第20話:vs報道部 ③ 報道部員、扶桑魅森
「こら、お前ら何やってる! 五月蠅いぞ!」
隣の職員室から、世界史の田原男性教諭が怒鳴り声を上げながら顔を見せた。
「あ、ごめんなさい、田原先生。思いもよらない感動の再会を果たしたものですから、つい、大声を出してしまいました」
悪戯っぽく笑って、ことりは先生に向かって素直に頭を下げた。
「……あ、犬山……。おお、そうか、再会を果たしたのか、良かったな。……個々の隣は職員室だから、気を付けてくれよ」
「はい、済みません、気を付けます。教えて下さってありがとうございます」
「ああ、……いや、こっちも大声を出して悪かったな……。ごゆっくり……」
ことりの笑顔に鼻の下を伸ばした先生は、しどろもどろに言いながら職員室に戻って行った。
『ごゆっくり』ってなんだ、ごゆっくりって。
悪い先生では無いんだけど分かり易過ぎる贔屓の引き倒しが問題なんだよな。
贔屓される生徒にも、周りの生徒にも。
「流石は犬山、教師殺し」
「えへへ」
ゴホン。
荒れた場を収める為に咳払いをして、チラリと、報道部室で独りパソコンに向かっていた女生徒に視線を戻す。
少しだけ明るく染めたショートボブに、名古屋襟のセーラー服に身を包むその女生徒は、尚も嬉しそうに僕とことりの顔を見比べている。
「
ことりが、相手の胸ポケットに付いている校章を見て驚きの声を上げた。
そのバッジは窓から差し込む日光を反射して、今の2年生である事を表す
「えっ? 何その質問。ひょっとして、私の事を年下だと思っていた? 酷いなあ、ことちゃん。まあ、ずっと背が低かったし、今でも150㎝も無いんだけどね」
ことりに『魅森ちゃん』と呼ばれたその女性、……
扶桑魅森。
彼女は小学校の時に、うちの近所に住んでいたお婆さんの家に夏休みの度に遊びに来ていた女の子で、ことりと3人、毎年一週間はみっちり遊んでいた。
しかし、僕達が小学4年生の時に独り暮らしをしていたそのお婆さんが亡くなって、それ以来会う事は叶わなくなっていた。
住んでいるのが市内だと云うのは聞いていたので、その頃お互いにスマホを持っていたのなら、また話は違ったのだろうけど。
当時でも身長は低かったし、別に年齢の話なんてしなかったので、てっきり年下だとばかり思っていた。
「どうしたの、まあくん。そんな顔でジッと見たら、恥ずかしいよ。当時の事でも、思い出してくれてるのかな?」
確かに思い出しているけど、見事に言い当てられると僕の方が恥ずかしい。
「……で、お前ら、この先輩と知り合いなの?」
盛り上がる僕達を楽しそうに見ていた信行は、ここで漸く口を開いた。
「うん、小学校の時に、夏毎に3人で遊んでいたんだよ」
「へえ、幼馴染ってやつか」
「違うよ?」
感心して言った信行にことりはピシャリと言い切った。
「へ?」
頓狂な声尾を上げる信行。
……ことりの言わんとしている事は分かるけど、言い方がな。
ああほら、ミモも顔をクシャクシャにして、今にも泣き出しそうだし。
「……あー、ミモ? ことりが言いたいのはね。“幼馴染”って云う言葉には、『子供の時に親しくしていた』の他に、『今も付き合いが有る』って云う2つ目の条件が有るんだ。だから、これから次第だって事だよ。ね、ことり」
「そ、そうなの! ごめん、言い方が変にきつかったよね。ごめんね、ミモちゃん」
慌てて言ったことりは、ついに泣き出していたミモを抱き締めた。
「へえ、そうなんだ。じゃあ、犬山と守は……」
「小6からこの前迄の間も全く話さなかった訳じゃ無いし、ギリセーフ!」
「そう、そうなの。ミモちゃんも、これからまた仲良く遊べば良いの!」
泣きじゃくるミモと、慌てることり。
……何だろう、この世界。
「……うう、それ、本当? ミモと、また仲良くしてくれる?」
「それは勿論よ! ね、まあくん!」
「あ、ああ」
信行はそんな僕達を見てクククと笑うと、再び口を開いた。
「成る程、さっきの犬山は、『まあくんの唯一の幼馴染』ポジを失いたくなくて、つい口調が厳しくなってしまった、と言う訳だな」
「違うから! 清須君退場!」
ことりが顔を真っ赤にして言ったのを見て、信行は両手で口を押えて顔を逸らし、激しく肩を震わせた。
……こう云う時のこいつ、本当に楽しそうだよな。
「俺は、守と中学の時からの友人の清須信行。よろしく、先輩」
「うん、よろしくね、清須君。さっきは取り乱してごめんね」
ことりに頭を撫でられ続けて漸く落ち着いたミモは、改めて信行と自己紹介をし合った。
ミモは笑顔で信行と握手をしているけど、その目は赤く充血して、周りが腫れている。
「それで、何だったっけ……」
ミモは、僕の目を見て訪ねて来た。
「ああ。今日の新聞に載っていた、僕とことりの記事を……」
