第3話 おみくじはかたむすび ③
「君、また来たの?」
「それが客に言うセリフですか!」
ここのところ、喫茶アネモネに草壁が顔を出すと、真っ先にマスターと草壁の交わす会話がこれである。
ほとんど挨拶みたいになっていた。
「どうせ、あやちゃん目当てなんだろ?」
マスターのほうは、もう半ば呆れ顔でストレートに聞いてくる。
バレバレなんだから、草壁も素直に認めればいいものを
「いえ、もちろん、マスターの淹れてくれるコーヒー目当てです」
「死んだ目しながらお世辞言わないでくれるか?」
そんなときあやがどうしているかというと
基本は”柳に風”。
そんなことを何度か繰り返しているうちに判ったことはというと……
このあやという名前のウエイトレス、本名を「辻倉あや」と言って、この商店街の隅っこに店を構えている辻倉電気店という名前の電気屋の一人娘であるということ。ときどき、この喫茶アネモネに学校終わりとか、休みの日などにお手伝いに来ている。
草壁のほうも、それほど積極的には話しかけず、来たらどちらかというとマスターとばっかり話していたので その程度のことを知るのにどれぐらいかかったか。
草壁クンはシャイなのである。
「いや、いいけどね……うちはさ、これでも客だし」
「客つかまえて『これ』はないでしょ!」
「しかし、君さ、ここでお茶飲むために、わざわざ、それと同じぐらいの電車賃払ってよく来れるよね?こっちはそれが驚きだよ」
「そうなんですよねえ……電車賃もバカにならないので、この辺でいい部屋あったらなんて思ってるんですが」
「違うだろ!考える方向性が!」
「定期券買ったほうが、お得ってことですか?」
「何でそうなるんだよ……」
「回数券なら買いましたよ」
「本当か……」
もう、言葉に詰まるしかないマスター。
「けど、そんなにお得じゃないんですよね、結局のところ。こっちに部屋を持ったほうがお得そうなんだけど……」
「君、あやちゃんの顔見るために、わざわざ大学から離れたところに部屋借りなおそうって言うのか!」
草壁がチラッと、マスターの隣で洗い物をしているあやを見るのだが、そんなとき嬉しいのかちょっと微笑んでいたりする。ただ、目を合わしてはくれないのだが。
「い、いや……今の部屋、なんかちょっとちょっと古くて……そのわりに家賃のほうは結構したりしてで気にいらないんですよね」
「あきれたヤツだな……言っとくけど、この辺だってそんなに家賃相場安くはないと思うよ」
こういうことを言っているときの草壁は本気である。
ムチャクチャなことをサラッと本気で言う。
草壁クンはシャイである。しかし、こいつ案外図太い。
と、ここでそれまで、マスターと草壁の会話なんかどこ吹く風で、仕事をしていたあやが、急にこんなことを言い出した。
「ルームシェアなんてどうですか?頭割りでお家賃払えば、いいお部屋安く借りれそう」
草壁もその言葉に笑顔で同意した
「いいですね!そういうの!あやさんの言うとおりかもしれない。この辺で探してみようかな!」
(つまりは……『近くにきてほしい』っていうことを、遠まわしに言ってくれてるんだ!!)
草壁が内心喜んだが、別にそうじゃない。
あやはただ、雑談しただけだし、こいつに変なこと言ったらどう思われるかなんて、なんにも考えてない。
そのとき、店内の二人がけの席に座って、草壁がやってくる前から静かに本を読んでいる青年がいた。
文庫本をときには手に持ち、時にはテーブルにおいて、足をくみかえしながら。
その青年が、草壁の言葉が終わると同時にふと立ち上がって、カウンターにやってきた。
スラッとした長身。草壁も175センチ以上あるが、彼は草壁より4、5センチは高そうである。
それまで静かに読書していたが、「あのぉ」と言いながら近寄ってきたときの笑顔は、実に魅力的な好青年であった。初対面の人相手にこういう笑顔が自然に作れるというのは、これぐらいの若者にしては珍しいだろう。
草壁も、その笑顔に好印象を持った。
「すみません、さっきのお話聞こえちゃったんですけど……実は僕この近くに住んでいて、今、ルームメイト探してるんです」
いやに歯切れのいい調子で明るく言い放った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから、親に話をつけて、了承と引越し資金を引き出す交渉をしながら徹夜で荷造り、レンタカーを手配して、友人数人を引き込むとさっさと掃除と引越しを同日に片付け……。
3日もすれば草壁は、ひまわりが丘の住人となっていた。
こいつ、こうと決めると行動は案外早い。
この新しいルームメイトと住むことになったマンション。
6階建てで、パッと見ると賃貸なのか分譲なのかわからないぐらいにかなり見た目、よさそうなマンションである。
1階部分は自走式と機械式で駐車場スペースがかなり広く確保されている。
駐車している車を見たら、ベンツやBMWなんていうのもチラホラと。
