける予定があったのだそうで……
「――4,5日仙台にいるなんて言ってるところを見ると、あの子、コンサートのこと忘れちゃってるみたい」
と、ここでゆかりはふっと我に返ったように言葉を終わらせると。思案顔に独り言みたいな呟きをした。
「――けど、そうなったらコンサートのチケット一枚余っちゃうわ……」
すると隣に座っている草壁が軽く右手を上げながらニヤついている。このお調子ものが何を言いたいかはすぐわかる。そしてその思惑に乗ってあげてもいいわけだが、あんまり意気投合している様子も見せる訳にもいかず……。なにしろ目の前にはツルイチさんがコップ酒を煽っている。嬉しそうに乗っかっては「草壁とゆかりはすっかり出来ている」みたいな噂を立てられないとも限らない。そこで、ただ不思議そうな顔をしながらとぼけてみた。
「草壁さん、クラッシック音楽なんて興味あるんですか?」
「あります!」
「返事の元気はいいけど、初耳なんですが?」
「ちょいちょい聞いてます!」
「じゃあ、今回のプログラムは分かりますか?ラヴェルのピアノ協奏曲に、ラフマニノフ……」
「いい曲ですよね」
「草壁さん、ひょっとしてラフマニノフって曲名と思ってません?」
「えっ?」
「その顔は思ってたって顔ですよね?」
「あ、あんまりマイナーな作曲者は知らなくて……」
「ラフマニノフって超メジャーですけど」
「ラ、ラヴェルのピアノ協奏曲って何番ですか?……」
「喋る度に、ボロが出てくるんですけど!普通ラヴェルのピアノ協奏曲というと番号はつかないです。――そんなクラッシック知らないし興味がないって人とコンサート行って途中で居眠りされちゃったりすると、こっちが興覚めなんですよねえ……」
ゆかりが意地悪に突っ込んでくるものだから、草壁も次第にオロオロしだした。
「初心者だから詳しくはないけど、本当にCD買ったりしてるんですから……」
「何を?」
「リリークラウスのモーツァルト」
「……初心者のわりには渋い選択ですね……」
この草壁の話は実話である。そしてそんな彼がクラッシックに興味を持ったりするようになったのは当然、お隣で少し白けた様子で草壁に意地悪な突っ込みをしているゆかりの存在のせいでもあるわけで……
「まあ、それなら折角のチケット、リサイクルに回してもいいけど……」
「せっかくのチケットをゴミみたいに……」
草壁が少しムクレタ。しょうがない。二人でどこか行こうなんて誘ってもいい顔しない彼女だ、それがこんな形でも二人でお出かけを認めてくれただけでも良しとするか――。
するとしばらく一人で静かに飲んでいたツルイチが
「リサイタルをリサイクルするんですな!」
ものすごいつまらないダジャレを言って飲み会が終了……とはならなかった。一応、お嬢様がツルイチのギターに乗せて一曲歌うまでは中々この部屋での飲み会がお開きとはならない。
しかし、そんなこんなで二人でのお出かけまでは話が決まってその日は終わった。
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