第183話 サンタとマフラー ③
翌日、草壁は両親からもらった白いマフラーを首に巻いて大学に行ってみた。
以前、ミッキーマウスのTシャツを着ていったときみたいに、ちょっと友人たちの話題になるんじゃないかと期待していた。もちろんあの時とは逆ベクトルの反応を、である。
しかし、予想していたが、見事に無反応。
そりゃそうだろう。冬にマフラーしている?それがどうした?である。
さりげなく、寒いからついにマフラーしちゃったよ!なんて言ってヘラヘラ笑ってみたが、返ってきた答えとしては「そう?ここのところ結構暖かくないか?オマエそんなに寒がりだったの?」というもの。
さらにカシミヤのマフラーだとも言ったが、「あ、そう」でおしまい。
分かっちゃいたが、普段の自分が身に着けないような高級品を付けていったというのに、とオシャレには疎いほうの草壁もがっかりせざるを得なかった。
たった一人反応してくれた人がいた。
「先輩、そんな白いマフラー持ってたんですね」
大学の帰りに『偶然』いっしょになって帰宅した今木恵である。
出会ったころほど、頻繁かつアカラサマに草壁を追い回すことも少なくなったが、まだこういうことはちょいちょいあった。
ところで今木恵のほうであるが、いまだに草壁と辻倉あやが付き合っているといういつぞやから、ずっとあやがつきとおしているウソには半信半疑ながら、草壁が自分になかなかなびいてくれないものだから、ちょっとテンションも下がり気味であった。
そんなときに、ふと見ると草壁が真っ白なマフラーをしている!
こういうとき、妙な勘の働くのが恵だった。
咄嗟に思ったのは、「あれは、間違いなく誰かのプレゼントだ!」というもの。草壁の普段の服の趣味を知っている彼女にしてみたら、遠目でもちょっと目立つようなあんな真っ白な長いマフラーは草壁のチョイスじゃないと気づいた。
ということは、まさか彼女(辻倉あや)からのプレゼント?
そう思った恵が草壁を速攻で追いかけて今に至っている。
「そのマフラーとっても似合ってますよ」
草壁と並んで歩きながら、さり気なく恵が探りを入れてみた。
初めて人から、マフラーの話題を振ってもらってちょっとうれしい草壁。ありがとうと照れたような笑いを浮かべた。
「彼女さんからのプレゼントですか?」
うらやましいですね。とでも言いたげにからかうような笑顔で草壁を覗き込む恵。
すると、草壁は
「違う、違う、親が福引であてたものをもらっただけだよ」
というので、思わぬ答えに一瞬キョトンとなる恵だった。なーんだ、そんなことだったの。けど……
「私、てっきり恋人からすこし早めのプレゼントもらったのかと思いました」
草壁もうかつな男だった。恵の言葉に笑ってこんなことを言いかけた
「残念ながら、そんな人は……」
そこまで言って、口をつぐんだ。マズイ、まだあの設定生かしとかないとマズイのかも?と。
「あれっ?辻倉さん?……」
「うん、まあ、そうだよ。うん……」
慌てて口を濁す草壁だったが、これで、また恵のアタマの中では、「草壁辻倉恋人説」の判定が相当クロのほうへ振れることになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、電車の中で恵と別れた草壁が向かったのは双葉荘。
本日も夕方からバイトの予定であった。
件の白いマフラーを巻いて旅館までの道のりを歩きながら、これを見たゆかりがどんな反応をしてくれるのか、ちょっと楽しみな草壁。
(大学の友達みたいに無反応ってことはないと思う。恵ちゃんみたいに『似合ってますよ』ってぐらいは言ってくれると思う。いやいや、待て待て、案外もっと食いつきよかったりするかもしれないぞ。『うわぁっ素敵なマフラーですね。いいなあ』なんて言いながら、目をキラキラさせて。そうなったら『ゆかりさんもこんなの欲しいですか?』とか聞いてみたりして。それで向こうが『欲しいなあ』なんて言い出したら……)
「クリスマスプレゼントを渡す絶好の口実だよ!」
妄想は一方的に広がる。夢だけはいくら見てもタダだし。
草壁だって、ゆかりに何かしたいとは思っていたのだ。が、ちょっと二人でどっか出かけようって誘っても来てはくれない彼女だ。クリスマスにプレゼントなんか渡したって突っ返されるかもしれないと思っていた。
今さら断られるのが怖いわけじゃないが、あんまりシツコイのも本気で嫌がられるかもしれない、とは気になっていた
(そのときは、色違いで御そろいのカシミヤのマフラーをプレゼントしてみようかな?)
