第222話 センチメンタル バレンタイン ④
そんなことのあったりする特別な日も過ぎ去ると、ただの日常。
で、そんな日常の一コマ。ひまわりが丘の草壁たちの住むマンションの部屋でのそのころよくあった光景。
草壁の同居人というと、ゆかりの弟の長瀬亮作、つまりこの部屋の元々の借主である同い年の青年ともう一人が普段はパチンコと競馬で生計を立てているというチンチクリの禿げオヤジのツルイチさん。
本名は「鶴山寿一」だが、みんなからこう呼ばれているし、本人もそう呼んでくれと言っているので、そう呼ぶことにしているオッサンだ。
かなりもっさりとしたあだ名だが、同年輩の飲み仲間なんかから付けられている名前なら仕方ない。
このオジサン、わりとギャンブル全般やるらしい。
というか、料理人を振り出しに様々な仕事をこなして今に至っているような人なので、基本的に器用なのだろう。
このオジサン、実はマージャンもする。
聞いたら、一時期、雀荘でノンプロみたいな打ち手として稼いでいたこともあるのだそうで、聞けば聞くほど驚きだった。
因みに、草壁は高校のときに友達から教わってちょっとルールは知っている程度。
お金持ちのボンボンの亮作はそんな遊びには今まで無縁だったらしく、まったく牌ももったことがないという。しかし、面白そうだとは常々思っていた。
というわけで、ツルイチさんから手ほどきを受けてみんなで暇なときに、ジャラジャラ言わせることもあった。
最初はダイニングテーブルの上にマージャン用のグリーンシートを敷いて、部屋の3人でやっていたのだが、そのうちマージャン用のテーブルを亮作が買って来た。
さすがに全自動式のやつではない。
普通にグリーンのパットを敷き詰めた専用テーブルで、ちゃんと点棒なんかを収納する引き出しなんかもついているものだ。
コタツの裏をひっくりかえすよりはマシ。
というかこの部屋にコタツはなかった。
第一、フローリングの床の上でコタツを広げるのもちょっと違和感もあるし。もちろん、そんなにしょっちゅうするわけでもないから、家庭マージャンを楽しむなら手でジャラジャラやって遊んでいるぐらいがちょうどよかったのだ。
というわけでたまに部屋の3人で打つこともあったが、やはりマージャンというのは4人でする遊び。
もう一人引き釣りこめないか?と思ったらちょうどうってつけの人材が隣にいたので、彼女も引き入れた。もちろん長瀬ゆかりのことだ。
誘ったら、すんなりとやってきたし教えたらすぐにルールもマスターしたので、4人が揃う日で飲み会を催すにはちょっと早いか?という時間なら専用台をダイニングに引っ張り出してきて素人マージャンを楽しむこともあった。
この日も、ちょうど4人そろったということでジャン卓を囲んで打っていた。
ちなみにその日、なぜか絶不調の草壁がハコ点続きの一人オケラ状態というさんざんな日だった。
そんな勝負を繰り返して、半荘勝負も終盤に差し掛かったとき、草壁が何気なく牌を捨てると
「ロン!」
すかさずゆかりの当たりとなってしまった。
「ピンフ・タンヤオ・イーペーコー・ドラで満貫12000点!」
まさにお手本のような上がりで単独トップのラストを飾った。本人、大喜びだが、対面ですっかり空になった点棒箱をうつろな目で見ているのは草壁。
「また、ハコテン……」
するとその様子を見ていた亮作が声を掛けた。
「このところ、草壁くん踏んだり蹴ったりだね」
同情はしているのだが、普段からニコヤカなこのお坊ちゃん。明るい笑顔で言うと、なんだから他人の不幸を喜んでいるようにも見えなくない。
弟の言葉を聞いて、ゆかりが声を上げた。
「草壁さん、何かあったんですか?」
「お姉ちゃんと関係があるでしょ?」
亮作の言葉がちょっと短すぎたのかもしれないが、そう言われたゆかりが、急に顔を真っ赤にさせて
「わ、私と草壁さんは関係なんてありません!」
というものだから、ツルイチも亮作もそして、草壁までびっくりしてゆかりを見つめた。
「自転車の件だよ」
亮作が不思議そうにポツリとつぶやく。お姉ちゃん急に何を言い出すのだろうか?そして、あの大失敗をもうすっかり忘れてしまっているのだろうか?と、弟は思うのだった。
「あ……あれは、わたしも悪いと思ってるわよ」
「それにさ、お姉ちゃん知らないかもしれないけど、草壁くん年末にもカシミヤのマフラーなくしちゃってさ。かわりに安いマフラーしてるんだよね」
「う、うるさいわよ!安物で悪かったわね!」
「ん?なんでお姉ちゃんが怒るの?」
「い、いや……あんた他所の人のマフラーを安物呼ばわりするなんて失礼だからやめなさいね……」
長瀬姉弟がそんなことを言い合っていると、ツルイチまでもが、いまだにがっかりした顔のままの草壁を指差して
「このまえもチョコレート一個ももらえなかったって言って、ここで頭抱えてましたしね」
「そうそう。よっぽど誰かからもらえるアテでもあったのか知らないけど、すごい落ち込んでたよね?草壁くん」
「へえ……」
ゆかりは目の前でずっとうなだれっぱなしの草壁をチラッとみた。すると一瞬チラッと向こうと目が合う。もの欲しそうな哀れっぽい目をしている。ちょっとかわいそうに思う。
わたしぐらいからは欲しいと思っていてくれたのかしら?
「お姉ちゃん、チョコレートあげたら?」
「えっ?」
突然、亮作がそんなことを言い出して、ちょっと驚くゆかり。
「この前の自転車のお詫びもかねてさ」
亮作は草壁をフォローするというより、姉のフォローのつもり。姉に謝罪の機会を与えてあげた。そんな程度。
しかし、実は草壁の援護射撃にもなっていたりする。
亮作の言葉を聞いて、ゆかりの目の前ではすごい勢いで首を上下に振る草壁の姿があった。下さい下さいと言葉にはしないが、しっかりとアピールしている。
「欲しいですか?」
「く、ください……」
「涙目になって訴えることないでしょ!?」
「じゃあ……」
わざと勿体ぶった様子で考え込むゆかり。仕方ない、というような悠然とした態度でこう言った。
「このまえあやちゃんと喫茶店のお客さんに配るチョコを作った材料がまだあるから、そのあまりもので、チャッチャっと作っちゃいます」
「夜食のラーメンでも作るみたいな言い方やめてください!」
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