第19話:vs報道部 ② 対面


「それじゃ、そろそろ行こうか」

「おう!」

「何だか、ワクワクするね!」

 僕が立ち上がると、信行とことりの2人はそれに続いた。


ここ夕陽ケ丘高等学校には、大きく分けて、管理棟、教室棟、体育館、道場、文化等、運動部棟の6つの建物が在り、文化部の部室は、基本的には文化部棟に収められている。

 しかし報道部の部室には例外的に、管理棟2階に有る放送室の隣の放送準備室が宛がわれている。

 昼の放送などの毎日の放送は報道部が行っているのと、夕陽ケ丘便りの印刷に直ぐ隣の職員室のプリンターを使う為と云うのがその理由らしい。

 ……職員室で、こんな生徒のプライバシーを侵す様な内容の新聞を刷るなよ。

 …………と云う事は逆説的に、その内容に教師からの検閲は無く、生徒の自主性は保たれていると云う事かな。

 こんな事で、そんな大事な事を知りたかないよ。


「……ってことり、ワクワクなんてしているんじゃないよ」

 一応、ツッコミは入れておかないとな。

「……だって、守、……まあくんが帰って来た様な気がして、嬉しくなっちゃって……」

 ことりは人差し指を合わせて唇を尖らせ、言葉をゴニョゴニョと口の中で遊ばせた。

 ……何、この不意打ち。

「…………あのぉ、おふたりさん」

 その声の方を見ると口許に手を当てて、ニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべた信行が居た。

「イチャイチャするなら、俺、帰っても良い?」

「なっ?!」

「違っ! イチャイチャとかじゃなくて! さ、行くよ!」

 慌てて否定したことりが早足で教室を飛び出して行ったので、僕と信行はそれを追う。


 ……ことりの言葉にツッコミを入れはしたものの、自分でも、何だかワクワクしているのは否めない。

 それは、久しく味わっていなかった高揚感。

 外なる世界に、積極的に関わる楽しみ。

 今回の突撃が失敗に、結果として終わるのなら、それでも良い。

 先ずは、当たってみなければ成功も不成功も無いのだから。

 それで砕けたとしても、自分の芯さえ無事で居れば、何度でもリトライ出来る。

 ファンタジーの世界でよく語られる、魔法で作られたゴーレムも、核さえ無事なら大抵何度でも再生して敵に立ち向かう。

 そう云うモノに、私はなりたい。

 ……もう、後ろは向かないって、決めたのだから。


「さて、着いたな」

 信行が不敵に笑いながら言った。

 予定通りこの報道部室に来る前に、管理棟1階に有る昇降口前の掲示板によって回収して来た、校内新聞を握り締め。

 因みに、記事を見た時のことりの怒り具合は何だか凄かった。

 そんなに、僕との熱愛報道が嫌だったのかな。

「そうね。……行きましょ。まあ、……守、お願い」

「……なあ、俺思うんだけど……」

「何よ!」

 口を挟んだ信行に、ことりは間髪入れずに叫んだ。

「別に俺たち3人だけの時は、無理して『守』って呼ばなくても良いんじゃないか?」

 ……それは、僕も思わなくは無いけど。

 『まあくん』って呼ばれる方が嬉しいのは言う迄も無いけど、言い直されるのも過敏に意識されている様で、少し面映い。

 ……まあ、信行の提案を、今のことりは受け入れないだろうな。

「……ダメよ、これはケジメなんだから。それに、……皆の前で、ボロが出ちゃうじゃない……」

「えっ? 何だって?」

「清須五月蠅い! さ、まあくん! バーンとやっちゃって、バーンと!」

 …………ちょいとことりさん、余りの羞恥に、混乱していらっしゃいます?

 ことりは顔を真っ赤にして目をグルグルさせているので、もう何も言わず、信行と入れ替わって報道部室の扉の前に立った。


 ……バーンと、か。

 アクション映画とかアニメとかなら本当に引きを勢い良くガラッとバーンとする処なんだろうけど、隣、職員室なんだよな……。

 幸い今の処は先生はまだ見に来ていないけど、これ以上五月蠅くしたら、出て来て面倒臭い事になったりしそうな……。


 コン、コン、コン。

 迷った末、静かにノックをした。

 後ろでズッコケた2人の、僕を見る目が痛い。

 ……いや、ほら、親しき中にも礼儀有りって言うし、親しくない仲にはもっと礼儀が必要じゃない?

