第235話 ランチ物語 ②
結局、前回のお話の最後で草壁が田村に対しておかした失態について、あやから責められる羽目となった。
「はい、あれは僕も悪いと思ってます」
「横で聞いてたら、田村クンの誘導尋問にホイホイ乗るんだからびっくりしちゃいましたよ」
「仲よさそうにしてたって聞いたけど、二人でどっかに遊びに行ったりしてるの?」
「いいえ、ときどきアネモネで顔合わすぐらい。あのときも偶然通りかかっただけですよ」
「そういうことはどうでもいいですから、ちゃんと責任とってくださいね」
「せ、責任って……なに?」
「草壁さんのミスで今まで積み重ねたことがパーになったんだから、なんとかしてください」
「どうやって?」
「彼に諦めるように説得してください」
そのうち、あやが草壁に無理難題を押し付けてきた。この場合、説得もなにもあったものじゃない。なぜから……
「でもさ、あいつ、たまにアネモネに来てデートに誘うぐらいなだけでしょ?」
「そうですけど」
迷惑行為でもされているならいざ知らず、可愛いものじゃないか?と思うのである。
こうして、あやと草壁が話していると、今度はゆかりのほうから責められる草壁。
「カノジョが困ってるのに、知らん顔なんだ?」
目の前で知らぬ顔でカツどんを食べながら、皮肉な笑いを浮かべるゆかり。
少し甘めのツユをほどよく吸ってフワトロ卵に覆われたカツどんのお味は文句なしだが、話が妙な方向にばかり進むので草壁はゆっくり味わう暇もない。
(また、この人のこれが始まった……)
と思いながら
「何が言いたいんですか?」
とゆかりに聞くと
「楽しかったですか?水族館」
「だからね、あれはもう半年以上も前のことで……」
「けど、一緒に行こうって誘ったんでしょ?」
「ま、まあ時間が空いたから、どっかで暇つぶしでもって」
「結局、デートしちゃってるんじゃないですか。まっ、お二人が楽しくなさることに、私は関係ありませんから」
と言いながらも、への字に曲げた口は明らかに楽しくなさそうな表情をわざと作って見せているのは明白。
「なにもしてませんよ」
「何かしようって気ぐらいはあったんでしょ?」
次第に会話が草壁とゆかりの二人の話に変わりつつある。気が付いたら、自分が会話の流れから弾かれたような気分のあや。すっかり二人きりみたいになって話し込んでいる、ゆかりと草壁の間に慌てて割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってください!二人とも。私のことがどっか行っちゃってるんですけど。まずは田村君のことを……」
と、あやが言った途端、急に隣のゆかりが顔をあやのほうへ向けて、そっけなく言い放った。
「どうせだったら、一度、デートしてあげたら?」
「えっ?なんですか?急に」
ゆかりの急変に驚くあや。
というのも、そもそも今日のこの昼食会を開いた経緯というのがあったのだ。
今まで田村相手についていた、『草壁と付き合ってる』という駄芝居がダメになったということで、あやがゆかりに今後どうしたらいいか相談した。そんなこと相談されても、とゆかりは困るというよりも呆れかえったのだが、ちょうど亮作からの情報で草壁の帰宅スケジュールを知っていた彼女が、それなら一度草壁さんも交えてなんか考えましょうか?この前の彼の失態を弾劾するついでに、という感じで決まった食事会だった。
それなのに、ゆかりのほうから相談そのものを全否定するようなこと言われてあやが驚いていた。
しかし、それだけじゃない。まるで、ゆかりと打ち合わせでもしていたかのように草壁もゆかりの言い分に追随して、あやを責めてきた。
「そもそも僕を彼氏に仕立てるなんて芝居が無茶でしょ?」
「ええ!私が悪いってこと?」
「そうそう、そんな恋人ごっこするぐらいなら、はっきり断ってたらよかっただけの話じゃないの?」
「ゆかりさんまで、そんな言い方を今更するんですか?」
「あの田村クンって、遊んでるっぽいけど、あやちゃんにはずいぶん一途なんじゃない?」
「付き合ってみたら、遊びグセも直るかもしれないし。あいつ、あやさんの前では割と大人しいから」
「ちょ、ちょっと待って!なんで私が責められなきゃいけないの?!」
急に風向きが変わって焦るあや。草壁を責めてたはずがいつの間にかどうしてこうなってるの?
そしてゆかりのほうは、静かに隣のあやに語りかけた。
「そんなふうに、好きだって言ってもらっているうちが花かもよ?――」
そう言って笑顔になると、やさしく教え諭すようにこう続けた。
「――たまには彼の気持ちに応えてあげても、バチはあたらないと思うけど」
ちょっと年上の貫禄も滲ませながら静かにゆかりが話している間、いつの間にか草壁とあやはそんな彼女を不思議そうな顔をしてみているのだった。
そして、一瞬、あやと草壁は顔を見合わせると、二人揃ってこうゆかりに呟いた。
「それ、誰に向かって言ってるんです?」
「急に二人でシンクロしないで!」
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