第37話:声掛け


 結局2人共私に続いて立ち上がって、私が家の玄関に入る迄、開けたままの玄関から見守ってくれた。

 直ぐそこなんだから、危ない事も無いだろうし、別に良かったのに。

 扉を閉める前に振り返った時に、手を振ってくれた麻実ちゃん、可愛かったな。


 ……さてと。

 今日はお父さんもお母さんもいつ戻って来るか分からないし、先にお風呂に入っちゃおう。

 取り敢えず廊下に鞄を置いて浴室に入り、バスタブを軽くシャワーで流してからゴム栓をして、自動お湯張りボタンを押す。

 浴槽の内側の金具の所からお湯が滲み出て来て、少しずつ溜まって行く。

 ……と、いけないいけない、ジッと見ている場合じゃないな。

 浴室から出た私は、少し濡れた靴下を脱いで、籠に溜まっている洗濯物の上にほかった。

 置いておいた鞄を拾って2階にある部屋に入った時に、ポケットの中のスマートフォンが震えた。

『ことりちゃん、一緒に遊びに行きたい人考えてみた! 1人は私の友達なんだけど、後はね』

 私の手の中で、小刻みに震えるスマートフォン。

 麻実ちゃんが、分かり易く1人1人名前を打つ毎に、送ってくれているのだ。

 そして画面に何人かの名前が表示された後に、

『行けなかったら仕方無いけど、声掛けてみてね!』

と云う麻実ちゃんのメッセージと、手を合わせて『お願い』と言っている猫のスタンプが送られて来た。

 そりゃ、麻実ちゃんのお願いだし、全員に声を掛けてみるけれど……。

 それにしても、このメンバーって……。



   ■■■



 1限後の時間、視線を上げる私の目に映る、“2-1”の表示。

 麻実ちゃんとの約束をした翌日である今日の内に、麻実ちゃんが望む皆に声を掛けてしまう事にしたのだ。

 うちの高校は来週の水木金の3日間がテストなので、その後直ぐの週末に遊びに行くのなら、声を掛けるのは出来るだけ早い方が良い。因みに、麻実ちゃんの通う中学も同じ日程。

 昨日の内に麻実ちゃんとメッセージのやり取りをして、遊びに行くのは出来れば開放感が強い土曜日と云う事に決めておいた。また、土曜はダメだけれど日曜なら行ける人が多いのなら、そっちにするとも。

 教室は学年毎にフロアが分かれているから、2年生の教室の方に来るのは初めてなのだけれど……。……さっきから、男の先輩達の視線が絡み付いて来る。女の先輩達は、チラッと見て微笑み掛けてくれる位で、あっさりしているのに。

 ……必要じゃ無いのに、ノートを持って来て胸の前で抱いていて良かった。少し胸が隠せるし、キュッと無意識の力が入っても、不自然さが薄れてくれる。まあくんが守ってくれてから少しずつ慣れては来たけれど、やっぱり未だこの手の視線には嫌悪感が湧いて来るな。

「あれ、ことちゃん? 2年生の階に来るなんてどうしたの? 誰かに用?」

「あ、ミモちゃん! ちょっとお願いが有って」

 麻実ちゃんにお願いされた内の1人は、ミモちゃんだった。麻実ちゃんとしてもミモちゃんと会ったのは、……まあくんと中村先輩のデートを見守った時以来だから、遊びたいって云う気持ちは分かる。

「え、何だろ……。メッセージで言ってくれても良かったのに」

 そう言いながらも、顔の全面に笑みを浮かべるミモちゃん。確かに皆にメッセージを送って訊いてしまえば早いのだけれど、そんなに日時が逼迫して居る程も急な用事でも無いし、実際に会った方が気持ちが伝わる気がして。

「テスト明けの土曜日に遊びに行こうって、麻実ちゃんと約束していてさ。ミモちゃんもどうかなって」

「え、麻実ちゃんが?! 嬉しいな! じゃあ、まあくんも?」

 うん、そこは気になるよね。

 ……とそこで、ミモちゃんの表情が見る見る内に曇った。

「どうしたの?」

「うん、そう言えば私もテスト明けに遊ぼうってはっちゃんを誘ったんだけど、大会も近付いているし、テスト週間の部活禁止を取り戻さなきゃいけないから部活をするって、断られたんだった……」

