第175話 ズルイ女 ①
気がつけばサンタの足音も近づきつつあるような12月の中ごろ。
街のクリスマスイルミネーションもあらかた完成して、もう本番を待つばかりとなっているようなときである。
毎日が安い仕出し弁当という夕食続きのゆかり。そんな彼女があやと電話で話しているとき、それならたまにはみんなで鍋でもつついてのんびりと夕食でも食べようということになった。
鍋?どんなのにしようか?
すき焼きなんかは関東、関西で趣味が違ったりするから、ちゃんこなんてどうです?
うん、じゃあそうしようか?で、面子はどうするの?
ゆかりさんの部屋でするんでしょ?だったら、草壁さん呼んで3人で食事会ってことにしませんか?
そうね。こっちにはあんまり人呼べないものね。
そんなふうな会話から、クリスマスを目前に控えたそんな時期、双葉荘のゆかりの部屋でちゃんこ鍋パーティを開くことになった。
どうでもいいような話だが、この話をあやが草壁にしたのが、喫茶「アネモネ」でのこと。
草壁も現金なもので、ゆかりがいないとその頃はぱったり姿を見せなくなっていたのが珍しく客としてやってきたので、ついでそこであやが持ちかけた。
この男がその手の話を拒否するわけがない。
二つ返事でオーケーを出した。
のはいいのだが……。
「そうか……3人で鍋パーティか……いいなあ。楽しそうだなあ」
と横で話を聞いていたマスターがうらやましそうに言い出したのには、草壁もあやも驚いた。
「いつもの3人でウダウダ鍋つつくだけですよ」
ただそれだけのパーティとも言えないような地味な集まりだというのに、この人なんなんだろうと思っていたらしまいにはマスターがこんなことを言うのだ。
「それでいいんだよ。僕もさ、一度女房を持ってるから一人の味気なさっていうのが身にしみてねえ……冬は人恋しいんだよ」
えっ、マスターってバツイチ?
あやも草壁もそのとき初めてその事実を知った。
と同時に二人とも思った。
こんな人、飲んだら絶対荒れるから、呼んじゃダメだと。
そんなわけで草壁、ゆかり、あやの3人のスケジュールを調整してみた結果、ゆかりが夕方で早上がりの日が近いのでそれに合わせて、双葉荘のゆかりの部屋でチャンコパーティ開催と相成った。
ちょうど具合よく草壁もバイトで双葉荘に行くし、あやも夕方には空いていたのだった。
それなら、草壁のバイト終わりを待ってお鍋つつきましょう、という段取りだ。
当日は辻倉あやと草壁圭介がひまわりが丘から連れ立って電車に乗り込んだ。
最寄の駅を降りたらスーパーで買い物を済ませて、双葉荘のゆかりの寮の部屋へ。
で、あやとゆかりが鍋の準備をする間、草壁はバイトの皿洗いを済ませて、バイト終了後、その部屋でチャンコ!
だいたいそんな行動予定である。
ちなみゆかりもその間に食材の買出しに出かけるのだが、こっちは自家用車持ちということで、重くてかさばるお酒と飲み物担当。
気軽なお鍋。しかし3人がてんで勝手に買出しをしたら、食材が被ったり、肝心なものが足りなかったりするので、買出し品目のリストアップは慎重に。
まずは、お野菜。
「これは、私の受け持ちです。まあ定番のニンジンとか大根とか水菜におネギ。ま、そんなところかなあ?」
草壁といっしょに並んで電車のつり革を握りながらあやが言った。なるほど彼女が野菜担当ね。
「フンフン」
それから、お酒はゆかりさんがクルマで運ぶらしいけど
「ほかにもキノコとかお豆腐とかそんなのも買うそうです」
「あっそう……それにしてもリストアップって言っても、結構ざっくりした分担ですよね?」
メモでも出してきて買出しの指示でも受けるのかと思ってた草壁が少し意外そうな顔をした。すると、あやの言うには
「けど、そのほうがどんなお鍋になるか互いに良く分からなくてちょっとワクワクするでしょ?変なものさえ入れなければチャンコって大体おいしいから」
「まっ、そうですね……あれっ?」
もうすぐ駅に近づきつつあるそんな時間になって、急に買い物の分担を命じられた草壁。なんか変な予感が……。
「これって、会計はどうなの?」
「いちいち、領収書とってあとで割り勘なんて面倒だから、自分の割り前は自腹。それが会費代わりです」
「ちょっと待って!肉とか魚の担当は?」
「当然、残った草壁さんです」
「不公平でしょ?あやさんが野菜で、こっちが肉と魚?」
「何言ってるんですか。お酒、ゆかりさんが出すって言うし、調理は私達がして、草壁さんただバイトが終わったら食べに参加するだけでしょ?電気コンロだって私の家のもの使うためにこうして持ってきてるんですからそれぐらい出して当たり前ですよ?だからお願いしますね」
「……」
あやの言うことが正論っぽいので反論できない。が草壁にとって不満なのは、それはいいが、どうしてそういう肝心なことをこっちに相談もなしに女子二人で勝手に決めて、ルールを押し付けるのか?ということである。
そう思って、言葉に詰まる草壁だが、不承不承ながらも頷いた。
「わかりましたよ」
「あと、鍋だけってのもなんだから、副菜になりそうなお惣菜、買ってもらえますか?私達鍋つくるのに手一杯なんで」
「……」
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