第179話 ズルイ女 ⑤

 当初の予定では、あと1時間やそこらはゆっくり食べれるはずだった鍋が10分ほどで、ただのモヤシ鍋に変った。



「あっと言う間になくなった」


「腹減った……」


 とくに、今こうしてモヤシばかり掻きこんでいる岩城と渡辺の二人は相当にたちが悪い。いや、前に肉を大量に食べると吐くとぬかしてた福田も見てると、わりと平気な顔で肉ばっかり食べていた。


「おまえ、そんなに肉たべていいのか?もう肉団子20個ぐらい食ってるぞ」


「このお鍋のおだし、おいしいからグイグイ食が進みます。とてもおいしいです」


 人の良さそうな笑顔でそう言うのだった。オマエの虚弱体質って随分都合がいいな?




「腹減った……」


 ドンブリをトリ皿代わりに持参してきたこのブタ野郎の渡辺。見ていたら、すごい勢いで鍋の中のものをドンブリに乗せれるだけ乗せたあと、それを卵賭けご飯みたいにして啜るのだ。


 こんなもの2、3回もやられたら大きな鍋って言っても、すぐに中のものがなくなるのは当たり前だ。



 そして、岩城と二人で鍋のものを食い尽くしたあと、モヤシとしなびたカイワレが泳いでいるだけの鍋を恨めしそうに見て、いつものセリフを言っている。



「欲しけりゃ、もっとましな食材買って来い!おまえら、最初からたかるつもりだっただろ!」


 もうこいつらと鍋ものをつつく気もうせた草壁、ちゃぶ台を離れて壁にもたれて、突っ込むことしかできなかった。



 すると、渡辺が自分のカバンの中をゴソゴソとあさりだした。


「仕方ない、今日の夜食にとっとこうと思ってたけど……」


 そう言って、自分の例ブタエプロンを取り出した。ん?と思った草壁が、思わず渡辺に近寄った。



 渡辺のほうは、そのエプロンのポケットに手を突っ込んで、中から赤鉛筆の束みたいなものを取り出した。よく見たら、夕食に出たカニの足だ!こいつまさか……。


「とっておいたカニだけど……」



 間一髪で、草壁が渡辺を背後から羽交い絞めにすることに成功。



「バカヤロー!オマエ、何を鍋に放り込むつもりだ!やめろ!」


「ちゃんこ鍋なんて、何入れてもおいしくなりますよ?」



「オマエがやろうとしてるのは、たちの悪い闇鍋だ!!」


 あのポケットに入ってたものなんか、普通の人間が食えるか!





 結局、あっという間に鍋パーティが台無しになってしまった。


 考えてみたら3人分の食材しか用意していないところに、4人が加わったのだ。普通に考えても食材が足りないのは明白だった。ましてや、あのデブが一人いるだけで、3人分ぐらいは平気で食うのだから。



 部屋の中央では、いつまでたっても未練たらしく3人組がちゃぶ台を囲んでモヤシしかない鍋をつついている。肝心のゆかりと草壁とあやの3人はバカらしくなって、ちゃぶ台から離れて壁にもたれて座っていた。台所前で正座して座り込んでいるツルイチは鍋よりも酒、みたいな人らしい。ずっとニコニコしながら、持参の一升瓶の酒をチビチビと呑んでいた。



 するとだ。


「キャー!」



 本日2度目となるゆかりの絶叫が部屋に響き渡った。


 またもや窓の外に何者かを見つけたようだ。




 見ると、暗闇の屋外には、部屋の明かりにぼんやり照らされた生首がニヤッと笑っていた。



「みんなで楽しそうじゃない。私も混ぜて欲しいわ」



 生首が喋ったと思ったら、それは旅館の若女将、芳江だった。




 相手の正体を確認して安心したゆかりが、芳江と話をするために窓をあけた。


「そう言われても今は、ふやけた、もやし1本で、壮絶な奪い合いが起こっている状況で……」


 と言ったあと、彼女は「わあっ!!」と今度は歓声のような声をあげたのだった。


 部屋の一同が一瞬、何があったのかと驚くぐらいに。





「これなら文句ないでしょ?」



 すぐに部屋に呼び入れられた芳江。両手には相撲の優勝祝賀会の杯みたいな皿一杯にてんこ盛りの食材を抱えての登場であった。



「クエのアラ、鍋コースの余りモノだけどいいところを持ってきたのよ。タラの白子なんてのもあるわよ。それとこっちはこの時期に、特別コースで出してる牡丹鍋のお肉、切り落としだけど、文句ある?これだけのシシ肉そこらじゃちょっと食べれないわよ。お豆腐だってね、禅寺の御典座さんお手製のすごいものよ。お客さんのキャンセルが入ったから食べれるような特別製だからね。いらないんだったらいいけど……」



 壊滅寸前の鍋パーティーに、突然、伝説の戦士が合流した。


 勇者一行は再び立ち上がり魔物の群れへと力強く歩みだしたのだった!




