第34話:両親たち
……ああ、ビックリした!
洗面台で火照った顔を軽く水で流して暫くその場で深呼吸をして心を落ち着けてから皆の所に戻ったら、何故か麻実ちゃんが居るんですもの。
でも、困ったのは、麻実ちゃんが居た事自体では無くて。
あの時ユズとお互いの顔をジッと見ていた時の雰囲気、多分、『前に何処かで会った事が有る気がするんだけど、何処だったかな?』とか、そんな感じの事を思い出そうとしていたんだよね。
あの時の麻実ちゃん、私が喋らせまいとしてその小さな可愛い口を押えた時に“K”の発音をしていた気がするし、『ことりちゃんの部屋』って言おうとしていた可能性が高い。
……だって、それが事実なのだから。
本当に、言われる前に誤魔化せて良かった。
ユズはユズで、ピンとは来ていない感じだったし。
あの時、慌てながらも出来るだけ自然に後ろから麻実ちゃんを抱き締めた様に見せたつもりだけど、口許を押さえに行ったのはバレていないかな?
……バレているんだろうな。
だって、相手はあのまあくんなのだし。
私だけの過大な評価じゃなくて、演劇部部長の中村先輩も認めるエチュード力の持ち主の、あの、まあくんなのだから。
それに、私は私でお芝居が下手なのは、自分でも良く分かっている。
▲▲▲
空になった木の御櫃を満ち足りた気持ちで眺めながら、温かいお茶をフーフーと少し冷ましてから口に流し込む。
口の中に残る、鰻の蒲焼のこんがりとしたタレの香りが、体の中に滑り込んで行く。
最初に御櫃の中でしゃもじを使って4等分した鰻とご飯を、最初は何も付けずに鰻御飯として、2杯目は添えられていた薬味を乗せて、3杯目は更に薬味を増やしてお茶漬けにして。
最後の4杯目は少し迷ったけど、今回は基本に戻ってその儘で頂いた。
4杯目は好きな食べ方を選ぶのだけれど、これだと、食べ進めるにつれてあっさりして行った口の中に、最後にまた鰻そのものを感じられて、とても幸せな気分になれた。
見ていた感じ、まあくんも麻実ちゃんも同じ食べ方をしていたのだと思う。
そんな麻実ちゃんは、満足そうな表情でお腹を何度も擦っている。
可愛い。
因みに私達は隣り合った4人席に、子供3人とその親4人で分かれて座っている。
本当に小さかった時は兎も角、小学校に上がってからはいつもこの分かれ方だった。
……あと何回、皆で揃って来られるのかな。
中学の3年間は丸々無駄にしちゃったし。
『本当は、高校の合格発表の日に一緒に行こうかってみなみと話していたんだけどね』って、さっきここに来る間の車内でお母さんが言っていた。
「それで
みなみさんが、直ぐ横でお茶を啜っている湊人小父さんに聞いた。
その声色は、どこか不安気。
そうだ、それが有った。
お母さんの話だと、東京の方に単身赴任している湊人小父さんは偶に帰って来る時は数日前に予め連絡が有るそうだけど、今回は直前にみなみさんに連絡が来たとの事。
何かが有ったと思わない方が不自然だ。
うちの両親と、それにまあくんも身を乗り出した。
「ん? どうして皆そんな深刻な顔を?」
「だって、急に帰って来るなんて……」
「ああ、だって急に守の顔を見たくなったから」
「え? 僕の?!」
急に話を振られて、狼狽えるまあくん。何が有ってそんな風に思ったのだろう。
「昨日母さんが『最近の守はことりちゃんと仲直りして、昔みたいに頑張っているよ』ってメッセージの遣り取りの中で言っていたからさ」
「へえ、今でもそんなにメッセージの遣り取りをしているんだ?」
その隣で赤くなるみなみさんと、揶揄う私の両親。
そう言えばお父さん達も小学校の頃からの親友で、お母さん達とは高校で知り合ったって前に言っていたっけ。
麻実ちゃんはお腹がいっぱいになって眠たくなったのか、頻りに目を擦っている。
可愛い。
「まあ、あんた達は高3の時にみなみがアメリカに行ってからの2年間は態と連絡を取らなくなっていたんだから、それ位で丁度良いんだろうけどねぇ」
とは、お母さんの弁。
……って、えっ、何それ?! 初耳なんだけど!
