第181話 サンタとマフラー ①

 ついにジングルベルのカネの音がやたら響きまくる時期の到来。お正月と並んで、何の予定もない人までがソワソワしだすクリスマスが目前に迫ってきた。


 考えてみたら、主人公の草壁圭介と長瀬ゆかりがひまわりが丘の住人となって8ヶ月経とうとしていた。


 ただし、現在片っ方は主にそこからちょっと離れたところにあるオンボロ寮に生活しているわけだが。





 その日、クリスマスを目前に控えたそんな時期に、長瀬ゆかりはとあるショッピングモールの中を一人でウロウロしていた。


 ここに来るにあたって、しばらく考えた。


 百貨店に行こうか?とも。


 で、結局、お値打ちショップの多いこちらへと足を運ぶことになった。


 場所としては、ひまわりが丘近くである。




 目的はあるものの、のんびりと賑やかな場所を眺め歩くというのも久しぶりなものだから、一人であちこちとウインドーショッピング。



 中央出入り口をくぐったすぐの大ホールで、浴槽ほどもある植木鉢の中に立っているでっかりクリスマスツリーのお出迎えを受けて、左右のテナントをキョロキョロすると、どの店のウインドウもスノースプレーや、金銀のモールで飾りが施されている。


 もうクリスマス祝わないと罰でもくらうかのように、これでもかってぐらいクリスマス。




 普段は生クリームたっぷりのロールケーキが名物だと謳っている洋菓子屋の前まで来ると、バニラとバターのあのネットリとした甘香ばしい匂いが漂ってきた。


 このお店はシュークリームも人気のようで、このモール内を歩いていると、手にシュークリーム用の細長い折包みを持った人とよくすれ違う。ウナギ屋商法みたいなものである、こうしていいにおいで客を呼び寄せているに違いない。



 その店のガラス窓一面に張り出されているでっかいポスターを見上げてみると、クリスマスケーキの宣伝だ。


 このお店ではまだご予約承り中だとか。



 大粒のトチオトメが押し競饅頭してるみたいに、表面ギュウギュウに敷き詰めたケーキの画像に引き寄せられて近寄ると、白いクリームのぽってりとした肌理がとてもおいしそう。


 こういうケーキでは、サンタさんはかわいそうだが、隅っこに追いやられてしまっちゃっている。


 おもわずその場で一つ買っちゃおうかと思う。


 けど、どのみち、イブもクリスマス当日もお仕事。



(一人で食べても仕方ないし。別にクリスマスだからケーキ食べなきゃいけないわけじゃないし。いらないもん)




 あんまりこんな場所でジッとしているのは危険。


 ついつい買うつもりもないものに手を出しそうだ。お腹の虫が騒ぎ出す前に、そんな物騒な店の前からは離れることにした。




 実はゆかり、こんなところにやってきたのはいいが迷っていた。


 どこで買い物をしようか?をである。





 とりあえず2階にも行ってみよう。そっちにもお店はあったはず。



 床に引きずりそうなほどの大きな荷物を下げた、イヤーマフやマフラーをした厚着の買い物客たちに混じって、小さなバックを両手に抱えたゆかりもエスカレーターのステップの上へと足をのせた。



 中に着込んでいるものが違うのか、それともコートの材質のせいなのか、首元をファーが被う青い深海色したゆかりのウールコートだってちゃんと冬本番仕様なはずなのに、他の人たちに比べて彼女だけがやけに、スリムに見える。


 ひょっとしたら、この時期に着るには少し丈の短すぎるスカートから覗く黒いタイツのシルエットの細さのせいかもしれない。



(何がいいだろうなあ?……)




 天井から下がる、煤がっかたような緑色をしたヒイラギの葉で編んだクリスマスリースの赤いリボンが空調の風を受けて揺れているのを見上げながら、ゆかりはずっとそればっかり思っていた。




 二階フロアに降り立つと、ちょっとキョロキョロしながら案内板で売り場を確認してみる。



 再び言うが、ゆかりは悩んでいたのである。


 何を買おうか?について。


 実はクリスマスのプレゼント、なのだが、適当なものが思いつかない。


 最初、百貨店に行こうかと思ってやめたのには訳がある。値の張る高級ブランドもののプレゼントでは誤解を受ける可能性があると思った。あくまで普段お世話になっているお礼として。だから、何を買うかだけでなくプレゼントの値段にも気を使わなければならなかった。




 アクセサリーって言っても指輪とか好んで着けるタイプじゃないし。衣料品かな?



