第182話 サンタとマフラー ②

 ちょうどその頃、草壁圭介のもとへ実家の母からとあるもの届いた。



 宅急便の伝票を貼り付けて届けられた包みは、地元のデパートの紙袋だったが中を開けると出てきたのは黒い紙の箱。


 光沢を消した表面の加工の手触りがなぜかツルンとしている。開口部が若干湾曲しているので全体はラグビーボールの両端を切って平たくしたみたいな箱。デザインがちょっと凝っている。


 箱に書いているブランド名は草壁にはよくわからないが、多分そこそこお高そうなイメージだ。



 で、その箱に何が入っているのだろうか?と思って取り出してみると――。



 真っ白なマフラーだった。




 さっそく草壁が実家に電話を入れてみた。



「マフラー届いたよ。ありがとう。けどこれいいものじゃないの?」


「ああ、それ?福引の景品で当てたんだけど、メンズって言うし、それに見たらホントウに真っ白でしょ?私やお父さんが着けるとちょっと派手みたいだから、あんたのほうが似合うと思って」


「あ、そう……」



 その後、ちゃんとご飯たべてるの?お金あるの?といかにも母親らしい話が受話器越しに実家の母と続いた草壁。


 若干、この時期に触れられたくない話題があるものだから、さっさと電話を切ろうと思ってなんとかきっかけがないか探していると、その前に向こうからそれを聞いてきた。



「ところで、あんた正月休みはいつ帰ってくるの?」



 来た……。この話題だけは避けて通りたかったのである。



「あっ、それだけどね!――」


 草壁はなんとか笑い飛ばして一気にこの話題を終わらせようと必死。受話器を握りながら、作っても意味のない笑顔を作っていた。



「――実は、こっちのバイトが忙しいから今年は無理だと思う!」


 いやあ、まいったまいった。もうバイトの後輩っていうのが、全然仕事覚えなくて、それで向こうの女将からは書き入れ時には、休まないでくれって言われちゃってるもんだから。僕も、そう言われたら断り切れなくて!



「いい加減にしなさいよ!あんた夏も2泊しただけで帰ったじゃないの!一体どういうつもりなの?……ひょっとしてそっちにいい人でもいるの?」



 うっ!さすが母。妙なところでカンがいい。なんなら一緒に連れてきなさい……って違う、違う。っていうかデートにもマトモに誘えてません。まあ、そんなことはどうでもいい。さっさとこの電話終わらせちゃえ!



「ま、まあ勉強も忙しいし、バイトもそんなのだから。マフラーありがとう!また電話するから、おやすみ!」



 最後は、一方的に受話器を切った草壁だった。





 かくして、純白の高級カシミヤマフラーを手にした草壁。



 ちゅうどいい具合にマフラーを持っていないところに、こうして高級品が自分のものとなったので、さっそく部屋の鏡の前でちょっと巻いて見て、自分とにらめっこをしてみる。


 似合ってるかどうかはよくわからないが、いいものだ。


 別におしゃれに特別興味があるわけじゃないが、新しい衣料品を手に入れるというのは、気持ちがいいもんだった。



 ただ、巻いてみてちょっと気にならないわけでもない。


 やはり少し派手かな?と思った。



 確かに実家の親が自分たちが巻くのに躊躇する気もわかる。


 あまりに真っ白すぎるのだ。


 もうすこし、クリーム色がかっているとか、アクセントにラインでも入っているならいいが、端から端まで白一色。


 それも雪のように白い、といようりも、晴天の雪原のように、眩しいぐらいの白。


 生地は、のっぺりとした100パーセントカシミヤ地。


 コーディネートに気をつけないと、このマフラーのせいでキザに見えなくもないような気がする。




 けど、手に触れてみるとさすがに、高級品というのはよくわかった。


 生地自体は決して分厚くなくて、むしろ薄いぐらい。しかも軽い。けど首に巻いてみるとわかる、ずっしりとした暖かさ。


 防寒具としての機能も一流だと思われる。





 その晩、買い物を済ませて双葉荘の寮に帰ってきたゆかりは、買ってきたマフラーをちゃぶ台の上に置いて一人で悩んでいた。



 これ、どうしよう?




 まず渡す理由がはっきり言って見つからない。


 クリスマスプレゼント?


 それは恋人同士なら問題ないだろう。けど、わたしたちただの友達のはず。友達同士でプレゼント交換しちゃいけないわけじゃないけど、じゃあ、他の友達にプレゼント渡したりしているのか?と言われるとそんなことはしていない。



 しばらく贈答用に綺麗にラッピングされた包みを見ていたゆかり。



「こういうラッピングがあると、ちょっとやりすぎかも?」



 そう考えるとラッピングは余計だった気がする。これはがしちゃおうかしら?と考えてみたりするゆかり



「けど、ラッピングはがしたからと言って渡しやすくなるわけでもなし」



 マフラーの包みを前にゆかりの煩悶は続く。



「そうだ!双葉荘ではお世話になっているから、クリスマスプレゼントじゃなくてお歳暮という名目で!じゃあ、紅白の熨斗袋を着けて見たらいいんじゃないかしら?」



 って、どこの世界にお歳暮にマフラー送る人がいる?っていうか、余計不自然。




 って調子で色々と考えるが、さり気なく相手に手渡す名目も方法もわからない。


 やっぱりこんなもの調子に乗って買わないほうがよかったかもとつくづく思った。


 けど、12月に入ってから実は何かというとこのことばっかり考えてたものだから、もう買わないと収まりがつかない自分にも気づいていた。



 そして、買って後悔である。



 彼がマフラーを持っていないことは事前にリサーチ済み。


 それを踏まえての買い物だった。



「プレゼントって言うと重いから、ついでに渡すみたいな格好がつかないかな?……あっそうだ、むき出しのヤツを手渡すっていうのはどうかな?『草壁さんマフラーもなしじゃ冬は寒そうだから、これ使わないマフラーだけどあげます』とか言って」



 いや、待て、子供服のお下がりじゃないんだから、そんな渡し方は却って失礼か?それに私の使い古い渡すみたいに思われかねない。



「けど、そのほうが向こうに喜ばれたりして」



 私、何考えてひとりでニヤついてるんだろう?我ながらちょっと気持ち悪い人だった……。




 結局、いい案も浮かばないまま、マフラーの包みはちゃぶ台の上に置かれたまま夜は更けた。


 クリスマスまであと数日というある日のことであった。

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