第203話 心ほぐして ②
じゃあ、さっそく、お昼にしましょうか。ゆかりが台所からお茶っ葉を入れた急須を持ってくると、片隅の灯油ストーブの上で湯気を立てている、ブリキのヤカンのお湯をそれに注ぎいれて、飲み物の準備も完了。
「じゃあ、いただきます」
と二人で揃って手を合わせたあと、二段式のお弁当をゆかりが広げると
「うわーっ!おいしそうっ!」
思わず頬が緩んだ。どっちかというとクスんだ色どりをしているいつもの仕出し弁当と比べたらこちらのカラフルなこと。
「あやちゃん、これ作るの結構時間かかったでしょ?」
「それほど手の込んだものはないから、本当は早く作れるはずなんだけど、慣れないからちょっと手間取っちゃった」
誉められたあやがちょっと照れくさそうにはにかんだ。
というわけで、本日のあやちゃん手作りのお弁当の中身はというと。
まず、サヤインゲンとスティックチーズの肉巻き野菜。あと、ボイルした小エビには甘辛い黄金色の餡を絡めて、ちょっとすりゴマ振って。
カツオと昆布のだしで煮っ転がしたカボチャとフキは、和風のホッとする淡味。ホタテの貝柱にベーコンを巻いて軽く焦げ目がつくまでソテーして。ハムは細かい切れ込みを入れてロールすると花みたいな飾りとしても。赤の彩りがわりのプチトマトもローストしてあるのがちょっと一手間。隙間はサニーレタスと錦糸卵で埋めてみたり。
そして2段目には、塩昆布とオカカとたくあんのみじん切りと大葉の千切りの混ぜご飯。
そして忘れちゃいけないのは、お弁当箱の隅っこのピンクの紙カップの中にある、ぽってりとした白い塊である。
「あっ!ポテトサラダ!。あやちゃんの作ってくれるこのポテサラ私、すごい好きなのよねー」
「ゆかりさんが、好きだって誉めてくれたから、がんばって作っちゃいました」
ゆかりがすぐ食べちゃうのがもったいない様子で、お箸でちょっとずつつまんで食べている姿は、まるで酒飲みがイカの塩辛でもつまみにしているみたいだが、よっぽどゆかりのお気に入りなのだろう。
実はあやも自分で作っておいて、大好きな味だったりする、お手製のポテトサラダだ。
どうでもいいかもしれないが、作り方はこんな風。
マヨネーズは出来れば市販のものは使いたくない。雑味が少々気になるので。
そこで、お手製のマヨがないのなら、生クリームをベースにしっとり感をだして、風味付けととろみの調整に牛乳も少々。
そしてゆで卵を黄身白身ともに、バランスを調整しながら入れる。このバランス調整は大事なポイント。やりすぎるとポテトサラダではなく、卵サラダみたいになるし、少ないとせっかく加えた卵の食感と風味が無駄になる。余った場合、どうするか?簡単なこと、手元の食塩を振って食べちゃえばオーケー。
塩加減は、いっしょに加えるチーズと相談して。パルメザンとリコッタを入れてからきちんと味見しましょう。
コショウは、黒コショウ。ジャガイモの中で色も風味もしっかり主張してもらうぐらいにたっぷりと。
あと生タマネギを入れるのだけど、あくまでこれは風味付け。薄くスライスしたものに塩をしたあと、しっかり、ギュウギュウに絞って加える。タマネギの味ではなくてツンとした風味だけをアクセントにします。だからここではペーパータオルはNG。ちゃんと布巾を使わなければ絞れない。
旨みには、しっかりと炒めたベーコン。ハムでもいいけど、やっぱりベーコン。なければ、脂身の多いミンチ肉でも可。
彩りと甘味として、小さくカットしたニンジンとセロリをソテーしたものを加え、酸味には、煮詰めたワインビネガーを加えて、香り付けに最後オリーブオイルをヒトたらし、で、あやちゃん特製ポテトサラダが完成。
「けど……」
見た目も味も文句のないお弁当だったが、食べながらゆかりがふと、不満そうな顔をした。
「なんですか?」
「このお弁当、錦糸卵は入れてあっても卵焼きはないのね?千切りにする手間とか考えたら卵焼きつくるほうが簡単じゃない?」
ゆかりの指摘を受けたあやが笑った。
「それは、ゆかりさんに敬意を表しまして」
「どういうこと?」
「わたしもいろいろとやってみたけど、卵焼きに関してはゆかりさんみたいに、ふっくらして食感もしっかりしているっていうあんな上手に作れないから」
「そう?あんなのは慣れだと思うけど」
「職人じゃないから、そんなに毎日卵焼きばっかり焼けませんよ」
「そんなに難しかったかなあ?」
「卵焼きのコツってあるんですか?」
「うーん。なんだろう。けど、オムレツとは違うのよ。たとえて言うと、タンポポオムレツっていうのあるでしょ?」
「はい、黄身がトロトロ半熟のやつ」
「あれが、焼き方で言うと、レアだとして、普通のオムレツはミディアム。そして、卵焼きはウェルダムに仕上げるってことかな?焦がしちゃだめだけど、焼き色は薄くならオーケーでしょ?オムレツよりも、固くていいの。
そんなイメージ」
図書館よりも静かな、オンボロ寮の一室でそんなことを話しながら二人がポソポソとお弁当を食べていた。音を立てるものが、室内の二人と脇においてある灯油ストーブぐらいしかこの部屋にはなかった。
「ところであやちゃん、いつまで皿洗いの応援に入るの?」
「あっ、それですけど、昨日には草壁さん、手のテーピングもすっかり取れたらしくて、もう明日から職場復帰するって言ってましたよ」
「あ……そうなんだ」
「……」
「……」
ここで、それまで弾んでいた二人の会話がピタッとやんだ。
あやは、時々上目遣いで目の前のゆかりの様子を確認するが、ゆかりはまったくそ知らぬ顔でずっとお弁当箱を覗き込んで箸を動かすばかり。
そして、しばらく沈黙が続いたあと、あやのほうから、おずおずと口を開いた。
「あの……」
「ん?何?」
「怒ってます?」
「なんで私が怒ってなきゃいけないの!」
「だって、この前のときのこと、ちょっと根に持っていそうだし」
つまり、あやが草壁にお弁当を食べさせてあげるなどという、とても親しげな行動をしたことをだ。
「根に持つってどういう意味よ!」
「今まででも、そういうことがちょいちょい」
「ありません!」
しかし、とあやは思うのだ。
目の前でふくれっつらしてポテトサラダをつまんでいる、この人、幸い自分には嫉妬の矛先を向けてはこないが、多分アチラさんには、きつくあたりそうだな、と。
(草壁さんもメンドクサイ人、好きになっちゃったもんだなあ……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます