第199話 あーん ③
そんなことがあった次の休日、草壁の策略にまんまとはまったあやは彼とデートすることになってしまった。
そこは街中にあるスポーツレジャーランド。
有名アミューズメントチェーン店の一つで、交通量の多い幹線道路と駅からも近いところ立っている、5階立てのビルである。夜になると、屋上に設置された観覧車がまぶしいネオンの明かりを並びの他業種の看板を圧倒するぐらいに点滅させ、それは陽が昇るまで消えない。つまりは24時間営業ということ。
中に入っている施設の一番の目玉が、広いボーリング場とバッティングセンター。ちなみに夜のボーリング場は照明を落とした中でピンとボールが蛍光色に発光しながら、レーンの上で踊る姿がとても幻想的だとか。
あとで草壁から自分を誘った舞台裏をすべて知らされたあやは怒った。
が、怒りはしたが約束は約束だからということで、あっさりと二人でおでかけということは了承してくれた。結構物堅くて律儀な子なのだ。
「けど、聞けば聞くほどひどい話ですよね?それって!」
こうして二人でもう施設にやってきたというのに、まだあやはちょっと不満そうにしている。
「だって、僕もゆかりさんにあんな言い方されたら腹立ちますし」
「それで、私が振り回されたら、こっちがたまりませんよ」
「いつものお返しです」
草壁が涼しい顔してそう言った。いつもそちらさんの無茶な芝居につき合わされているお返しだそうで。
「……」
あやは黙り込むよりなかった。
とは言っても来ちゃえば楽しんだもの勝ち。
本日は動きやすさ重視のキュロットスカートにグレーのタイツに包まれた細い足で、あやが楽しげに目指した最初の施設は、ここの施設のもう一つの目玉「バッティングセンター」だった。
「ソフトボールはやったことあるけど、野球ってないんですよね」
「あっそうなの?」
「割とバッティング自信ありますよ」
そんなことを言いながら、スタジャンの肩に金属バットを担いであやがバッターボックスに立つ。
かぶって来たベレー帽のかわりにブカブカのヘルメットを頭に乗せている姿は、普通にかわいい女子が遊びでバッターボックスに入っていくみたいだ。
ここのバッティングセンターのシステムはちょっと変わっている。
普通1ゲーム何球と、マシンから繰り出される球数が決まっているものだが、ここでは、はじき返した球の行方をコンピューターがヒットやゴロなどと判断して、規定のアウトカウントまで達して終了となる。
さらに、二人で遊ぶ場合、3アウト交代制で交互にバッターボックスについて、9回終了までのスコアを相手と競いあうことも可能。
いや、それだけでない。
実在のプロ野球の投手をそれぞれ自分のチームのピッチャーに指定すると、相手がバッターボックスに立ったときにコンピューターシミュレートされた個性豊かな投球をしてくれるという、まるで二人で本当に野球の試合をバッターとして楽しんでいるみたいな仕掛けもある。
人気らしくて、休日は小学生から大人まで順番待ちの列ができることもあるのだとか。
というわけで、先攻のあやがバッターボックス立つと、草壁はどんなものか後ろでジッと様子を観察してみた。
「ああ!やっぱり、金属バットって結構重いですよね」
と言いながらあやが軽く素振りをする様子を見た草壁はまず驚いた。
絶対、うまいぞ、これは。
あんまり野球経験もない普通の女子が金属バットを振ると、まずバットに振り回されるみたいに見えるものだ。バットの描く軌道も不安定だし、腕も振りながらグラグラ揺れる。
ところが、今目の前で「小学生のとき以来ですよ」なんていいながら軽く素振りをしているあやはまるっきり軟式野球の現役みたいな様子だ。
まず、バットのヘッドの軌道がぶれない。
そして、体の軸がぶれない。
実際の打撃に入るまえから、草壁が後ろで目を丸くしていた。
「ピッチャー振りかぶって、第一球投げました!」
そんな実況が耳に入ってくると、バッター正面に設置してある大型ディスプレーの中のプロのピッチャーの画像が大きく腕をしならせて、こちらに向かって球を投げてくる。
実際はマシンがやっているのだが、機械の姿は見えないので、ちょっとした迫力を感じる。
運動苦手な気弱女子だったら、もうその時点で球を目で追うことすらできずに、目をつぶっちゃうかもしれない。
が、見てたら、キュッとアゴをりりしく引き締めたあやは、眼光するどくボールの軌道をきちんと目で追いながら、かなりの速球を怖れる様子もなく綺麗にスイングした。
ボールは甲高い音を響かせながら、ライナー性の当たりを、相手ピッチャーの頭上高くすっと跳ね返っていく。
「ツーベースヒット!」
これまた実在の実況アナウンサーの声を使った合成音が、威勢よく響いた。
その後も快調にヒットを打ち続けるあや。
一応、バッティングを楽しもうというスタンスだったので、基本ストレート勝負ばかりという設定にしたのだが、野球経験のわずかしかない女子がいきなり140キロの球を打ち返してホームランを何本も出したときには、隣でプレーしていた、近鉄の帽子をかぶったオジサンから
「お姉ちゃん、マジでうまいなあ。どっかの実業団の人?」
って、感心されたのだった。
普通に野球あんまりしたことない人、草壁と腕の違いが歴然。
それはどうでもいいのだが、一応9回までやるつもりだったのが、5回が終わった時点でコンピューターから「25対5!規定によりコールドゲームとなりました。どうもありがとうございました」と言われて突然ゲームが終わったのには、びっくりした。
聞いてないぞ!そんなシステム。
じゃあ、バッティングセンターも楽しんだことだし、次はどこ行こうか?
