第180話 ズルイ女 ⑥
前半戦のカオスに比べて、若女将登場以後の後半戦は結構盛り上がり、「パーティー」の名にふさわしい賑やかななものとなった。
狭苦しいワンルームが、最終的にちょっとしたカラオケボックスの中みたいになって宴も終わり……。
「草壁さん、今日は鍋楽しかったです。またみんなでやりましょうよ」
後半は大人しかった3人組。あんまり遅いと実家の親が心配するというので、少し早めに帰っていったが皆楽しそうだったのはなによりだ。
「じゃあ、私も明日の仕事に差し支えるから、これでお暇するわ!じゃあ、あやちゃん、来週の3時にうちの事務室来てくれる?お仕事のお話詰めましょうね」
若女将もそのすぐあとに部屋を出て行った。
「私も明日の厨房。朝食の準備から入るから、これぐらいでお暇します。今日はどうもありがとうございました」
ツルイチさんもそう言って、丁寧にアタマを下げて出てゆく。
「じゃあ、後片付けも出来る分やっちゃいましたけど、残ってる分はこれ、そのままでいいんですか?……そうですか。じゃあ僕もこれで帰りますけど、大丈夫ですか?」
草壁がそう言いながら、ゆかりの部屋を出て行った。
そうして、残った一人であるが――。
「あ、もしもし、長瀬です。どうもこんばんわ。……あの、あやちゃんですけど、今日うちの部屋に泊まってゆきますから、ちょっとあやちゃん――」
携帯片手のゆかりがあやの自宅にそんな電話を入れているすぐ横では、すっかり出来上がった様子で上機嫌のあやが顔を真っ赤にしながら、ゆかりの肩にアタマを乗っけていた。
「おかあさん、ごめんなさい!ちょ、ちょっとよっぱらっちゃいましたー」
部屋の外にまで響きそうな大声だ。
ゆかりの携帯越しに娘の酔態を知ったあやの母親は、まあ、どうしちゃったの!ゆかりちゃんごめんなさいね、ご迷惑かけて、としきりに謝っていた。
すっかり酔いつぶれた様子のあや。
それはいいのだが、潰れたというわりには、なかなかダウンというところまでは行かなかった。
ゆかりの部屋にお泊りということが決まったとたん。
「そうと決まれば、飲みなおし」
と言って、新たなカクテル缶に手を伸ばす。
「もうやめときなさいよ」
心配するゆかりを他所に、手酌でグイグイとやりだした。
草壁の押さえが良く効いたからかどうかは分からないが、後半戦には3人組が大人しかったせいもあって、若女将持参の具材も結構いいところが残っていたりした。
「けど、この白子なんか、ナマモノだからさっさと片付けないとまずいでしょ?捨てるのももったいないし」
そんなふうな感じで女子二人の二次会の開始である。
そうなったら、ゆかりだって決して遠慮しないのはいつものこと。
時刻にしたら結構遅い時間だ。泊まりじゃなければそろそろ終電の心配もしなければいけないような深夜。
シメとして投入されたラーメンを二人で啜っている時だった。
急にあやがキツイ目をしてゆかりを睨んだ。
「だいたい、ゆかりさんはズルイですよ!」
いきなりそういわれて、焦ったゆかり。思わず啜っていたラーメンを吹きそうになった。
「い、いきなりなに言い出すのよ!」
このとき、あやは酔っ払っているせいでよく気づいていないみたいだったが、明らかに動揺したような顔で慌てふためいていた。
「口では友達です。なんて言って、相手を束縛したがる」
親友とは言っても2歳年下のあやである。普段は、ゆかりに対しては丁寧だったが、今日は完全に説教でもするみたいになっている。
あやちゃんのこんな怖い顔、あんまり見たことない。とゆかりは思った。
と、同時に、あやが何に腹を立てているかもようやく察しがついた。
見ているとお酒片手にやおら立ち上がるあや。どこに行くのかと思ったら部屋の隅に置いてあったゴミ箱に手を入れて、あるものを取り出した。
そして、それをゴロンと、ちゃぶ台の上に投げるように転がした。
そう、例のあのキズもの大根だ。
「これ、何ですか?――」
そう言って再び怖い顔でゆかりを睨む。
「――嫌味ったらしく、こんなもの買ってきて……結局、私まで悪いみたいになっちゃってるじゃないですか?」
酒の勢いのせいかわからないが、キズ大根に関して完全に攻守が逆転となった。
ゆかりもそんなにストレートに言われたら、悪いとは思う。すっかり大人しくならざるを得ない。
(この子、飲むと絡むのかしら?)
仕方ないので、大人しくお酒のお付き合いをしているしかなかった。
すると、急に様子の変るあや。酔っ払いの調子がアップダウン激しいのはよくあることで、こんどはすっかりご陽気な笑顔になると
「私思うんですけど!」
と言いながら、ゆかりのほうへ笑顔で擦り寄ってくる。
「なに?」
「婿養子取るとか家業継ぐとか、そういうのはこのさい置いといて、一度、草壁さんと寝てみたらどうです?」
今度はホントウに飲んでいたお酒を噴出すゆかりだった。
何を言い出すの?この子は?
ゆかりの反応なんかそっちのけで、言いたいことをいい続けるあや。
「仮に別の人と結婚するとしても、ゆかりさん経済力あるんだから、草壁さんを手近なところで、こっそり飼うぐらいのことはできるんじゃないですか?」
「あなたが言うようなセリフじゃないでしょ!それ」
「それで通い妻としてやってゆく、ってのもアリだと思います!」
「やかましいわよっ!!」
やがて、ゆかりもそんなあやのペースに引き込まれていくうちに、酔いが回ってきたのだろう。少し寝てしまったようだった。
そして、気がつけば時計は3時を回っている。
明かりもつけっぱなしの部屋の中には、ちゃぶ台の上のお鍋から小さな湯気がまだ立ち昇っていた。まだ一人分ぐらいは残っていたラーメンはすっかり伸びているみたいだ。
布団も引かずに寝ちゃってたんだ……あやちゃんも。
ゆかりは、伸ばした自分の足を枕にしてすっかり眠りこけているあやの額をそっと撫でた。
「ずるい女か……そうかもね」
そして、一人ポツリと呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
後日、双葉荘の事務室で仕事のシフトの打ち合わせに訪れたあや。
「学校もあるだろうし、クリスマスは彼との予定もあるだろうから」というまったく余計なお世話を焼かれた結果、クリスマス明けからの出勤ということにバイトが決まった。
もちろん、仕事は和服を着ての旅客の接客。つまり仲居である。
ただ、そこまで話が決まったとき、あやはあることに気がついた。
(そういえば、あのお鍋パーティーの時の若女将。まるであらかじめゆかりさんの部屋でお鍋すること知ってるみたいに手回しがよかったなあ……)
ちょうどその頃、トイレの床をデッキブラシでこすっていたゆかりはこう思っていた
(一応、計画通りだったけど、最後で読みが外れちゃった。ひょっとしたら掃除要員に引っ張り込めると思ったけど、仲居じゃあ、私のトイレ掃除の負担は減らないわ)
第37話 おわり
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