「そ、それと帰って来た事とどう繋がるの?!」
お母さんの言葉を無視して、顔を真っ赤にしながら無理矢理話を本筋に戻そうとする、みなみさん。
「だから、そんな守を見たくなって、仕事が終わった足で新幹線に飛び乗っていたんだよ」
「「ぶぁっっかじゃないの??!!」」
湊人小父さんの答えに、みなみさんとまあくんの声が揃った。
何だかんだで、相変わらず
それに、こんな時のまあくんは何だか子供みたいで可愛い。……あ、いや、そんな気がしなくも無い、……多分……。
「あはは、否定は出来ないかな。……それとね、今ならことりちゃんと久し振りに会えるんじゃないかと思ってさ」
「え、私?」
……うん、やっぱり油断している処に話が飛んで来ると狼狽えるよね。
「小6の途中位からだから、もう4年位になるのかな?」
「あ、うん、それ位ですね」
「随分大人びたね。見違えたよ」
「えっ?!」
……まあくんがその儘年を取った様な顔から出て来た言葉に、不覚にもドキッとしてしまった。
「あ、痛たたたたたた」
と、私の胸を跳ねさせたその頬っぺたが、隣のみなみさんから伸びた手に
「湊人、何あんた急にことりちゃんを口説いているの」
「美浜湊人、それは無いわ」
「お前にことりはやらん!」
……当たり前でしょ、お父さん……。
それはそうと、お母さんは何故だか湊人小父さんの事を、昔からフルネームで呼ぶ。
「そんな心算じゃ無いって! ただ、暫く見ない間に成長したなって!」
「アハ、ありがとうございます」
食べ終わったお膳を見詰めながら、お礼は言っておく。
顔を上げたら、まあくんと目が合ってしまう気がして。
今はちょっと無理。
「それよりお母さん、初めて聞いたんだけど、アメリカに行っていたの? 留学とか?」
いつの間にか私の隣の空いていた席に移動して来ていた麻実ちゃんが、私も抱いていた質問を、みなみさんに投げ掛けた。
「あれ? 言って無かったっけ? 守は?」
「僕も初耳」
まあくんの返事を聞いて、みなみさんは考え込んでしまった。
「んー、話しても良いんだけど、別に面白い話でも無いよ?」
「……みなみ? 勿体ぶるとハードルが上がるわよ?」
お母さんが呆れながら言うと、みなみさんは「それもそうか」とポンと手を打って、こっちに向いて座り直した。
「実はね、私、高校2年の頃に身体を悪くして、お医者さんに、『この儘だと死』んじゃうって言われたのね?」
「「「えっっっ???!!!」」」
衝撃の告白に、私達子供世代の声が揃う。
「お母さん、それで助かったの?!」
麻実ちゃんは勢い良く立ち上がりながら訊いた。
これはこれで可愛いけど、落ち着いて。
「落ち着きなさいよ、麻実。助かって無かったら、私は今ここに居ないし、あなた達も生まれていないわよ」
実は幽霊だって云う可能性も、微粒子レベルで存在、……する訳は無いな。
「それで、アメリカに行ったんですか?」
「うん。お父さん、……守と麻実のお祖父ちゃんが日本中のお医者さんに掛け合ってくれたけど、1人も首を縦に振ってくれなくて。そんな時にアメリカに居るお医者さんが『私が切る』『失敗しない』って言ってくれたから、高校を休学してアメリカに渡ったの」
……そんな事が有ったなんて。
今のみなみさんの様子からは、とても想像が出来ない。
“人に歴史あり”って、まさにこの事。
「……その時、父さんは?」
そう、まあくん、やっぱりそこだよね。
今の話の中に、どんなロマンスが……。
「うん、……ねえ守、それはうちに帰ってからで良い? こんな所でする話でも無いと思うし、食べ終わってから余り長居しちゃうと、お店にも迷惑だし」
そう言ったみなみさんは、それは幸せそうに笑った。
……その隣の湊人小父さんは、さっきの私と同じ様に、顔を赤くしながら頬をポリポリと掻いている。
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