第184話 サンタとマフラー ④
結局その後、ゆかりの買ったベージュのチェック柄マフラーはどうなったか?
その後、しばらくは双葉荘のゆかりの部屋に置かれたままであった。
草壁の話では、両親からのもらい物だというし、それなら、改めてマフラーを渡してあげてもいいかも?別にマフラーが二本あってはいけないわけじゃなし。
しかし、相変わらず悩みは「いかにしてさりげなく渡すか?」であった。
そうして、クリスマスイブの日がやってきた。
その日、ちょうどピアノ教室のために一時的にひまわりが丘の商店街にある自分のピアノ教室に戻っていたゆかり。
そこで、あることを目撃していしまう。
2軒先のお隣さんである、「今木整骨院」の娘、今木恵が、ちょうどそこを通りがかった草壁を『偶然』ピアノ教室の前で捕まえると、なにやら包みを手渡していた。
この時期にきちんとラッピングしてあるフデバコほどの『何か』を手渡している!
中身はわからなくても、間違いなくクリスマスプレゼントだ!
この件に関して、草壁に悪いところはまったくないはず。
それはゆかりにも分かっちゃいるが、にやけながら、教室のまん前で恵からなにか受け取っている草壁を見ていると妙にムカついてきた。
結局、マフラーはラッピングをすべて剥がされたあと、ゆかりのカバンのなかに押し込められた。
(もういいわ。どうせ渡すアテもないし。なんだったら私が自分で巻けばいいし)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして迎えたクリスマス当日。
本来は当日、ということでクリスマス本番のはずが、なぜか日本ではイブの夜が本番みたいになっているせいで、12月25日というのは、もう意識がお正月に半分向かっていたりする。
その日のお昼のちょっと長めの休憩を双葉荘の自分の部屋で寝て過ごしていたゆかりも、もう今年のクリスマスは終わったものと半分諦めかけていた。
結局、一人でマフラー買って、自分用にしておしまい。
ケーキもご馳走もない淋しいクリスマスだったなあ。
灯油ストーブの発するトロッとした揮発臭がかすかにただようワンルームの畳の上で毛布を被ってゆかりが寝ていると、ドアをノックする音が響いた。
こんなところにこんな時間にやってくるなんて、だいたい相場が知れている。
いやな人が来たみたい。
すばやく、ツナギ姿のまま起き上がるゆかり。
すると来客は思ったとおり、若女将の芳江だった。
この人が急にやってくると、大体急な仕事の依頼だ……と思ったら、今日は違うらしい。
本日は着物姿の芳江。しかし、本日はクリスマス仕様らしい。黒地の帯びには、赤……といっても少し明るめのアズキ色に近いような赤無地の着物は、多少サンタさんを意識しているみたいだ。見た目も派手やかだった。
その芳江、今日は珍しく仕事の依頼で来たのではなかった。
お盆の上に、ショートケーキほどの大きさにカットされたクリスマスケーキを乗せてやってきたのだった。
「これ、昨日のうちで食べたケーキなんだけど、よかったら召し上がってくれない?」
「ありがとうございます」
断面に生クリームの層を幾重にも見せて、大きなイチゴをゴロゴロ乗っけたケーキ。一人で食べるにはちょうどいいようにカットされてたが、素人仕事の断面は、スポンジが所々ささくれ立ってこぼれていたりする。いかにもなご愛嬌。
かわいい飾りなんか載っていない素っ気無いものだが、
「うちの子の真奈美がね、『ゆかりちゃんにもこのケーキをあげる!』って言うものだから、一晩とっておいたのよ」
「あ、そうなんですか?真奈美ちゃんにもありがとうって言って置いてください」
今でもときどき家政婦として葉月家に出入りしているうちにすっかり仲良くなっていた、若女将の娘からのささやかなプレゼントにゆかりは思わず微笑んだ。
けっこうチビッコには人気のゆかりである。
が、この若女将、せっかくゆかりがほんわかほのぼのとした気持ちでケーキを受け取ったと思ったら
「どうせ、今年のクリスマスは何にもなかったんでしょ?せめてケーキぐらいどうぞ」
と余計なこと言って、ゆかりをムッとさせた。
(余計なお世話よ!)
その手の気遣いが却って侘しさを増すとは思いつつも、ケーキはケーキ。
仕事が終わったら食べよう!
本日はプッチンプリンじゃなくて一応ケーキが食べれる!ゆかりにとってはちょっとしたご馳走であった。
今日は洗い場に応援に入ったら、翌日はお休みなゆかりだった。
仕事終わりに、あのケーキを食べて、ひまわりが丘に帰って今日はあっちのお部屋でゆっくり寝ましょう。
という予定であった。
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