第236話 ランチ物語 ③
そんな春と言ってもまだ肌寒い日の続く頃のこと、まだお昼には少し早いような時間、やることもないので草壁が部屋でゴロゴロしていたら、珍しくそんな時間に同じく部屋にいた長瀬亮作が部屋を訪ねてきた。
どうしたのかと聞いたら、これまた珍しく臨時収入が入ったからお昼おごってあげるというのだ。
パチンコでも勝ったのだろうか?と思いながら、タダめしを断る理由もないので、草壁はありがたくご馳走になることになった。
やがてお昼時になると、角刈り頭に白衣をつけた料理人っぽいなりのお兄ちゃんが小ぶりな塗りの寿司桶をふたつかかえて玄関にやってきた。
さっそくダイニングテーブルについた草壁は中身を見てちょっと驚いた。
「これ、結構高い寿司だろ?」
そう、寿司桶の中身はというとウニやイクラの軍艦巻きの混じる、見るからに上、いや特上寿司だ。マグロだって赤身じゃなくて多分トロ、脂がしっかり入っている大き目のネタが黒光りする寿司桶の中でひときわ存在感を放っている。
「まあ、たまにはいいでしょ?草壁クンにはいろいろとお世話にもなっているし」
と草壁と向かい合って座る亮作は暢気そうな顔で高いネタを平気な顔してつまんでいる。たしかにこのお坊ちゃまにはそれほど高い食事ってわけじゃないのかもしれない。
申し訳なく思った草壁はとりあえずお茶ぐらいは淹れることにした。
と言ってもお湯を沸かしてお茶っぱを急須に入れて湯飲みへと注ぐだけであるが。
「あ、ありがとう、草壁クン。アチチ……ああ、でもお茶、すごいおいしいわ。やっぱり寿司には緑茶がよく合うよね?ところで、草壁クン午後予定あるの?」
「ないよ」
「いっしょに釣りに行かない?近所の池だけど」
「遠慮しとく。寒いし」
このお坊ちゃまの趣味というのが釣りで、たまに釣竿かかえてどっかに行くことも知っていた。そしてたまに草壁も誘われるのだが、あんまり興味がないので大抵は断るのだった。
しかし、亮作にとって釣りというのは第二の趣味みたいなもの。
実家に居るときにはよく行ったらしいが、こちらに来てからはあんまり釣竿を握ることも少なくなっているそうだ。それというのもそれ以上の趣味があるからである。
それはパチンコ。
というより、ギャンブル全般。
のめり込むとまではいかない様子だが、それでもツルイチとつるんで、休日には競馬場やパチンコ屋へと足を向けることが多いのが彼のレジャーのはず。
それが、ここのところ釣竿ばかり握っているみたいだ。
草壁はだいたいの様子しかしらないのだが、そんなことをふと思い巡らして、ふとあることに気づいた。
あれ?こいつがギャンブルから遠ざかるというのは、それってつまり……。
「なあ、お前最近釣りばっか行ってないか?」
「うん。昨日も一昨日も行った」
「だよな?ってことは、金ないんじゃ?」
そうなのだ、このお坊ちゃま、以前もパチンコで大負けしたと言って卵掛けご飯とか、目玉焼きトーストばっかり食ってることがあった。その頃と行動パターンが似ているのだった。
しかし、そうなると……。この特上寿司であるが……。
「わかる?パチンコ行くお金もなくてさ」
「じゃあ、この寿司は、一体なんなんだ?臨時収入とか言ってたけど?」
金ないやつが、なぜ他人に特上寿司をおごるのか?
「そう、臨時収入」
亮作の箸がパタッと止まった。
「なんだよ、それ」
草壁に答えるまえに、一瞬ゴクリと唾を飲み込んだ。
「実家から送られてきた電車の切符」
「マジか?それを換金したってわけか?」
「うん」
草壁も驚いた。こっちはさっき口に入れたばかりの中トロを思わず飲み込んでしまった。くそっ!もっと味わおうと思ったのに!
「いいのか?」
「もう、帰れない、帰らない」
やや悲壮感のただよう亮作だった。
「お前、本当に帰りたくないんだな」
亮作が実家に帰りたがらないことは草壁も百も承知していたが、送りつけられたチケットをだまって換金してしまうという暴挙にまで出るとは。
「その寿司。草壁クンも共犯だから、いざという時はいっしょに実家まで付いてきてね」
「寿司おごったのはそのためか!!」
そんなことをウダウダ喋りながら亮作と一緒に寿司をつまんでいた草壁。そこで、ちょっとした疑問をぶつけてみた。
「なあ、高校の時って昼は弁当だった?」
「僕の高校?そうだよ。学食もあったけど普段は弁当だった」
「ひょっとして、お重とかになってたりするの?」
草壁としては、そんな想像も膨らむものである。もちろん半分冗談だ。
「普通だよ」
「ちゃんとお母さんが作ってくれるんだ?」
「そうだよ。普通のこれぐらいのお弁当箱に結構、前の晩の残り物とか入れられることもあったし。周りの人と似たり寄ったりの中身だったよ」
「へえ」
「ただ、お父さんの出張に一緒についていったりして留守になるときには、懇意にしている調理師さんに作ってもらうこともあったけど」
「おまえんちの話は、いつも微妙に普通じゃないんだな」
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