 もう、あの失敗は許されない。



「渡辺も岩城もそのでっかいトリザラは却下だ!それから、勝手に鍋に近づくな!もうお玉はお前らには渡さない!」



 勇者(草壁)は再び立ち上がり、宝剣を装備すると、神殿(ちゃぶ台)を取り囲んでいた魔物たちを追い払った。そして魔物たちのせいで神殿に近づくことの出来なかった神官は、聖なる杖(菜ばし)と聖杯(新しい具材の入った皿)とともに祭壇(アルミ鍋)で封魔の儀式(鍋に具材投入&お鍋に蓋する)を執り行うことと相成った。かくして、王国に再び平和が訪れた。




「いいか!適当に小皿にとったら、さっさと場所あけろよ!」


 以後、ずっと鍋の前に張り付くこととなった草壁とゆかりであった。




 さっきまでは、壁にはりついていたのが草壁、あや、ゆかりだったのが、今度は3人組が壁際に追い詰められたわけだ。が、とりあえず適当に皿に具材を乗っけてやると、黙って舌鼓を打っているのだった。


 なにしろ前半戦に用意してあった余裕で3人は食べれる鍋をこいつらがほとんどやっつけたのだ、それなりにこいつらも満腹しているようである。



 基本的に食うことは食うが酒は飲まないらしい渡辺と岩城。もちろん福田は下戸だ。




 一方、魔物から王都奪還なったチーム勇者のほうはどちらかというとお酒は呑む。


 ただ、あやがどれだけ飲むのか?


 草壁はあまり知らない。というのもスナックで働いているところは見ているが、深酒しているところは見たことなかったせいであるが。今こうしてみていると……。



「辻倉さん、どう?一杯。私にお酌させて」


 なんて若女将から酒を注がれたら、


「アハハハ!私、あんまり飲めないからすすめないでくださいよ」


 と言いつつ、結構飲んだ。




 さすが若女将、客商売はよく心得ている。きっと旅館の宴会に挨拶に顔を出したりすることはしょっちゅうだろうし、そういうところで、酔客の相手というのも数こなしている様子だ。



「じゃあ、私も今日は少し飲んじゃおうかな?あやちゃん注いでくれる?……あ、ありがとう、じゃあ、お近づきのシルシに二人でカンパーイ」


 なんていいながら、自分も飲みつつ、相手にもしっかり飲ませるところはさすが。


 よくよく考えてみたら、彼女、草壁が合流する前にゆかりとちょいと一杯ひっかけていた。それなりにご機嫌だったのだろう。見ているとちょっとハイペースに杯が進んでいるみたいだ。



 けど、なぜ若女将はずっとあやの横に張り付いているんだろうか?


 まあ、二人とも楽しそうだから別にいいか。



 


 結局その日、あやがどれだけ飲んだかはよくわからない。


 ツルイチのギターに乗せて草壁が「勝手にシンドバット」を熱唱したあと、すかさず、若女将とともに「待つわ」を上機嫌にデュエットしていたところを見ると、酒量はともかく相当酔っている様子はわかった。




 3人組は壁にもたれて、大人しく鍋を食い、ときに歌に合わせて手拍子いれる。


 ゆかりはずっと鍋にはりついて鍋奉行だ。


 草壁もオタマ片手に、鍋奉行、というか鍋警察。


 ツルイチは黙って飲んでるか、ときどきギターを演奏するか。



 そんな中で一番のんびりと鍋を楽しんでいたのがあやと芳江の二人だったかもしれない。


 息もぴったりに懐メロのデュエットを終えた二人が、狭い寮の片隅に並んで座ると、お酒と熱唱のためにほんのり頬を染めた芳江があやの手をとって目を輝かせていた


「あやちゃん、いい子ねー。私、すっかり気に入っちゃった!決めた!やっぱり、あやちゃん、うちにおいでなさい!冬休みの間だけでいいから。ね、そうしなさい!」



 突然のことにびっくりするあやだったが、酔っているせいか、反応が普段とは微妙に違った。


「でも、ここで働くと、ゆかりさんみたいな目にあうんでしょ?」



 ゆかりから、ここでの苦労はさんざん聞かされているので、その二の舞は嫌らしい。しかし、逆に言うとそこまでキツくなければやってもいいという言うニュアンスのはっきり読み取れる言葉だった。



「あやちゃんをあんなふうには絶対しないから!」


 芳江がアゴでゆかりを差してそんなことを言う。



「どういう意味ですか!」


 菜ばし持って鍋をひっかきまわしているゆかりが思わず叫んだ。




 結局、あやは冬休みの間ぐらいならという条件付でここ双葉荘でのバイトを承諾したのだった。


 ゆかりの言葉ではないが「押しには弱い」のかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る