それというのも、このルームメイト、よくよく話を聞いてみると、実家はかなりのお金持ちらしいのだ。
「大学への通学とか、周辺の治安、それとマンション自体のセキュリティーを考えてここを借りてるんだ」
「じゃあ、なんで、ルームメイトなんか募集したの?」
「なんか一人も淋しくなってきたから」
この答えには、さすがの草壁も驚いた。
草壁たちの部屋、間取りはいわゆる2DKで、草壁自身に割り当てられたのが、8畳の部屋。前に住んでいたのが8畳のワンルームだったから、これだけあれば充分である。
因みに元からの住人である、ルームメイトの部屋が10畳だ。
ダイニングとは言っても半分はリビングダイニングと言ったほうがいいぐらいの14畳の大きさ。とにかくすべての作りがゆったりしている。この部屋を見る限り、ちょっとお金に余裕のあるDINKS向けと言った様子。
この草壁のルームメイト、いっしょに暮らしてみると、なかなか気のいいやつだった。
「とりあえずさ、いっしょに住むわけだから、ルールみたいなのは決めといたほうが……」
初日にこんな話し合いを持った。というか、草壁のほうから、持ちかけてみた。
すると、ちょっと悩んだあと、この男は
「じゃあお互い、笑顔で楽しくやっていこう!ってことで!」
「ルームシェアって、そういうノリでいいのか……」
こんな調子だし、実は同い年で、草壁やあやとは別の学校に通う大学2年ということもあって、草壁もあんまり気を使わないで済んだ。
かといって、生活自体はわりとちゃんとしていて、毎朝、草壁より一足先に起き出すときちんと着替えをすませて、ひとりで簡単な朝食を作って、ダイニングテーブルで食べていたりする。
なるほど、育ちがいいって、こういうことか。と草壁がつまらないことで感心していた。
こうして、数日が過ぎたとある休日。
”アイツどっか行っちゃったのかな?”と、自分以外にひと気がない様子のダイニングでおめざのプリンを草壁が食べていると、玄関の向こうがなにやら騒がしいことに気がついた。
マンションの共用廊下がざわついているということは、だいたい相場が知れる。
(引越しかな?でも、音が近いから、ひょっとしたらお隣かも……)
こういうとき、興味津々で顔をのぞかせるのは、たいていオバちゃんのすることだ。
普段の草壁は、そういうのにいちいち首を突っ込んだりしない。
が、なぜか妙に気になったので、近所のコンビニにで行くようにして、さり気なく共用廊下に出てみることにした。
そこに、長瀬ゆかりが立っていた。
「草壁さん……いやだ、じゃあルームメイトって……」
そういえば……気がついた。いや、正直に言うと、もっと前からちょっと気にはなっていた。自分のルームメイトの名前のことが。しかし、まさか。そう思ってたから、アイツには何も聞いてなかった。
しかし、まさか……
「こっちが……」
草壁がびっくりしながら、背後にかかっている自分の部屋の表札を指差した。表札のプレートには<307 長瀬亮作>の文字。
「長瀬……」
「こっちも」
そして、目の前のゆかりをそう言いながら指差す。自分の置かれた状況を声に出してみることでなんとか冷静に受け止めようとしている草壁。
「長瀬……ということは……」
指差されたゆかりのほうだって、鳩が豆鉄砲くらったような顔。仕方ない、今回ばかりは完全に出会いがしらの事故みたいなものだから。
「お、弟が、いつ、も、おせわ、になって、るみたいで……」
ゆかりが言葉につまり気味になりながら頭をさげると、草壁もペコリ
「は、はい、お、弟をいつもお世話している、草壁圭介と申します」
知ってるよ、お前の名前ぐらい向こうだって……それと、お前はゆかりの弟を飼ってるのか?
”ピンポーン”
こうして、意外な再再会を果たしたはいいものの、混乱のため、長いこと頭を下げあっていると、草壁の背後で呼び鈴を押す者があった。
(あ、うちの部屋か?)
そう思いながら、クルッと振り向いた。
そこに、草壁にはまったく見ず知らずのオッサンが一人、確かに草壁たちの部屋である307号室のチャイムを押していた。
まるでテント持って登山でもするのか?っていうぐらいのおっきなリュックを背負ってるけど、服装はスーツ。何者だ?
(誰?このチンチクリンのハゲオヤジ?アイツの知りあいとも見えないし)
ちょっと浅黒い丸顔に、もうバーコードとも言えないほどの薄毛のそのオッサンに草壁が問いかけた。
「あの、何か御用ですか?私、その部屋のものですけど」
オッサンが言った
「ああ、じゃああなたが草壁さんですか!」
(なんで、俺の名前を知ってるんだ!)
オッサンが草壁に深々とお辞儀するとこう言った。
「私、本日よりここにルームメイトとしてお世話になる、鶴山寿一と申します。どうぞツルイチと呼んでください」
「ええええええっっっ!!!!!」
そりゃ、草壁じゃなくても叫びたくなるだろう。
第一話 おわり
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