「あの記事ね! アレで2人が同じ学校だって知って、ビックリしたよ!」
また興奮する、ミモ。
こっちも積もる話はしたいけど、話が進まなくて困る。
「うん、ミモちゃん、その話はまた改めてしようか」
若干しびれを切らし始めたことりが、小さい子供を
「そうだね。ごめん、嬉しくって」
それには、全面的に同意するけどさ。
「この記事なんだけど、撤回してくれないかな?」
手に持っていた校内新聞を机に広げると、ミモは覗き込んで来た。
「あ、持ってきちゃったんだね。これは先輩が書いた記事だから、私には、……って、撤回? おかしいな、記事にした本人達の許可を取ったやつしか掲示しちゃいけない筈なんだけど」
「そうなの?」
ミモの返事に、ことりは目を丸くした。
僕達は、許可を出した覚えなんて全く無い。
「うん、それで本人達と一緒に顧問の先生に言いに行って、掲示許可印を貰う流れで。……あれ? 許可印押してないや。まあくんとことちゃんは、この記事にはノータッチなの?」
「……ミモちゃん? 知っていたとしたら、許可したと思う?」
「それだけ、あの時のまま、仲良しなのかなって」
「……別に、今はそんなんじゃ無いわ」
素直に答えたミモに、ことりは顔を逸らした。
「ふーん、そうなんだ」
……ねえ信行、何で今のやり取りを聞いていてそんな楽しそうな顔が出来るの?
「ごめんね、迷惑掛けて。ちょっと先輩に確認しなきゃいけないから、少し遅くなっても良い?」
「うん。その先輩の言い分も聞かないとね。……因みに、その先輩って誰か訊いても良いかな?」
ことりの質問に、ミモの口から出た名前は……。
「藤枝先輩。知っているかな? 男の先輩で」
「……」
「……」
「……」
思わず無言になる、1年生3人。
「知っている様な、何も知らない様な……」
「知りたくも無い様な……」
僕とことりがふんわりと言っている時、信行はまた声を殺して笑っていた。
……とその時、閉めておいた扉がガラガラと勢い良く開いて……。
「あ、藤枝先輩、お帰りなさい!」
ミモは、僕達越しにその人物に声を掛けた。
「…………藤枝先輩?」
ことりが振り返りもせずに呼び掛けると、先輩は「ひっ」と情けない声を上げた。
「記事、撤回して謝罪して貰えますか?」
……でも、先輩の気持ちも分かる。
これだけの殺意の波動を漲らせて背中越しに言われたら、僕もそんな声が出るだろう。
……先輩のやっている事の意味は、まるで分からないけど。
「ふ、扶桑!」
「は、はい!」
「その記事の件は全面的にお前に任せた! 俺はもう帰る! 戸締りよろしく!」
「え、せ、先輩、鞄は?!」
ミモの言葉を待たずに先輩は廊下を全力で疾走して行き、僕が急いで廊下を覗き見た時には、その姿は何処にも見えなかった。
「……どうしよう、先輩の鞄」
「戸締りしろって言っていたし、忘れ物として職員室に預けておけば良いんじゃない? って言うか、どうでも良いんじゃない?」
部屋の隅の椅子に置いてある鞄を見詰めて困った顔をしたミモに、ことりはさっき迄の殺意が嘘の様に、無関心に言い放った。
……ヤバイ、先輩への嫌悪感がカンストして、完全に興味が無くなっている。
……ご愁傷様です、先輩……。4回目。
仏の顔も三度までと言うけど、自分のした事で完全に芽が無くなりました。満足ですか、先輩。
「そっか、そうだよね。ありがとう、ことちゃん」
ミモはそう言って、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、記事の件は私が任されたから……」
言い掛けたミモは、何故だかそこで口を噤んだ。
「どうしたの?」
「ねえ、さっきもちょっと話したけど、この記事って全部嘘なの?」
不思議に思って訊いてみると、そんな言葉が返って来た。
「え?」
「付き合っているのとか、全部撤回した方が良い?」
……ミモの言いたい事が分からない。
ミモは今、何を考えているんだろう。
「犬山としては、守を“陰キャ”扱いしている所さえ撤回されれば……」
「清須君、だから違っ! ……くは無いけど……」
首を傾げている僕の横で、笑いながら言った信行に瞬間的に否定しようとしたことりは、言葉を濁した。
ことりって、信行に対する防御力が低いよな。
……逆か?
信行が、ことりの防御の急所を知っているのか。
…………むう。
「大須に2人で行ったのでさえ、と或る先輩に諦めて貰う為の、カモフラージュだったんだから」
「そう、付き合っている訳じゃ無いんだ」
ことりがカモフラだと言ったのを受けて、ミモはホッと息を吐きながら言った。
「じゃあさ、私もデートしたい」
「え?」
「私も、まあくんとデートしたい!」
…………え?
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