「こういうのをペアルックって言うんだよなあ」
勝手に二人で揃いのマフラーをして歩く姿を想像しては、一人ニヤつきながら双葉荘への道を歩く草壁だった。
浮ついたことを考えていると足元まで軽くなるのか、あっと言う間に双葉荘に到着となった。
双葉荘正面入り口近くにまでやってくると、大きなガラス自動ドアの前で腰のところにハンドワイパー差したツナギ姿の人間が、スプレーボトルの洗剤をガラス面に吹き付けている姿が目に入った。
ズングリとしたツナギ姿だって、スタイルのよさは後ろからでもはっきり分かる。
帽子のフチから垂れる、束ねた長い黒髪を揺らしてガラス窓の拭き掃除をしているのはまちがいなく長瀬ゆかりである。
草壁にしてみたら、ちょうどいいタイミングに出会えたわけだ。
屋内に入ったらいつまでも寒そうにマフラーたらしているわけにもいかない。そのうちマフラー見せることなくクリスマスも終わっちゃうかもしれない。
さっそく彼女の反応を確かめるべく、ニヤニヤしながら、ゆかりの背中に近づいていった。
草壁、わざと立ち止まって、ゆかりにマフラーをアピールするように、心持ちアゴを上げ気味にしてご挨拶。
さあ、このマフラーを見て、どんな反応を見せる?
「お仕事ごくろうさまです」
ゆかりのほうも自分が向き合っているガラス面に背後から迫ってくる人影が映っていたので、彼の接近は気づいていた。
草壁の声と同時にクルッと彼のほうへ振り返った。
「あっ、こんにち……」
振り向きながら、そこまで声を出しているところまでは、ニコやかだったゆかり。
しかし、そこに立っていた草壁の姿を確認すると同時に、表情がすぐに変った。
突然。
「あああっーっ!!」
大きく目をむいて、叫ぶじゃないか。なんだ?このまえ岩城がパーティー用の伊万里の大皿割ったときみたいな顔をしてるけど?
「どうして今頃になってそんなもの買うんですかぁ?!」
まるで買っちゃいけないみたいなことを大きな声で言うゆかり。
どういうこと?と、草壁のほうはまったく意外な反応に驚くばかりだった。
「い、いきなり何なんですか?……別に買ったわけじゃないですよ」
「じゃあ、どうしたんですか?」
なんだ?夫の風俗通いの証拠でも見つけた奥さんみたいに詰問してくるゆかりに、わけがわからないまま草壁が一頻り事情を説明した。
すると、ゆかりがなぜかふてくされている。
あっそうですか?ソープ行ったのも仕事のお付き合いで仕方なくってことですか。あっそうですか。って様子だ。
「へえ、もらい物ですか?カシミヤですか?高級品ですか?暖かいんですか?お気に入りなんですか?……よかったじゃないですか!」
「人のマフラー見て唐突に機嫌悪くならないでくださいよ!!」
まったく見当つかないところでヘソを曲げているゆかりに草壁も混乱するしかなかった。
やがて、
「私は忙しいんで……」
そういうと、窓拭き道具を抱えて、ゆかりはどこかへと足早に去って行った。
なんなんだ?あの人は?
まだ窓拭き途中じゃないのか?
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