「あ……」

 ミモちゃんが言った“はっちゃん”と云うのはまあくんが所属する演劇部の部長の中村初江さんの事で、それは詰まり、テスト明けの土曜日のまあくんの不参加も意味する。

「まあくんが居ないのは残念だけど、私は行くよ! 他には誰が来るの?」

「これから麻実ちゃんのお願いに沿って声を掛けて行く予定だから、未だ定まっていないのだけれど……」

「じゃあ、決まったらメッセージしてね!」

「うん、分かった。ミモちゃんの知らない人も入っているけど、大丈夫?」

「私は全然構わないよ。楽しみにしてるって、麻実ちゃんに伝えておいてね。前はID交換し忘れちゃったから」


   ●●●


 2限後の時間には、3年生のフロアである1階に来た。

 目的は勿論、麻実ちゃんからのお願いの内の2人目、中村初江先輩。

 ミモちゃんの話から十中八九芳しい返事が貰えないのは分かっているのだけれど、声を掛けない訳にはいかない。先輩からの麻実ちゃんへの印象も有るし。

「あぁっ」

 声のした方を見ると、背中を見せて逃げて行く1人の男子生徒。背格好と髪型から、恐らくは藤枝先輩。……許してはいないけれど、そこ迄逃げなくても良くはないかな?

 藤枝先輩との話が伝わってでもいるのか、2年生のフロアの2階に行っていた時よりは、男の先輩の視線が纏わりついては来ない。

 ……えっと。それは良いとして、中村先輩のクラスは……。

 ここで漸く私は、中村先輩のクラスを知らない事に思い至った。自分で言うのもなんだけれど、私にしては詰まらないミス。さっき、ミモちゃんに聞いておけば良かったな。

 ……どうしようか。

 今メッセージを送ったとしても、この時間中に気付くとは限らないし……。

「あれ、犬山さん? こんな所でどうしたの?」

 一旦出直そうかと階段に向かった処、正面から体操着姿の中村先輩と、顔は見た事が有るけれど名前迄は憶えていない数人の女の先輩達がやって来た。

「あ、先輩に話が有って」

「私に? 何かな?」

 中村先輩はそう言うと周りの人達に「先に行っていて」と一言掛けて、私と向かい合った。

「体育終わりで着替えなきゃいけないから、そんなに時間は取れないけど」

「あ、直ぐ終わります! 実は、テスト明けの土曜日に遊びに行こうって守の妹の麻実ちゃんと約束していて、それに先輩も誘って欲しいって、麻実ちゃんが」

「あー、私は……」

「前の時間にミモちゃんに聞いたから分かってます。部活、ですよね」

「そうなの。流石に、しない訳にはいかなくて」

「……そうですよね。私としても、応援していますし」

「うん、ありがと。そう云う訳で守君も借りちゃうから、麻実ちゃんに謝っておいてくれるかな。その分良い物を作るから、楽しみにしていてねって」

「分かりました、伝えておきます」

 何となく検索していたから知っているけれど、演劇大会のうちの高校が在る地区は名東文化小劇場で行われると云う事で、どちらにしても麻実ちゃんと一緒に、……お仕事が休みなら、お母さん達も来るだろうけれど……、観に行こうと思っていた。

「ありがとう。それに、返事が分かっていても、きちんと誘いに来てくれた事も」

「いえ、そんな……」

「あ、守君の事、犬山さんにも謝っておいた方が良いのかな?」

「な・に・が・で・す・か?」

 不意の先輩の言葉に、一音一音に力が入ってぎこちなくなってしまった。

 そんな私に、飄々とした笑いを掛ける先輩。

「ごめんごめん。うちの部の大会が終わったら、夏休み中にでも皆で遊びに行こうよ。地区大会で勝ち上がったら8月頭に県大会も入るけれど、その後は、文化祭に向けての毎週2回位の部活と合宿位しか部活は無いしさ」

「あ、是非! 麻実ちゃんも喜びます!」

「うん、麻実ちゃんに今のも伝えておいてね。もっと話していたいけど、着替えないといけないし、そろそろ行くね。男子を待たせる訳にもいかないから」

 うちの学校の体育は2クラス合同で、片方で男子の着替え、もう一方で女子の着替えをする事になっていて、遅くなると着替え終わった男子に野次られる事になってしまう。

「じゃあまたね、犬山さん!」



   ▼▼▼



 さて。

 ミモちゃんと中村先輩に声を掛け終わって、麻実ちゃんに頼まれていたのは、あと1人。

 私としては1番声を掛けやすい反面、1番気が重いのだけれども。

 だからまあ、他のメンバーが確定してから声を掛ける事に決めていた。

 私が知る限りでは、抑々ミモちゃん達とは接点が無い筈だと云うのも有るし。


「ねえねえ、ことりぃ」


 3限の授業が終わるなり、隣の席に座るその最後の1人であるユズ、……飛島柚葵が声を掛けて来た。 

 

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