第21話:vs? 報道部 その後
僕は今、戸惑いの中に居る。
藤枝先輩にことりの事を諦めさせる為にことりと大須デートをしたらそれが報道部に校内新聞の記事にされてそれを撤回して貰う為にことりと信行と3人で報道部部室に乗り込んだら小学校の時に何年か夏休み毎に遊んだ年下だと思っていた扶桑魅森通称ミモが居て実は1つ年上だった事が分かり記事の撤回を頼んだらそれが実は報道部員だった藤枝先輩がルール無用で勝手に載せた物だと分かった処に藤枝先輩が現れてことりの怒気に怯んだ先輩が全権をミモにぶん投げて逃げ出したからミモにそれを頼んだらデートを申し込まれたのだから。
一介の高校生が戸惑う事に、何の無理も無い。
無理も無いって言って。
……信行辺りなら、それも楽しみそうだけど。
「まあくん、デート、してあげたら?」
そう言って、ことりは静かに微笑んだ。
うえぇ?
「自分で言っておいてなんだけど、良いの? ことちゃん」
ことりの両手を握って、詰め寄るミモ。
「うん。別に付き合っている訳じゃ無いんだから、誰とデートしようが、まあくんの自由じゃない?」
……そう言われるとそれはそうなんだけど、僕の気持ちはガン無視ですか。知っている癖に。
…………と、少し前だったら、思いっていたかも知れないな。
でも、今回は相手が相手だし。
「確かにそうだね。良いよ。しよ、デート」
「わ、本当?! やった!!」
「良かったね、ミモちゃん!」
「うん!!」
ことりとミモは、明るい笑顔で笑い合った。……あの頃と同じ様に。
……とは言え、高校生になった上で年上だったと分かっても、敬称は“ちゃん”のままなのか。
でもまあ、そうだよね。変わらない事も有るよね。
……僕もさり気無くあの頃と同じく、“ミモ”と呼ぶ捨てにしているし。
「ぷっ、くっ……」
不意に笑いを噛み殺す音が聞こえたのでそちらを見ると、信行が、こいつは楽しくなって来たと言わんばかりの、この状況を心底楽しんでいそうな笑みを浮かべていた。
こいつの、こう云う処が好き。
本当に良い性格をしているよね。
「じゃあミモちゃん、またね」
「うん、またお話ししようね!」
ことりは僕と信行と一緒に廊下に出ると、ミモに笑顔で手を振りながら引き戸を閉めた。
「本当に、思いがけない再会になったわね」
そして歩き出したことりは、嬉しそうに笑いながら言った。
「うん、まさかこんな所でって感じだよね。……それにまさか、年下だと思っていたミモが年下だったとは」
「本当だね。ミモちゃんも変わらないし、呼ばれ方も気にして無かったし、あの頃と同じままで接しちゃったよ」
「……でさ」
浮かれる気持ちを抑え切れずに居る僕達の後ろを歩いていた信行が、そこで口を挟んだ。
「実際、犬山的にはどうなんだ? 今度の日曜日に、守がミモちゃんとデートする事になった件」
信行が僕も気になっている事をズバリと訊くと、ことりは「んー」と少し考えた後に、再び喋り始めた。
「先ず、守には色々と経験して欲しいなって思っているから、デートを受け入れる事を勧めたんだけど……」
「うん。そうだろうなって思ったから、僕も素直に受けたんだよ」
これは、本心。
僕には色々な経験が数年分、ずっぽりと抜けている。
いじけて後ろを向いている間に、今や、幼馴染のことりと差が付き過ぎていた。
少しでも経験を積んだ方が良いのは、間違い無い。
「……けど、守がいやにあっさりと引き受けたのは面白くない、と」
「……清須君?」
「わーるかったって。冗談だよ、ジョーダン」
ことりに睨まれた信行は、前髪を手で上げながら引き下がった。
……いや、引き下がっていないな、挑発だな、これ。
そのままニヤニヤとした目をことりに向けているし。
ことりは、信行のその態度に「もう……」と漏らして続ける。
「それに、あの頃のミモちゃんがまあくんをどれだけ慕っていたかも見ていたからね。再会した今の守が好きなんじゃなくて、あの頃の思い出を懐かしんでいるだけなんじゃないかと思うの」
……ことりが、“守”と“まあくん”の使い分けをし出した。
「ああ、それは有るかもな。残念だったな、守」
…………いや、僕も分かっているから、イチイチ肩に手を置くなって、信行。
「まだ時間が有るから僕達はこの後部活に出る為に文化部棟に行くけど、ことりもそうだよね?」
文化部棟に繋がる渡り廊下が見えて来たので、横を歩くことりに訊いてみた。
「んー、うちの部って、今は別に出なくても良いんだよね」
「そうなの?!」
