第237話 ランチ物語 ④

 しかし具体的にどんな弁当を持っててたんだろう?


 というわけで今度は中身についての疑問をぶつける草壁。



「一番おいしかった弁当ってどんなのだった?」



 聞かれた亮作は寿司をつまむ箸を休めると急に懐かしそうな顔になった。そしてしみじみとした顔で言うのだった。



「やっぱり焼肉かな?」


「焼肉……焼肉弁当ってこと?」


「ううん。焼肉」


「……」


「あれはおいしかったなあ」


 よっぽどおいしかったに違いない。味を思い出してうっとりとした顔をしだす亮作。


 草壁はその様子をしばらくじっと見つめた後、急に大きな声をあげた。


「……おい!おまえまさか!……」


「あっ、そんなに本格的なやつじゃないよ。炭火とかは無理だから、ホットプレート持ち込んで」


「本当に教室で焼き肉パーティーやったのか?」


「……もうさ、みんなの注目を浴びまくりで、『クレクレ』ってよってくる奴等をブロックしながら、こんな感じで片手には白飯だけつめてきた弁当箱持って、焼いては食い焼いては食い。お肉余計に持ってきたけど、すぐなくなっちゃうんだよなあ」


「そりゃ、昼休みに教室で焼き肉パーディなんかされたらみんなびっくりするだろうな」


「そんないい肉を買って来たわけじゃないけど、あの雰囲気だよなあ。たださ、問題もあってね」


「問題?」


「うん……おしかったんだけど、あれって煙がでるじゃない」


「まあ、出るわな」


「その煙が教室に沁みついちゃってさ。午後からの授業にやってきた先生が入室するなり開口一番『おい!なんでこの教室は焼き肉臭いんだ?』って言うもんだから」


「バレたか?」


「まあ、そんなこんなでその後3日ほどのお休みを頂いたわけだよ」


「ちょっと待て、それって、キンシ……」




 だいたい一人前の寿司なんか二十歳そこそこの男子の胃袋には小さすぎるのかもしれない。そんな話をしながら二人とも桶の寿司を平らげたあとは、残った紅しょうがをつまみにしてお茶を飲みながら、亮作のお弁当話の続きを聞くのだった。



「でさ、そんなことがあってから、やっぱり反省して、今度からは屋上でやろうということになって……」


「反省のポイントが違うだろ!」


「今度は校舎の屋上で鍋をしたんだ」


「焼き肉はもうしなかったんだ?」


「草壁クン、何もわかってないなあ」


「うるさいよ」


「屋上には電源とれるようなコンセントないからホットプレートは無理でしょ?まさか炭火でやるわけにもいかないし。だからカセットコンロで鍋、さ」


「なんで、ちょっと勝ち誇ったような顔してるんだよ!……まあ、いいや、で、どんな鍋したの?」


「まあ、寄せ鍋かな?みんなで適当に具材を持ち込んでダシでぐつぐつ煮てって感じの。」


「うまかったか?」


「うん、最高のシチュエーション。青空の下、学校の屋上でつつく鍋のうまいこと。……計画は完璧だったんだよなあ。屋上で鍋……けどさ……」


「けどって……だんだん話の雲行きがあやしくなりそうだな?」


「鍋っていうのは、どうもまったりしちゃうもんみたいで。すっかり盛り上がって鍋食っている間にいつの間にか午後の授業が始まっちゃったんだよ。シメのオジヤ作ったのがまずかった。それ食べるまではとか思っているうちに気づいたら5時間目」


「チャイムの音も聞こえないぐらいに盛り上がったか?」


「それで、教室にやってきた教師が僕らだけが居ないのにすぐ気が付いて『おい!この前の焼き肉の4人組どこ行ったんだ?』ってことになって。見たら窓の向こうの屋上に座り込んでいる背中が丸見えだったんだよなあ」


「なんで教室から丸見えのところで鍋やってたんだよ?」


「いや、こっちから教室の様子を伺いつつ鍋をするつもりだったんだけど、こっちから見えるってことは向こうからも見えるってことだから、必然の成り行きで」


「なにが、成り行きだよ……で?それからどうなったの?」


「まあ、一週間ほどお休みをもらってから……」


「だから、おまえそれは休みじゃないんだろ?」


「みんなで反省して、これからは調理器具の持ち込みはやめようと」


「だから、反省のポイントがずれてないか?」


「というわけで、手巻き寿司をすることにしたんだ」


「ぜんぜん、懲りてないじゃないか!って、いうかまたやらかしたのか?」



「そのころはお昼になると、うちの教室に先生が見回りにくるようになっててさ」


「お前らの監視のためか?」


「そうそう。あんまり派手なこともできないから、地味に手巻き寿司なんかをねこうやって巻いて食べてたわけだよ」


「当然、見つかるだろ?」


「うん。けど、あれは調理器具使ったりするわけじゃないからオーケーということになったんだ」


「……おおらかな学校だな。もっとも校則に『校舎内での手巻き寿司を禁ずる』なんてのは聞いたことがないけどな」


「ま、それで晴れて許可も出たことだし、それならということでさ」


「お前の話、まだ続くのかよ!それにしても嫌な予感しかしない続き方だな」


「こんどはクーラーボックス持ち込もうとしたら、校門のところで捕まっちゃったんだよなあ……」


「なんだって!?どうしてそんなもんがいきなり出て来るんだよ!」


「僕らの夢が詰まったあのクーラーボックス、没収だもんなあ……」


「なんだよ?その『夢』って?」


「イカ、マグロ、タコ、玉子焼き、サーモン、カニカマに、張り込んで買ったイクラとウニ。そしてレタスにアボカド。さらにシーチキンとノリと醤油とワサビとマヨネーズまで。全部あの中のものがなくなっちゃった」


「っていうか、お前ら昼メシじゃなくて、手巻き寿司パーティーを昼休みにする魂胆だったのか?」


「なにが悲しいったってさ、そのあと残ったのが酢メシだけっていうね。これは各自弁当箱に詰め込んでたから。で、おかずもなんにもなしに、ただ延々と酢メシだけ食べるっていう、多分、今までで最悪のお弁当も経験したわけ」



「……さよか。けど、話を聞いていると、なんだかんだで楽しそうだな」

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