第196話 ねがいごと ④


 その後、フミコが初詣に行きたいと言い出したので、3人もお節地獄から抜け出すいいきっかけとばかりに、一緒に神社にでかけることにした。




 放っておくと、この叔母さん、自分の行きたい神社に適当に行こうとするかもしれないので、今回はゆかりが双葉荘に戻る都合を盾にとって、歩いてゆける近所のところで手軽にすませることにした一行4人。




 あの松木神社ほどじゃないが、こちらも立派な鳥居の向こうには、神様のおわします本殿以外にもおみくじや絵馬を売る社殿を抱えたちょっとした神社である。


 3が日を過ぎているせいで、初詣の参拝客は少なく、静かだった。



「なんか、貧相な神社ね。せっかく初詣するんだから、にぎやかなところに行きたかったわ。叔母さんは」


 そこの神様が聞いてたら腹をたてそうなことを、それも境内を歩きながら平気言うフミコだった。


 草壁以下、3人は、聞こえないふりして本殿へと歩いた。




 新春早々二度目となる初詣をすることとなった草壁。


 そんな彼が、二度の参拝に際して神様にお願いしていたことがあった。


 それは



 ”ゆかりさんと二人でデートに行きたい”


 というもの。


 わりと奮発して二度とも100円玉を放り込んだ。




 みみっちいというより、神様があきれる様な内容の願いだが、本人いたって真面目に願をかけていた。




 それはおいておくとして、今回の一行も参拝を済ますとフミコの口から


「それじゃあ、ちょっとおみくじでも引いて今年一年の運試しでも……」


 信心とかではなく、宝くじ感覚で軽くそんな言葉が出掛かったとき、すかさず、ゆかりがその言葉をさえぎるように


「絵馬にしましょうよ!」


 そう提案した。


 このメンバーに混じる、もうおみくじは引かないと心に決めた人のフォローなのかなんなのか?



「どうして?」


「おみくじと違って絵馬には吉凶関係ないじゃないですか」


「悪いクジが出たらいやだから、おみくじ引かないなんて、そんな臆病なこと言っちゃってどうするの?まだ若いくせに」



 この叔母さん、いったんこうしたいって言い出すとなかなか言うことを変えない。


 そんなわがままな叔母の性分を知り抜いているゆかり、叔母の言葉を無視するようにして、さっと社務所脇の小さな売店で絵馬を4枚を買うと、そこのペン立てにささっていたサインペンを借り受けて戻ってきた。



「さ、おばさんも何か願い事を書いてください」




 押し付けるようにフミコに絵馬とペンを渡すと、さすがにこのわがまま叔母もおとなしくそれを受け取った。



「ゆかりちゃんね、こんなところでリスクを取ることを恐れているようじゃ、企業経営なんてできないわよ」


 おみくじひとつで、随分大げさなことを言うフミコ。しかし、横で聞いていた草壁は一瞬、肝が冷えるような思いがした。


 誰がそうなるかはわからないが、将来ゆかりを射止める旦那は、当然、企業のトップとなるべく人材でなければならない。


 こんなところで、彼女とデートしたい、なんて暢気な願いごとをしていていいのだろうか?とても心もとないような気分になりながら、それでも草壁は絵馬に願い事を認めた。





 かくして書きあがった4人の願い事であるが――



”交通安全、無病息災  長瀬ゆかり”



”四暗刻、大三元  長瀬亮作”



”いい男と結婚できますように  長瀬文子”



 と3人がそれぞれの思惑を秘めた絵馬を書き上げたあと、最後の草壁が絵馬に書いた願いごとはやっぱり



”ゆかりさんと、二人でデートに行きたい  草壁圭介”



 企業経営とかは、やっぱりのこの男には関係ないらしい。


 そして、そんな草壁の書いた絵馬をちらっと見たゆかりがあきれたような声をあげた



「あっ!なんてお願い書いてるんですか!」


「いいじゃないですか」


 絵馬掛けの前で、ゆかりと草壁がちょっと言い合っている間にも、文子と亮作はさっさと絵馬を掛けてしまった。



「もうちょっとまともなお願いを書いたらどうですか?」


「僕にとったら神頼みでもしたくなるような真剣なお願いですから」


「神様が怒ると思いますけど」


「ちゃんと賽銭も張り込んでるんで、怒られるようなことはないと思います」


「100円のどこが、張り込んでるっていうの?」


「見てたんですか?」




 そんなことを言い合いながら、ちょっと遅れて草壁とゆかりも絵馬を無事に掛け終わり、それじゃあ帰りましょうか?となったときである。




 ちょうど、神社の鳥居をくぐった直後。


「私、ちょっとお手洗いに寄るわ。あなたたち、先に帰ってていいわよ」


 そう言って、フミコが再び神社境内に戻っていった。



 ま、子供じゃないし、向こうがそういうなら別に待っていることもないかと思って、残った草壁、ゆかり、亮作が揃って歩き出したそのとき。



 ゆかりはふと、足を止めた。


 彼女の中でちょっと、あることが気になった。



 叔母さん、まさか!




 ゆかりは、さっとフミコの後を追うようにして境内に戻って行った。


 見ると、フミコはトイレに行くと言っておいて、やっぱり、売店の前を通って、手水場の裏手に建っている絵馬掛けのほうへ歩いているじゃないか。



 やっぱり、叔母さんの詮索好きの悪い癖が出た!




