第176話 ズルイ女 ②

 ちょうど駅を降りたところすぐのところにスーパーがあるので、双葉荘に向かう前にそこで食材の買出しをすることにした草壁とあや。



”野菜、何にしようかな?”


”白菜は当確でしょ?あとニンジンといいダシが出そうなタマネギとか?”


”草壁さん、鶏のひき肉だけは忘れないでくださいね。鶏のつくね団子作るから……ってなに勝手にシラタキ買おうとしてるんですか!”


”だって僕はシラタキ好きだから”


”肉と野菜以外の食材はゆかりさんの担当だから、それ以外の人間が買っちゃいけないんです!”


”ええー!”


”不満そうな顔しないでください。そういうルールですから。それより、お惣菜何にしようかな?”


”これいいんじゃないですか?”


”草壁さん、何考えてるんですか?鍋だって言ってるのに、油っこいもの満載のオードブルプレートなんか必要ないでしょ?”


”じゃあ、これ?”


”こんどは地味すぎ!ほうれん草のおひたしに高野豆腐?草壁さん、どういう趣味してるんですか?”


”わかんないですよ!そんなこと言われても”


”そうですねえ……チーズなんていいと思いません?”


”それいいかも……や、やめてくれ!その高い輸入チーズに手を出すのは……こっちのベビーチーズでいいでしょ?”


”ケチクサイこと言わないでくださいよ!バイトで儲かってるんでしょ?”


”だって、それ、肉より全然たかいじゃないか!”




 なんていいながら、二人とも結構楽しく買い物をしている。


 時間としては、一人で買いものに来ている主婦が多いのだが、こうしていると遠目には新婚カップルのように見えなくもない、和気藹々な二人。



 そんな二人が野菜売り場に足を伸ばしたところ、片隅のワゴンに「特別タイムセール」という書き出しの下で、「大特価・大根1本10円」という値段で売りだしているのが目に入った。


 めちゃくちゃ安い!


 ということでさっそくワゴン近くまでやってきたのだが、もうすっかり人だかりも消えたワゴンの中には売れ残りらしい大根が2本残っているだけだった。


 一つはそこそこ大きさもある普通サイズ。だが、もう1本は大きめのニンジン程度のちっこいヤツ。



 当然、どちらを手に取るかは明白。


「これが1本10円なら買いでしょ?」


 そう言って草壁が大きいほうを買い物籠に放り込もうとしたところ、あやからさっそくダメダしを食らった。


「それダメです。大きなキズがついてます」



 言われて良く見たら、たしかに「く」の字をした大きな傷がぱっくりと口を開けていて、その周囲が茶色く傷んでいる。


 道理で売れ残ったはずだ。



「うわっ、こっちにこんなでっかいキズ……」


「草壁さんちゃんと品物見て買ってくださいね」


 とあやにちょっと説教くらったりした草壁だった。





 二人揃って双葉荘にまでやってくると、そこでお別れ。あやは駐車場を通って直接裏庭の寮へ。草壁は正面出入り口をくぐって厨房へ。




 少し早い時間の到着となった。実は本日の草壁のシフトは洗い物オンリーである。


 ま、しかし、早めにきたからついでにお手伝いに入ってみようか、ということで厨房に顔を出して驚いた。



 宿泊客もまだ少ないシーズン前。本日は特に少ないようで、洗い場3人組もかなりのんびりと仕事をしている。


 忙しいと、とたんに殺気立つ厨房の職人さんたちも笑顔混じりだ。


 そんな白衣に和帽子をつけて厨房を行ったりきたりする職人たちの中に、一人、背の低いのが混じっているのだが、あんまり厨房では見たことないかわりに普段よく目にするような顔の人だと思って、ジッと見ると……。



「あっ!ツルイチさん!」


「ああ、草壁さん、あなたここで働いてたんですか?」



 ルームメイトのパチプロがなんでここの厨房で働いているんだ?




 後で話を聞いて知ったのだが、この人、料理人のキャリアの最初が旅館の厨房だと言っていたのだが、なんとそれがここだったらしい。


 しかし、なんでここに今いるの?



「これから忙しくなるシーズン前に一人職人が病気になったらしくて、急な補充って言ってもまるっきり素人のバイトを入れるみたいには簡単にはいかないから、それで私のところに連絡があったんですよ。ここの煮方が今でも私のパチンコ仲間なもんで……」




 へえ……。って話だ。ということはこのオッサンしばらくは堅気の仕事するのか?


「あくまで正月明けまでですがね」





 そんなちょっとしたサプライズがありながらも、皿洗いは楽勝で終了。


 先日の戦場みたいな皿洗いの経験が生きたのか、3人組もちょっとは動きがよくなった……ような気がする草壁だった。

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