うちの高校は全生徒部活動加入必須で、どの部活も基本的に毎日出るモノだと思っていたから、変に声が裏返ってしまった。
「うん。私は美術部に入っているんだけどさ。……って、守なら知っているか」
「全く、また人をストーカーみたいに」
……まあ、知っているけどさ。こら信行、笑うな。
「文化祭だとか学外のコンテストとかに出品する作品とかさえちゃんと出せれば、後は自由なんだって」
「へえ、そんな部が有るんだ、知らなかったな」
「私も入ってから知って、驚いたんだけどね。うちの部、何気にレベルが高いし」
ことりはそこで口を閉じて何事かを思案した後に、また口を開いた。
「ね、折角だから、このまま一緒に演劇部の見学に行っても良い? ……清須君? 何を笑っているの?」
「いや、別に……」
ことりのジト目に堪えながらも、笑い続ける信行。
何だか分からないけど……。
「まあ、ことりが良ければ、取り敢えず行ってみて、見学していいか訊いてみれば良いんじゃない? 断られたら、その時はその時で」
僕の提案に、ことりは「それで良いよ」と笑顔になった。
念の為にスマホを取り出して部長に『ことりの見学OK?』と端的にメッセージを送ったら、直ぐに『OKだにゃ!』と猫が元気良く言っているスタンプが送られて来た。
おや、と思った。
実際、返事よりも部室に着く方が早いと思っていたのだけど。
〇〇〇
部室のドアを開けると、演劇部の皆は思い思いの姿で休んでいた。
ストレッチしながら稽古の振り返りをしている人達、言い方を変えながら同じ台詞を何度も口にする人、ブルルルルルルルルと音を上げ下げしながら口を鳴らしている人なんかも居る。
成る程、丁度休憩中だったのか。
「済みません、遅くなりました!」
開口一番謝ると、一度僕に向いた皆の視線が、一斉に僕の隣に注がれた。
「あ、済みません、まあ、まも、……美浜守君と同じクラスの犬山です。今日は……」
「知ってる! ことりちゃん!」
ことりの話を、女性の先輩の声が遮った。
「今日はどうしたの?!」 「是非見学して行って!」
「良いとこ見せなきゃ!」 「いっそ転部とか出来ないのかな?!」
そして、男女取り取りの声が、ことりに浴びせられる。
流石はことり。
……って、あれぇ?
「君の『私用』が、校内新聞のあの記事の事だと思ったから、皆に説明させて貰ったよ。付き合ってはいない事も知っているしね」
疑問に思っていると、寄って来た部長の中村初江先輩が僕に耳打ちをして来た。
耳に吹き掛かる先輩の息が、
……ん? 何で先輩は知っているんだ?
(ところでさ、犬山さん)
僕達3人にだけ漸く聞こえる位のヒソヒソ声で、先輩はことりに話し掛けた。
(……え、私? 何ですか?)
(良かったらの話なんだけどね)
(……はい……)
キョトンとしながら、要領を得ない先輩の話に応えることり。
(今度の日曜日、私も美浜守君とデートさせてくれないかな)
「「ふえっっ?!」」
予期せぬ言葉に、ことりとシンクロした大声が出てしまった。
室内の全員の視線がこちらを向く。
……おっと。
(……どう云う事ですか?)
再び声を落とし、話を伺うことり。
(いや、さっき報道部の友達から、メッセージを貰ってね)
そう言った先輩は、スマホを取り出して画面を見せて来た。
そこには開かれたメッセージアプリの、相手からのメッセージが表示されている。
『聞いて、初江ちゃん! さっきね、小さい頃におばあちゃんちの方で遊んだって毎年言ってた、まあくんとことちゃんと再会出来たの!』
『同じ高校だったんだよ! 凄くない?!』
『でさ、嬉しく私も記事に書いてあった様にまあくんとデートしたいって言ったら、ことちゃんが勧めてくれて、土曜日にまあくんとデート出来る事になったんだ!!』
『あ、記事はガセだったんだけどね!』
喜びに溢れた、連投されたメッセージ達。
……これって……。
確かめる様に、画面の上部に表示されている名前を確認する……。
(……先輩、ミモちゃんと知り合いだったんですか?)
ヒソヒソ。
(ああ。彼女とは家が近所で、小さい頃からよく遊んでいてね。君達と同じ、幼馴染ってやつさ)
(……そうですか)
ことりは、小さく溜め息を吐いた。
(……で。ダメかな? まあくん、ことちゃん?)
(……守、先輩とデートしなさい……)
(……はい……)
こら信行、立っていられない程も笑い転げるんじゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます