第232話 彼女をその気にさせるコツ ③
そんなことがあった2、3日後のことである。辻倉あやが駅を出て駅前ロータリーを歩いていたとき、南側ロータリーに面して営業しているドーナツショップの窓際の席でなにやら熱心に話しこんでいる男二人連れの姿を目撃した。
どうも見たことのある人だと思ってジッと見てみたら驚いたことに、草壁と田村が随分と親しげに話をしていた。
「痛ってぇ……」
「さっきのすごいビンタだったな。お前、顔ちょっと腫れてるぞ」
「ついてないわ……これ二回目ですよ」
「前にもこんな目に会ってるんだ」
「今朝、あの子の友達に張り倒されて、それからさっきだから、今日二回目ですよ」
「おいっ!……ってことは、さっきの子の友達にも手だしてたの?」
「そりゃ、気がありそうに見えたら、行ってみるでしょ?」
「お前……」
「草壁さんだって、合コン行ったらいい人いないか探すでしょ?」
「俺さ、1年のときには入学早々に大怪我して入院しててさ、その遅れ取り戻すのに必死だったし、2年になってからは……なんていうか、あんまりそういうところに行く気になれなくて」
「入院してたら、看護婦とのチャンスじゃないですか」
「たくましいな……」
「それが普通じゃないですか?」
「俺が普通とは言わないが、お前は絶対普通じゃない」
ちょうどそんなことを二人で話している最中であった。
話の内容は分からないが、田村と草壁がいつの間にかあんなふうに親しげになっているとは知らなかったあやが、不思議に思って彼らのほうへ少し近寄って様子を見てみることにしてみた。
「看護婦というと、ちょっと年上でしょ?年下の可愛さみたいなのを、さりげなくアピールしながら、ヨロッしてくる子に手を出してみるんですよ」
「入院経験とかないってさっき言ってた割には、具体的にそういうことを言うのな」
「シチュエーションなんかあんまり関係ないでしょ?要は行動あるのみ……って、あっ!あやちゃん!」
田村の言葉に草壁がすぐ横手のガラスウインドウに目をやると、店のガラス一枚隔てたすぐそこ、手を伸ばせた届きそうなところであやが驚いた顔して立っていた。
話の順は前後するが、どうして草壁と田村がここで話し込んでいるかという経緯を簡単に説明しておく。
ちょうど、あやがやってくる15分か20分ぐらい前のことである。このドーナツショップのこの席には草壁が一人で座ってドーナツを食いながら本を読んでいた。軽い暇つぶしである。
一応、目はずっと活字を追うのに忙しかったわけだが、合間にドーナツに齧り付いたあと、砂糖のついた手をちょっとナプキンで拭こうかと思って目を上げた瞬間、ロータリーを足早に歩く女の子の姿を見つけた。
時間に追われるようにして急ぐ人の姿を駅前で見るのは別に珍しいことではない。列車の時刻を気にするようにして走る人の姿もよくある光景。
しかし、急いでいる人の歩き方というのは、当たり前の話だが、少しでも前に進もうと一生懸命なのに対し、その女子の歩き方は、地面を踏みしめる足に異常に力が入っているのだ。力の入り方としては、前の方向じゃなく下の方向へ、まるでなにかを踏み潰してしまおうとするみたいな歩き方。
ちょっと様子がヘン。
そして、顔がとてもムッとした顔をしていた。ああ、なんかあの人怒ってるっぽいなあと、なんとなく草壁が思いながらその子の様子を見ていると、後ろからその子を追いかけてくる男がいる。
よく見ると、そいつは田村だった。
アイツ、また女の子追いかけているのか?それにしてもなんだあの状況は?と草壁がドーナツをパクつきながら見ていると、ちょうど草壁の目の前あたりで女の子に田村が追いついた。
そして、田村が女子の肩に手をかけたとき、振り向きざまに女の手が田村の横っ面を張り倒した。
ウインドウ越しに声は聞こえなかったが、口の動きではどうも「サイテー!」と女のほうは叫んでいるようだった。
一方、女に張り倒されたあと頬を押さえながらそこに突っ立っている田村は、草壁がドーナツ食べながらこっちを見て大笑いしているのを見つけて、なんとなくふらふらとショップの中に入ってきたのだった。
そして、そんな田村と草壁がウインドウ越しにあやを手招きすると、彼女も事情はよく分からないながら、草壁たちの席にドーナツの乗ったお盆を抱えて合流してきた。
「あ、あやちゃん、こっちおいで!」
と手招きで自分の隣を指差す田村の声に思わずそのとおりに座りそうになるあや。まずい草壁さんの隣に座らないと付き合っている設定が壊れてしまうと思い、一旦田村の隣に置いたトレーをすっと草壁の隣へと移動させて、わざと涼しげな顔をして座った。
「今、こっちに座ろうと一瞬してなかった?」
「えっ?あ、まあ……それより、どうしたんですか?二人してこんなところで」
「ちょっと、偶然……なっ!」
「そ、偶然、ちょっと僕もドーナツ食べたいかなあ?なんて思ってたら草壁さんもここに居たから、ちょっと一緒にね」
「ああ、まっ、そういうところ。ところでアノ子とは何ヶ月付き合ったの?」
なぜか男子組の様子がおかしい。あやには黙っているなにかがありそうだとは思ったが、二人がなんか親しげに喋っているので、あやはとりあえずドーナツを齧りながら二人の話に聞き耳を立てていた。
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