第178話 ズルイ女 ④

 さすがに酒飲みながらじっくりとっただけあって、鶏がらベースのスープはスッキリとしているがコクがあって絶品。適度に火が通ったところで片っ端に引き上げて、フウフウ言いながら食べる鍋のウマイこと。


「シメにはラーメン用意してるから、鍋は腹八分目にしとかないと」


「けど、スープが絶品ですよ。これだけ呑めちゃう」


「ストックはまだあるけど、そればっか呑まないでくださいね」




 素朴なアルミの丸なべのせいか、見た目も本物の相撲部屋のチャンコっぽくなっている。



 出会いの時もそうだったが、突然一同に合流してきたツルイチさん、基本的には口数少なくニコニコしているだけなので、邪魔にはならなかった。不思議とこういうところで、違和感を感じさせない雰囲気を持っている。別に上品とかそういうわけじゃないのだが。



 それでときどき、自分の買ってきた一升瓶を持って。


「さあ、あやさんもお近づきにどうぞ一杯……おっ、コップ酒でいきますか?こっちもいける口なんですね?じゃあ、ゆかりさんも……なに遠慮してるんです。いつも受けるくせに。……いやあ、このチャンコお世辞抜きになかなかイケますよ。売り物にもなりそうなぐらいだ」


 場の雰囲気を壊さない程度に動くのだった。普段気配り上手とは感じさせることのないただのオッサンだが、ギャンブルを生業にしているぐらいだから、それなりに空気を読むということも心得ているのかもしれない。




 というわけで、草壁もそんな様子を見ながら


(よかった、ゆかりさんの皮肉もツルイチさんの登場でなんかうやむやになったみたいで……)


 ちょっと胸をなでおろしていたりしていたときである。




 持参のギターを抱えてツルイチが立ち上がった。



「さっそくいつものように一曲、いっときますか?」


 ゆかりを見てニッコリと笑った。


 もちろん自室での飲み会なら、だいたいこのパターンだ。しかも、面子はゆかりにとっては顔見知りばかり。


「えっ?こんなところでですか?」


 ツルイチからそう振られたゆかりも、そんな感じで一応遠慮するような顔をするが。



「きゃー!ゆかりさん歌って、歌って!」


「待ってました!歌姫!」


 あやと草壁がちょっとはやし立てたら、ゆかりは空き缶片手に立ち上がった。




 何を歌うんだろう?


 いつもなら、草壁に曲目を告げて、「紹介お願いできます?」とか聞いてくることがよくあるのだが、今回はツルイチとヒソヒソと歌う曲の打ち合わせをしているだけである。



”……ってできますか?”


”ああ、知ってる曲だから、なんとか”



 一体、何を歌うのだろう?


 草壁はいつもと少し違う進行に不思議そうな顔をして、そしてあやはこんな状況で初めて聞くゆかりの歌を純粋に楽しみにして、ゆかりの歌を待った。




 そこで、お嬢様が歌いだした曲を聴いて、再び大根の時みたいになる草壁とあや。



 ゆかりが歌いだしたのは「悲しみがとまらない」。


 親友に彼氏をとられて悲しい、っていう、アップテンポの割にはとてもウジウジとした失恋のグチをこぼす女の子の歌である。



 まだ、そこにこだわるか?


 ホントウに一度ヘソを曲げるとしつこい。そのくせ、こっちがデート一つ誘おうったてオーケーしてくれないくせに。


 それと、オッサン、余計なことしてくれたな。




 再びサラダの中に青虫を見つけた人みたいな顔しているあやの横で、草壁も同じような顔で手拍子するしかない。


 そして、空き缶片手に失恋の歌を歌うゆかりとその隣で何も知らないでギターをかき鳴らすツルイチの二人だけが上機嫌であった。




 そんなゆかりの嫌味オンステージが終わろうとしかかっていた時である。


 わざと笑顔で暗い失恋の歌を歌いあげたゆかりが軽く一礼したあと、目をあげたと思ったら、いきなり


「キャーっ!」


 って窓の外を見て凄い声を上げて叫んだ。




 草壁とあやも、その声に窓のほうを見てみる。あやもゆかりと同じように叫んだ。草壁も心臓がヒヤッとなった。



 窓の外に不気味な生首が3つ並んでこっちをじっと見ている。


 農家の人がチカラを入れる方向性を完全に間違えたせいで、カラスにとってより人間にとって怖いものとなったリアルカカシみたいなヤツが3つ窓の外にいる!



 すぐにあの3人組だと分かったが、暗がりの中で恨めしそうにこっちを黙って睨んでいる姿は不気味の一言だ。



「おまえら、そこで何やってるんだよ!」


 さっそく草壁が部屋の窓を開けて外の3人に声をかけたら、奴ら、鍋の匂いに引き寄せられたとのこと。渡辺がしきりに「うまそう……」って言っていた。



「うまそうって、おまえらタダメシ食らうつもりか?」


「僕らもちゃんと具材買って来ました!だから、混ぜてください!」



 岩城の手にはちゃんとなにが入っているかわからないが確かにパンパンになったスーパーの買い物袋があった。こいつら最初からこのパーティーに合流するつもりで、先回りして買い物してやがる。仕事の段取り悪いクセにこういう時だけはすばしこいじゃないか!



「どうします?」


 窓際の草壁がゆかりに聞くと


「食材買ってきてるって言うし、今ここで追い返すのもかわいそうじゃないですか?」


 というので、洗い場のダメ3人組も、鍋パーティーに合流ということになった。


 最初、3人で地味にお鍋楽しもうというつもりが、いつのまにか7人の大所帯に変っていた。スープストック足りるか?





 ところが、である。


「おい、おまえらいい加減にしろよ!」


 お許しが出たとなったらさっそくゆかりの部屋に上がりこんできた3人組が、ろくすっぽ挨拶も抜きに勝手に鍋にがっつきだした。


 ……のはいい、としてだ!



「なんだよ、おまえらの買ってきた食材って、モヤシとカイワレじゃないか!やっすいモンばっかり大量に買ってきやがって!」



 彼奴らの持参した買い物袋片手に草壁が怒っているときには、もうゆかりやあや、ツルイチを小さなちゃぶ台の周りから追い出すようにして、3人組がいっせいに鍋のものにがっついていた。


「しかも、とりざらまで持参してきやがって!これ旅館のだろ!おまえら、こういうことだけ手回しいいな!」

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