第219話 センチメンタル バレンタイン ①

 そして目前にバレンタインデーを目前に控えた2月のある日。




 デパートの食料品売り場というのは、足を踏み入れると愛想のいい売り場の店員たちに声をかけられるまでもなく何かを買わないと出られないものらしい。



 大きなフロアの中に散らばる和洋中の銘店からは、いやでも食欲をそそらずには居られない匂いの漂おう中、客たちはみなどこかの店の包みを提げ、右に左に視覚でもグルメを楽しむようにして賑わう休日。




 オープンキッチンで惣菜を作っているような店の並ぶ一角からすこし遠ざかると、扱うものがだんだんスイーツに近づいてゆく。



 実演販売でウナギを焼いているような店というのは、店員たちも威勢がいい。焼きたて、出来立てをひっきりなしに声高に呼びかける。


 それが、甘党好みに近づくにしたがって店員もブースの様子も穏やかに変わる。



 扱っている商品が小さな宝石箱にでも入っているみたいなチョコ売り場の店員なんかは、目があっても「いらっしゃいませ」と小首をかしげるようにして小さな会釈をするだけで、あまり積極的に売り込もうとはしない。


 まるっきり宝石売り場の店員みたいな人が多くなる。




 そんなに甘いものばっかり売ってるわりには、ほっそりとした人ばかりというのも不思議だ。



 


 甘い匂いに一日中包まれていると、それだけでおなか一杯になっちゃうのだろうか?



 そんなつまらないことを考えて、いくつものスイーツ専門店の前を通り過ぎてゆくのは、長瀬ゆかりである。




 彼女は悩んでいた。どんなものを買ったらいいのだろうか?と。


 もちろん、バレンタインデーを控えたこんな時期にスイーツの店の前で悩むと行ったら、チョコレートのことである。



(いくらぐらいのものがいいだろう?あんまり高いものはマズイ。だって義理チョコなわけだし。かと言って、いかにも『義理です』みたいなのも、イヤだし……)




 以前にも似たようなことを悩んでいたような気がする。


 たしかあの時はマフラーだった。なんか自分ってこんなことばっかり考えている。



 もちろん選択肢の中には、値段だけじゃなく、ショップのチョコを買うか手作りするか?という問題もある。


 しかし、あくまで『義理チョコ』だと言い張っておいて手作りはないだろう。


 作ろうとしてできないわけじゃないし、すこし味気ないような気もするけど、ここは既製品を購入するしかなかった。




 そう、彼との距離はいつまでたっても「お友達」それ以上には進んではいけない。それはゆかりには絶対のことだった。お互い、いずれお別れするのだから、そのときあんまり傷つくようにはならないのが賢明。


 彼女はずっとそう思っていた。





 結局、30分も食品売り場をさ迷った挙句、購入したチョコは生チョコの詰め合わせだった。


 ミルクキャラメルを一回り大きくしたようなのが詰まった可愛い箱入りのそれ、お値段が1800円。


(うーん。義理というには少しお値段張っているけど、まあ彼には迷惑もかけてるしお世話になっているから、これぐらいのもの買って渡してもおかしくないよね)


 などと、自分に言い聞かせているが、どうも少しでもよさそうなものを選んぼうとしている自分に気づかないわけでもなかった。




 さて、それでお買い物も済んだわけだし帰ろうかと思いつつも、徘徊している間に目に付いていたフルーツロールケーキもついでに買ってっちゃおうか?と悩んだりしていると、そこで親友の辻倉あやとばったり出会った。



「あっ!ゆかりさん!」


 ロールケーキを一生懸命覗いているせいで、向こうの存在に気づかなかったが、急に声をかけられたゆかりがまるで電気でも走ったみたいに、ビクッと大きく一度痙攣したように体をよじったのは、なぜかちょっと見つかってマズイような気がしたせいでもあるのは確か。



「あ、あやちゃん…どうしたの?」


「私ですか?ちょっとお父さんにチョコレートでも作ってあげようかなって思って材料を買いにきたんですけど……」


「へえ、マメだよねえ」


「ゆかりさんも、チョコレートを買いに来たんですか?」


「み、見てのとおり、私はロールケーキでもと思って……」


「ふーん。実はもうチョコレートはちゃっかり買っちゃった後だったりして!」


「な、何が言いたいの?別に特に買う必要もないし」


「ふうん……」



 ゆかりの言葉にあやがにやけた。そして、こんなことを言うのだった。



「そんなこと言いますけど、ゆかりさんって世間で何かイベントごとがあるたびに、こういうところを思惑ありげにウロウロしますよね?」



「ほっといて頂戴!」




「まあ、それはさておき……」


「なに?」


「今、ちょっと思ったんですけど、もし暇があるんだったら、二人でチョコ作ってみませんか?」


「ん?」


「バレンタインの日にアネモネでお客さんにサービスとして渡したりしたら、いいかな?と思ってたんですけど」


「ふーん……。ま、私なら用事ないからお付き合いしてもいいわよ」




 というわけで、バレンタイン前の百貨店の食品売り場でばったり出くわしたあやとともに、ゆかりもバレンタインサービス品の一口チョコを手作りすることになった。

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