 突然、走り出したゆかりの背中を草壁と亮作が驚きながら見ていると、じきに、フミコの背中においついたゆかりが、フミコが手を伸ばそうとした一枚の絵馬をさっとそれより先に絵馬掛けから奪い取った。




 そして、絵馬掛の前では、叔母と姪のこんな会話が。



「どうしたの、ゆかりちゃん血相変えて走ってきて」


「叔母さんこそ、人様の願いごとを勝手に覗こうなんてしちゃいけませんよ!」



 ゆかりは、草壁が妙なお願いごとを書いていたあの絵馬を手に怖い顔で叔母を睨み付けた。



「いいじゃないの、見るぐらい。なんかあなたが面白そうなこと書いているみたいなこと言ってたから叔母さん気になるでしょ?」


「だから、そんなもの見るもんじゃありません」


「見られて悪いことが書いてあるの?」




 そんなふうに叔母と姪が言い合っているところに、草壁と亮作も少し遅れてやってきた。


 ゆかりの手にある絵馬が自分のものだととっさに気づいた草壁、それほど隠す必要のあることか?と思ったが、あんまり自分たちのことを人に誤解されたくないというゆかりの気持ちも一応はわからないわけじゃない。


 しかし、困った人だよなあ。


 なんて思っていたら、何も知らない弟の亮作のほうは、ゆかりが何を隠しているのか興味津々。



 目の前の叔母に注意をそらして、こっちには油断している姉のそばにそっと近づいて、彼女の手から絵馬を奪い取った。



「なになに?何が書いてあるの?」



 このヤロー、普段おっとりしているくせに、たまに洒落にならないことする!


 さらに亮作の後ろから近づいた草壁が、その自分の絵馬を亮作の手から奪い返した。



「俺の願い事、勝手に見るなよ」


「えっ、それ草壁クンのなの?」


「そうだよ」




 いつの間にか絵馬掛の前で、草壁とゆかりの二人組みがフミコ、亮作の二人組みと対峙するような形になってしばらく問答が続いた。



「なんなのさ?お姉ちゃんたち、そんなに見られちゃ悪いようなことが書いてあるの?」


「人様の絵馬を勝手に覗くような子に育てた覚えはありません」


「僕だって、お姉ちゃんに育ててもらった覚えはないよ!」


「ゆかりちゃん、そんなこと言いながら彼のお願いごとみてたじゃないの?」


「見てません。私は親戚として、よその人の願い事を勝手に見ようとする叔母さんが恥ずかしいだけです」


「何、無茶苦茶なこと言ってるのよ。草壁クン、そんなに変なお願いごとをしたの?」


「いえ、普通のことですよ」


「じゃあ、見せてくれたっていいじゃないの」


「僕、字下手だから、人に書いたもの見せたくないんです」


「草壁クン、字、上手じゃなかったっけ?」





 参拝客が少ないからいいものの、絵馬を買った人が迷惑しそうなところで変な言い合いが続いたあと、ゆかりが隣の草壁にそっとささやいた。



「だから、そんなお願い駄目だって言ったんです」


 説教される覚えはないのが、草壁だ。一度ぐらいデートしてくれたったバチがあたらないと思うがそっちがあんまり頑なだから、こうなったんじゃないかと思っている。


「そうは言いますけど、僕にとっては隠すようなことじゃないんですが」



 ぽつりと草壁そう言うと、急にムキな顔でゆかりが草壁に噛み付いた。



「草壁さんだって知ってるでしょ?私が、スナックで歌って踊ったのがバレただけであの騒ぎなのよ?もし男の人と変な噂なんか立ったら、私実家に連れ戻されるかもしれないのよ!」



 怖い目でゆかりに睨まれると草壁も言葉を失った。


 確かに彼女の言う危険はある。なにしろ、目の前にはなんでも喋る叔母さんが控えている。どんな噂を立てるかわかったもんじゃない。



「……わかりましたよ。……書き換えればいいんでしょ……」


 草壁も折れるより他なかった。




 そして。



「お姉ちゃん絶対あれ、見てるじゃないか」


「ホント人には散々言っといて」



 亮作とフミコの視線から逃れるようにして離れたゆかりと草壁が、並んで草壁の絵馬を添削しだした。


 何が書いてあるのかわからない叔母と甥は、不満そうにその様子を離れたところで見守るしかなかった。




”デート、なんて文句は消して”


”名前もぼかして書いてください”



 ゆかりからの指導の元、やがて絵馬の書き直しが終わると、その願い事を見た草壁が残念そうな顔でこういった。



「なんか、もうこれ、近隣住人と揉め事かかえてる人みたいな願いごとになりましたね?」


「仕方ないでしょ?」



 そして二人で揃って絵馬掛の前まで行くと、草壁が再びを絵馬を掛ける様子をすぐとなりでゆかりはおとなしく見つめていた。





 さすがのフミコももはや覗く気も失ったため、その後おとなしく一行は神社を後にした。




 ところで、肝心の絵馬であるが、草壁があきれたのも無理はない。


 ゆかりの駄目だしをイヤというほど食らったあと、黒塗りだらけになったその絵馬の裏には、消し跡のわずかな隙間に小さくこんな願いごとが書かれていただけなのだから。




”おとなりさんと、うまくいきますように  ひまわりが丘の一住人”





第40話 おわり

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