 力押しで行くと、話し合いのテーブルにも就けない可能性が有るって云うか……。

「……んん、はぁーい」

 心の中で言い訳をしていると、扉の中から、こちらの気迫を嘲笑うかの様な気怠い声が返って来た。

「開いてるんでぇ、どうぞぉ」

「失礼します!」

 勢いは声だけで表して静かに扉を引くと、長机の上のノートパソコンに眠そうに向かっている、1人の女生徒と目が合った。

「…………」

「…………」

「……わ、……ま、まあくん?」

 ……………………………………ん?


「え、えーっと……」

「まあくん、久し振り! 何年振りかな!」

 戸惑う僕を意に介さず、その女生徒は一気に目が覚めた様に親しげに言いながらこちらに駆け寄って来て、両手で僕の手を力強く握った。

「……でも、何でここに? ……あっ! 今日の夕陽ケ丘便りの事?! あれはね、うちの部の3年の先輩が偶々大須で2人を見掛けて、余りのラブラブ振りについつい記事にしちゃったんだって! ごめんね!」

「あ、そうなんだ……。……って、えーっと……」

「ん? どうしたの、まあくん?」

 尚も戸惑い続ける僕に、目の前の女生徒は純粋な瞳を輝かせながら小首を傾げている。

 ……誰だっけ……。

 やっぱり、相手は僕の事を分かっているのに、思い出せないのは良くないよな。

 改めて、目の前の女性を見る。

 控え目に明るく染めたショートボブ、大きくクリクリとした人懐っこい瞳。

 身長は高校生にしては低目で、ことりには及ばないけど、程良く育った身体……。

 ……うーん……。

 正直な話、見覚えが有るって言われれば有るし、無いって言われれば無い。

「あ、ひょっとしてまあくん、私の事忘れちゃった?」

「え、……いや、…………えーっと…………」

 忘れたって云うか、思い出せないって云うか……。

「酷いなあ、あんなに遊んだじゃない! ことちゃんと3人で!」

 女生徒は腰に手を当てて膨れっ面でプリプリとした声を出した。

 ……って、ん、『ことちゃん』?

「え? わ、私?!」

 背後から素っ頓狂な声が聞こえた。

 ことりも思い出せずに居るらしい。

「あ、ことちゃん! ことちゃんも来てくれてたんだね!」

 報道部の女性部員は、そう言うと僕の横を通り過ぎて、ことりの前に立った。

「まあくんったら酷いんだよ! 私の事、忘れちゃったみたい!」

「えっと、そう、ね……酷い……」

 ことりは戸惑いながら、訝し気な視線をこっちに送って来た。

 ……いや、そんな目で見られても、誰か分かんないって。

「でも記事を見て驚いたよ! 2人共同じ高校だったなんて! あの頃からずっと、仲良しなままなんだね!」

 こっちの動揺に気付かないのか、そう言って嬉しそうに跳ねる女生徒。

 ……って、ん?

 今、何か引っ掛かる言葉が……。

「済みません、先輩。今、何て?」

「え? ……だから、2人共同じ高校で驚いたよ、あの頃からずっと仲良しなまま何だね、って……」

 『あの頃からずっと仲良しなまま』……?

 小6以降の僕達を知っていれば、そんな表現にはならない筈。

 ……と云う事は、それ以前の知り合いと云う事で。


 当時は僕を『まあくん』って呼ぶ友達はことり以外にも何人か居たけれど、そんなに数は多くなかった。

 主流だったのは、『マモー』だとか『ミモー』だとか。

 名前 ほぼそのままの『マモー』は未だしも、『ミモー』ってなんだよ。

 尤も、小1の時に『ミモー』呼びを始めた奴に訊いた処で、「家で『マモーがさ』ってマモーの話をしていたら、『ミモーは居ないのか』ってお父さんがいきなり言い出した」って云う返事が来ただけで、その語源は分からず仕舞いだったのだけど。


 ……。

 ……。

 ……。

 …………あっ。

「先輩、ちょっと顔を良く見せて下さい!」

 両手で先輩の頬を挟んで多少強引にこちらを向かせる。

「ほんはほういんひはへははいはひほ! ふはは!」

「あ、ごめんなさい!」

 先輩が喋り辛そうに怒り出したので慌てて手を離すと、先輩は身体ごとこっちに向き直って仁王立ちをした。

「……全く、強引なんだから。……でも、変わらないね、まあくんは。……それにしても、『先輩』って呼ばれるのは少し寂しいよ。昔みたいに、『ミモ』って呼んで欲しいな!」

「「あああっっっ!!!」」

 静かな校舎に、僕とことりの声が響き渡った。

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