第217話 ママチャリで行こう ④

 それはともかく、やがておつまみの準備も始まると、全員そろって


「カンパーイ!」


 ということとなった。




 いつもより、ちょっと手の込んだおつまみがある以外はいつもの部屋の飲み会。


 と思っていたところ、突然、草壁が立ち上がって手を上げてこんなことを言い出した。



「ハイ!本日は慰労会以外に、もう一つビッグイベントがあります!」



 急に何を言い出したのかわからない一同がキョトンとして草壁を見守る中、彼は突然席を離れて自分の部屋へと帰っていった。



「ちょっとお待ちください」



 やがて、自分のノートパソコンを抱えてダイニングに帰ってきた草壁、すでにパソコンは起動済みであり、さらにモニタ画面には、どこかの通販サイトらしきページが開いていた。




「どうしたんですか?パソコンなんか持ち出してきて」



 すると、まだ始まってビール一本も飲んでいないはずなのに、妙にご陽気な様子の草壁が立ち上がったまま、高らかにこう宣言した。



「ええ……宴会も始まったばかりですが、これより、ワタクシ草壁圭介、10万円のロードレーサー購入イベントを執り行いたいと思います!」




 ノートPCの画面には、おそらく彼が前から目星をつけていたらしい自転車通販サイトのホームページがすでに開かれているのだった。



 草壁の宣言を聞いて、ツルイチと亮作がとりあえず、お付き合いで拍手する。


「おおっ!そういえば草壁クン、自転車買いたいって言ってましたものなあ……」


「10万円の買い物!確かに大イベント!」



 ゆかりだけが急な展開にちょっと驚いていた。




 すっかりMC気分の草壁、テーブルの上に用意して会ったペリエのペットボトルを手に取るとそれをマイクにみたてて、司会進行。


「まずは、メインのイベントに先駆けて、特別ゲスト、長瀬ゆかりさんの歌声をお楽しみください。それでは、歌姫どうぞ!」



「ちょっと、待ってよ!急にそんなこと言われても……」


「よっ!お姉ちゃん、待ってました!」


「亮作!あんたちょっと調子乗りすぎ!」


「ママママ!ゆかりさん、理由はどうでもよろしいでしょ?すこし早めですが、早速一曲行きましょうか?」


「あっツルイチさんまで、もうギター持ってきて……」


「なんで、お姉ちゃん不満そうな顔してるの?どうせ歌うつもりだったんでしょ?」


「だって、なんで私の歌が草壁さんのイベントの前座みたいにならなきゃいけないの?」


「ええっ!そこに怒ってたの?」




 そんなやりとりがありながらも、ツルイチがギターを抱えてポロンとやりだすと、それに合わせるように草壁の名調子が被さってくる。



”馬鹿な女と言われても、ほれた男にゃ敵わない。浪花節だと笑わば笑え。流した涙を笑顔に変えて、今日も歌うは女の生き様。それでは歌っていただきましょう。長瀬ゆかりで『浪花節だよ、人生は』……ドウゾ!”




 そういわれると、もはや嫌がりもせずに箒の柄をマイクに見立てて、酔っていようがいまいが、同じようにお嬢様もイベントの前座をこなすのだった。





 そしてゆかりの歌が終わるといよいよ10万円のお買い物タイム。



 相変わらずご機嫌の草壁の司会進行が続く。彼にしてみたらこの冬の数ヶ月はこのために過ごしてきたといっても過言ではないのだから。


「それでは、本日のメインイベント!」


 すると、歌い終わったばかりですぐに、手酌で日本酒のおかわりをしているゆかりが突っ込む。


「あの、今日は私の慰労会なんでしょ?」


「けど、メインが僕の自転車購入式です」


「なんですか、それ……」


「どうでもいいじゃん、そんなこと、お姉ちゃん細かいこと気にするよね?」




「では、さっそく商品のご紹介からいかせてもらいます」


 草壁はそういうと、自分の席についてブラウザを操作して目的のロードレーサーのページにまで飛んだ。そして、それが映し出されているノートPCを皆に見せびらかすようにして、ご披露。



「では、商品のご紹介より。『軽量アルミフレームを採用した耐久性にもすぐれるパーツを使用。ギアは18段変則となっており、ツーリングからロングライドに際しても快適な走行が可能。本物のロードバイクの走りが堪能できます』……ということです!」



 草壁は一人ご満悦だが、正直商品紹介まで読まれても興味のない人間にはなんのことやら。


 草壁の隣に座るゆかりは、お酒片手にPCの画面を覗き込むと、草壁に尋ねた。



「もう色とかも決めてるんですか?」


「シルバーがいいかなと」


「ふうん……」


「さっ、もう購入画面に到着しました」



 見ると、確かに草壁のブラウザには大きく「購入する」ボタンが映し出されている。マウスのカーソルもその上にスタンバイしてあるので、あとは左クリック一発……。


 そこで、草壁が隣のゆかりにペコリと頭を下げた。


「じゃあ、あとよろしくお願いします?」


「何を?」


 言われて、ゆかりがすこしキョトンとなった。





「はい!それでは、皆様、お待たせいたしました。いよいよ本日のメインイベントでございます、主賓の草壁リーダーによる、ロードレーサー購入式に入らせていただきたいと思います……リーダーどうぞ!」



 草壁から司会を託されたゆかりが、さっきの箒の柄を握り締めながら、即席MCに代わる。


 すると、対面に座る亮作とツルイチからも大真面目に盛大な拍手が鳴り響き、立ち上がった草壁は一同に神妙に一礼。


 再び、ノートPCの前に座ると、人差し指を立てた右腕を一度頭上高く持ち上げた後に、ゆっくりとマウスの上に置く。



「では、購入いたします」


 という言葉とともに、左クリックポチッ。


 そして、一同に向かって再び深々と頭を下げて一礼する、草壁。



「それでは、無事購入式も終了いたしました。みなさま、どうか、今一度、草壁リーダーへ盛大な拍手をお願いします」


 というゆかりのスピーチが4人の大きな拍手とともに部屋に響き渡り、一応、無事購入式も一応の完了。



 ――と、なるはずだった。

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