 紳士衣料のショップは……、あっ、あっちに何軒かある見たいだと思ってそっちに向かおうとした瞬間。



「何かお探しですか?」



 そんな声に振り向くと、親友の辻倉あやが立っていた。


 開け放したダブルボタンの薄桃色のコートの下に、胡桃色の濃淡ボーダーをしたカットソーが覗いていた。


 フリルの飾りのある袖に掌を半分も隠すようにして立っていると、長身の彼女がとても子供っぽく見えた。事実、子供みたいな顔をして笑っている。


 片手に下げた四角い紙袋は他所のフロアのとあるショップのもの。


 取っ手のところが、赤と黒の組み紐でできているそれ、お菓子屋のやつよりはちょっと上等の作りとなっているのは、きっと客単価が食品よりそれだけ上だからだろう。



 一瞬、あやちゃん、何買ったんだろう?と思ったが、目の前のあやが、面白いもの見つけたみたいな顔でゆかりをじっと見るから、ゆかりは少し慌てるように



「ま、ちょっと……」


 と言葉を濁すと、さらにニヤニヤしながらあやが


「ちょっと、男の方へのプレゼントですか?」



「違います!」


「けど、案内図見て、あっちのメンズのフロアに行こうとしてたじゃないですか?」


 さては、こっちの様子を確認してから声をかけてきたな!と思うが、努めて動揺は隠して



「あの向こうにカバン屋さんがあるから、いいバックないか見に行こうとしてたの!」


 ちょうど、そんなショップがあって助かった。ところで……



「あやちゃんこそ、なにやってるの?」


「両親へのクリスマスプレゼント買ってたんです」


 そう言ってあやは手に提げていた紙袋をゆかりのほうへ掲げて見せた。



「へえ……そうなんだ。じゃあ、私はこれで」



 ゆかりはそっけなくそう答えると、あやに背を向けて、売り場へ向けて2,3歩足を踏み出す。ちゃんと手を振ってお別れの意思は伝えたつもり。……だったのだが。



「ん?」


 後ろを振り返ると、あやがぴったりと後ろをついてきている。


「どうしたの?あやちゃん」



 さっき会計済ませたばかりの客がすぐに戻ってきたみたいな顔しているゆかり。


 あっ、ゆかりさん、私のこと微妙に無視しようとしている。と、あやも少し勘付いたが、ただのバック見に行くのになんでその反応?と思う。



「ゆかりさんがどんなバック買うか、面白そうだから見てみたいんですけど」


「あっ、そう……ま、別に今日どうしても欲しかったわけじゃないから」


「そうなんですか?」



 あっけにとられるあやを他所に、今度は反対方向に歩き出そうとするゆかり。


 近所の顔見知りとすれ違ったあとみたいにして、すぐにあやを置いてどこかに行こうとする。



「暇だったらどっかでお茶でも飲みませんか?」


 さっきから、ゆかりが何をやりたいのかどこに行きたいのかよく分からないが、あやの目の前であっちいったりこっち行ったりする。おしっこ我慢している子供みたいだ。


 けど、あやがお茶に誘うと、普段はわりと気軽に応じてくれるはずのゆかりが、とても素っ気無く


「私、今日は忙しいから」


 と言って、その場を離れたがる。


 つまり私がいたら邪魔ってことですね。これからメンズのショップで誰かさんに何かを買うのを見られたくないってことですか?



「じゃあ、私もこれで帰ります」


 仕方ないので、あやがゆかりに手を振ってさっさと下りエレベーターに乗った。下って数秒たってからだろうか、クリスマス大売出しの大きな横断幕のかかった、二階フロアの手すりから身を乗り出すようにしてゆかりがあやに手を振っていた。



「また、こんど電話するねー!」



 あやがどっか行くとなったらとたんに笑顔になって手を振っているゆかりに同じように手を振り返すあや。だが、こっちの顔に笑顔はなかった。


(まったく、なんなんだろう、あの人は……)





 その日、悩んだ挙句ゆかりが買ったのは、ベージュ地に黒いラインの入ったチェック柄のマフラーだった。


 見た目も、お値段もごくありふれたもの。


 ウール素材のそれのお値段は5000円也。


 一応ラッピングも施してもらってのご購入ということで、帰りはさっきのあやみたいに、そのショップの紙袋を一つさげて、ショッピングモールを後にしたゆかりだった。

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