すると、あやからのリクエストは「卓球」。
ということで二人して、フロアを移動したあと、卓球エリアに足を踏み込んでみると一面の壁が濃紺の色で統一されている落ち着いた雰囲気。
スピーカーからながれるはやりのポップスの音楽と相まって、ちょっとカラオケ屋の個室みたいな雰囲気。
ネットで区切られてずらっと10面も並ぶ卓球台を囲むのは、基本若いひとだらけだが、端っこのほうでは、ストライプ柄の短パンに半袖のシャツのユニフォームを着たオバさん達がひどく打ち合いを続けているいる姿も見えた。
「卓球の経験あるんですか?」
「わたし?やったことないから一度やってみたかったんですよね。草壁さんあるんですか?」
「何度か高校のとき卓球部に遊びに行ったぐらいです」
あやは初心者だと自らを語ったが、さっきのこともある。
ラケット握ったら、いきなりラケットに全体重かけるみたいに飛び跳ねながらすごい軌道を描くスーパーサーブを繰り出してくるんじゃないか?
と思ったら、握り方もろくに知らないというまるっきりの素人らしかった。
草壁も昔、卓球部の友達に教えてもらったというあやふやな知識でラケットの握り方とサーブの仕方、そして打ち方を簡単に指導するだけで、試合開始。
こういうものは腕の差があまりに違うとか、レベルがものすごく高い、あるいは低いとかならどうしようもないのだろうが、ある程度お互いの力の差がなくて、そして、運動神経も互いに悪いわけではない、となると案外上級者以上にラリーが続いたりするものだった。
スマッシュなんて簡単に打とうとしてもだいたい決まらないというような互いのレベルだ。
というわけで、見ていると、隅っこのほうで小さなラケットを片手に飛び跳ねている本気組のオバサンたちより穏やかにラリーが延々と続く二人。
勝ち負けよりも、そうやっていると案外楽しい。
温泉に行くとピンポンがなぜか置いてある理由もわかった。
けど、たまには体重を思いっきり乗っけた足で床を”バンッ”って大きな音を立てながら、相手のコートに吸い込まれるように飛んでゆくすごいスマッシュの一つもやってみたい。というのは人情。
「えいっ!」
草壁が甘い球を高く返してきたので、あやがそうやってラケットを思いっきり打ち出した。
が、初心者が力いっぱいやっちゃったせいで、ピンポン玉はバコッっていう鈍い音を立ててネットに引っかかってしまった。
そして、それを拾い上げてみると。
「あっ、割れちゃった……」
多分、ラケットの面を立てすぎたのも理由かもしれない。ピンポン玉は見事にぱっくりと口を開いて割れていた。
そこで、草壁が球の交換のために、受付までひとっ走り。
弁償でもさせられるかと心配したが、別にその必要はない様子。あっそうですか。じゃあ次はどれにします?お好きな色をお選びいただけますよ。なんて言われて、色なんかなんでもいいと思ったが、今度はイチゴ柄のやつなんて面白そうだから、これにしようかな?なんて草壁がちょっとそこでモタモタしていたりしていた。
そして、一方のあやである。
草壁がもたもたしているのをちょっと確認したあと、彼に背中を向けるように卓球台に向き直った。
そして、手にした卓球のラケットを両手持ちしてみる。
(さっきのバッティングセンター楽しかった!帰りにもうひとゲームしちゃおうかな?けど、私ってバッティングのセンスあるのかな?フォームも綺麗ってほめられたし)
さきほどのバッティングセンターでの自分の活躍を思い出して一人ご満悦。
手に持った卓球のラケットをバットに見立てて、帰りに再度チャレンジするときの練習のつもりで、軽くバットの素振りのフォームを作ってみる。
(こうやって、テイクバックもきちんととって)
とやりながら、ラケットをクビの横に立ててみる。もう目の前にはあのときのピッチングマシーンに映し出されていたプロの投手が振りかぶっている様が見えている。
(むこうが振りかぶったら!こう、スイング!)
ちょうどそのときだった。
草壁が交換したピンポン玉を持って近づいてきた。
しかし、彼もうかつだった。目の前でこっちに背中を見せているあやが完全にフルスイング体勢に入っているというのに、それをろくに確認しもせずに。
「球、交換してきました。サーブどうぞ」
って言いながら、ピンポン玉をのっけた手のひらをあやのほうへ差し出したのだから。
そしてあやがただの素振りのつもりで振った卓球のラケットに、さっき3ランホームランを場外に飛ばしたときみたいな衝撃を感じたと思ったら、妙な方向へ赤っぽい模様のついたピンポン玉が飛んでいった。
と同時に。
「ウッ!」
といううめき声が響き、すぐ隣で、草壁が右手を押さえてうずくまっていた。
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