第238話 ランチ物語 ⑤
そんなこんなの春のある日のこと。
草壁がダイニングルームで一人、少し遅めの朝食を食べていたとき、お隣に住むゆかりがふとたずねて来た。
「どうしたんですか?」
と、聞いてみたら片手に大き目のハンカチか何かを巾着結びみたいにして包んだものを小脇に抱えていた。
見ていると、やがて亮作が自分の部屋から釣竿を持って現れたかと思ったら、姉からその包みを受け取った。
「ありがとう!助かるよ」
「本当に、パチンコも好い加減にしときなさいよ。お昼も食べれないほどお金がないなんてちょっと洒落にならないんじゃない?」
「そう思うなら、お金貸して」
「ダメ。貸したらまたギャンブルに使うかもしれないもん。次の仕送りまでちょっとは反省しなさい」
どうも、ここのところ金欠のお坊ちゃんがお昼まともに食べる予算がないもんだから、お姉ちゃんにお弁当作ってもらっているらしい。
「へえ。けど、わざわざ作ってくれるなんてやさしいお姉ちゃんですよね」
横でそんな様子を見てだいたいのことを知った草壁が関心した。
すると、ゆかりが言うには
「別にいつも作ってあげてるわけじゃないんですけど。今日とかは午前に教室でレッスンがあって午後もまたあるから、お昼に自分で食べるために作ろうかと思ったのをもう一人前増やしただけですし」
「明日も頼めるんでしょ?」
「まあ、明日もそのつもりだから、あんたの分ぐらい作ってあげてもいいよ」
そんな姉弟の会話を聞いていた草壁がポツリとつぶやいた。
「いいなあ、弟ばっかり……」
草壁の言葉を聞いてゆかりが苦笑した。
「なに、訳のわからないこと言ってるんですか?」
さて、その晩のことである。
ゆかりのもとへ亮作から連絡が入った。
「あっ、お姉ちゃん。実はね明日の釣りだけど、草壁クンとツルイチさんも一緒に行くって言ってるんだよ」
「……だから、何?」
「いや、別に、ただそういうことになったということだけは伝えといてほしいと、二人から言われたもので一応連絡を入れておくよ」
亮作との電話を終えたゆかりは少し苦い顔をして黙り込んだ。
――たけのこご飯。春を意識して。鮮やかにボイルしたエンドウ豆をチラシ。
ロマネスコのコンソメ煮。淡い緑の色が新緑のさわやかな季節を意識しています。
ベーコンはアイスプラントとチーズ、ちくわをロールして彩り重視の一品に仕上げ
メインはカレー風味も香ばしい鶏肉のタンドリーチキン風フライ。外は時間がたってもカラッと中はジューシー。
そして、得意の卵焼き。今回は焼きたらこと海苔を巻き込んで作ってみた様子。――
なんの話かというと、その翌日の朝。
「あなたたち、好い加減にしてよね!」
と言いながら、ちょっとふくれっつらのゆかりが307号室の住人3人に渡したお弁当の中身である。
「4人分のお弁当なんて簡単な量じゃないんだからね」
と言いつつ、ちゃんと連絡を受けたあと100円ショップに行って弁当箱まで調達してきたりする。
案外と洒落は通じるのだ。
もちろん、そんな洒落は二度もやったら洒落にはならない。
というわけで、こんどは307号室の3人がゆかりにランチをご馳走する番である。
後日、亮作がその旨をゆかりのもとへ電話を入れた。
「ん?何?明日?お昼からピアノ教室があるけど、それがどうしたの?」
「だったら、ちょうどいいよ。お昼、この前のお弁当のお返しに、ぼくらのほうからご馳走したいから、教室で待ってて、そこでみんなで食べようよ」
「おごってくれるの?何を?」
「それは明日のお楽しみということで」
そんなふうに亮作から、連絡を受けたゆかり、ちょうど12時の時分には商店街にある自分のピアノ教室でスタンバイしていた。
(ご馳走って言っても、こっちで食べるということは、何か出来合いのお弁当かお惣菜でも買ってくるのかしら?まさか草壁さんの手料理のお弁当とかってことはないと思うけど)
と、そんなことを考えていると、ちょうど約束の時間になって、草壁、亮作、ツルイチの3人が大きな紙袋を提げてやってきた。
「さ、お姉ちゃん、ランチ。お待ちどうさま」
それで、どうなったか?
「じゃあ、お姉ちゃんも遠慮せずに、どんどん食べてよ、お肉一杯買って来たから」
「おお!これがお前の言っていた『教室焼肉』ってやつか?やっぱり教室で食べるのはなんか違うな」
「さ、ゆかりさんも、黙ってみてないでそっちのお肉ちょうどいい焼き加減になってるからどうぞどうぞ」
亮作たち一行が持ってきたのは、ホットプレートと肉だった。
ゆかりが驚いている間に、3人はさっさと焼肉の準備を済ませると、固まっているゆかりを尻目にどんどんと肉を焼いては食べだしたのだった。
「……って、あんたたちバカじゃないのっ?!教室が焼肉臭くなるでしょ!どうしてくれるのよ!!」
亮作は怒ったゆかりに頭を張り倒されながらも久しぶりの教室焼肉をしっかり堪能したとさ。
第48話 おわり
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