第18話:vs報道部 ① 突入前


「『今日の部活、私用で遅くなります。どれ位掛かるかは分かりませんが、終わり次第行きます。信行も一緒です』っと……」

 1限後の放課になると直ぐ、メッセージアプリの演劇部部長中村初江先輩とのトークルームに打ち込んで、送信を押した。

 机にスマホを置いて一息付いている間に既読が付いて、その内に返信が来た。


『ああ、例の件かな? 君も大変だね。君と信行君と同じ稽古グループのメンバーは、岩倉さんだったよね。彼女には別メニューを考えておくから、こっちは気にしないで、気が済むまでやっておいで。 P.S.犬山さんによろしくね』


「信行、取り敢えず部活の方は、先輩の許可が取れた」

 椅子に後ろ向きに座ってこっちを見ていた信行にそう伝え、画面を見せる。

「ああ、ありがとう、守。俺、あの先輩、どうにも苦手で……」

 先輩からの今のメッセージを一瞥した信行は、そう言って頭を下げて来た。

「いや、抑々こっちの事だから、お礼とかはおかしいって。……それにしても、お前にも苦手な女性とか居るんだな」

「おまっ! ……俺を何だと思ってるんだよ!」

 ついついポロリと出てしまった本心に、信行はそう言ってワハハと豪快に笑った。

 ……失礼な事を言ってしまった自覚は有る。

「そりゃ俺にだって、苦手な女性のタイプ位は有るさ」

 そして胸を張る信行。……何でだよ。

「へえ。因みに、そのタイプって?」

「そこそこ親しくなった上で、俺に興味が無い女性」

 信行は、僕の質問の答えにそう云い放った。

 ……さいですか……。

「まあ、それは冗談として、……あの先輩、お前の今日の『私用』だけで、察してくれたんだな。お前を良く分かっているって言うか」

 ……あれ、冗談なの?

「ところで、部活の時間が始まって暫くしてから報道部に行くって云うの、抑々教室かどこかで時間潰してから行こうと思って先輩には『遅くなる』って送ったけど、それで大丈夫だったかな?」

「そうだな、中途半端に部活に行ってからだと、他の先輩とかに何か言われる可能性も有るからな、それで良いと思うぜ。どうせ、部活に行っていても集中出来ないだろうし」

 信行はそう言ってウィンクしながら親指を立てた。

 経験不足で今一つ自信が持てない事が続くけど、こいつに太鼓判を押されると安心出来る。

 ……ただ、それに頼ってばかりではいけない事も分かっているけど。

「あ、じゃあ、犬山にもこの教室で時間を潰してから行くって云うのを、予め伝えておけば良いんじゃないか? 早い方が、あいつも他の予定とかと併せて組み易いだろうぜ」

 …………今打っている処ですぅ。


 ことりからは、直ぐに返事が来た。

『分かった。状況を見て合流するね』

 一先ず連絡は、これで大丈夫かな。

 ……と、朝、僕の前に教室に来た時の状況を聞いておくか。

「ことりと2人で教室に来た時、皆どんな感じだった? 僕が来て直ぐ後に先生も来たから、騒がしかったかどうかも分からなくて」

「ん? ……ああ、そりゃ気になるよな」

 信行は腕組をして、真剣に思い出すポーズを取った後に続けた。

「まあ、普段と変わらなかったな」

「皆が校内新聞を見て無かったとか?」

「いや、犬山と仲の良い子達は、『ことり、新聞見た? ガセとは言え美浜ととか、ウケるよね』って言ってたりしたし。男子も話題にはしていたけど、誰も信じていないみたいだったぞ」

 信行は、物真似交じりで答えてくれた。

 ウケるのか……っと。

「今のは、ひょっとして大口さんの真似か?」

「その答えで良いのか? 良ければ、ロックして下さい」

 いや、楽しそうなのは良いけどさ。

 ……答えとか、ロックとか。

 僕は、小学5年生より、賢いのだろうか。

 ……小学5年生の時よりも、賢いのだろうか。

 …………『賢い』って、何だろう…………。

「まあ、正解だけどな」

 あっさりと言う信行。

「流石に、犬山の交友関係をよく見ているだけは有るな」

「人をストーカーみたいに言うなって」

「あれ、違うのか?」

 そう言って信行が満足そうに笑った処で2限の世界史担当の俵先生が教室に入って来たので、一旦話を打ち切った。


 ……それにしても、誰も信じていないとか、そんなに釣り合っていないのかな。

 ……いないんだろうなぁ……。


   〇〇〇


「……なあ、信行。誰か1人くらい、信じていそうな人は居なかったか?」

 終礼後、当番の掃除も終わらせて、教室で自席に着いて信行と時間を待ちながら話をしている。

「んー、口に出していないだけで信じてるのも居るのかも知れないけど、このクラスの連中は、普段のお前達を見ているからな。クラスの皆の前で、仲が良い素振りでも見せた事は有るか?」

「……無い」

「じゃ、仕方無いだろ」

「…………ですね」

 信行に論破されてぐうの音も出せないでいる処に、周りの様子を伺いながら、ことりが入って来た。

「他には誰も居ないよね? ……守、清須君、お待たせ」

 ことりが歩み寄って来たので隣の椅子を引いてみると、「あ、ありがとう」と言ったことりはそれに腰掛けた。

「今は、何の話をしていたの?」

「うん、クラスの中で1人位は記事の内容を信じている人は居なかったのかなって」

 ことりが一旦外した髪ゴムを軽く咥えポニーを結わえ直しながら訊いて来たので、隠さずに答える。

「んー、クラスで私と特に仲の良い女子はどうして2人で大須に居たのかは何となく察してくれているし、少なくとも女子には1人も居ないかな。よし、バッチリ!」

 そう答えてくれたことりは、手際良く整え直した髪を手鏡で確認して、満足気だ。

「だよな?」

「だよね……」

 期待していた訳じゃ無いけど、断言されると少し寂しい。

「……朝、その事で話し掛けて来た朱音には、ちょっと不機嫌な態度を返しちゃったけど」

「へえ、いつも楽しそうにしている犬山にしては珍しいな。どうした? 何を言われたんだ?」

「それは、ナイショ」

 ことりは信行の軽口に人差し指を口の前に立てて答えた後、控えめに僕の顔を見て小さく笑った。

 教室でことりのこんな顔が見られる様になるなんて、これだけでも満足してしまいそうになる。

「それで、この後の事だけど」

「うん!」

「おう!」

 気を取り直して言うと、2人は返事をして身を乗り出した。

「目的は、今日の記事を撤回して、謝罪文を出して貰う事。……これで良いかな?」

「まあ、そうだな」

「あ、それなんだけど、私、まだ記事自体を見ていないんだよね。皆の手前、気にしている素振りも見せられないし」

「じゃあこの後は、犬山に記事を見せがてら掲示板で回収して、その足で報道部室に雪崩れ込もうぜ」

「うん、そうしよう」

 ……正直に言うと、今となってもことりにあの記事は見せたくない気持ちが有る。

 大口朱音さんの件と云い、ことりが絶対に怒ってくれることが、ちゃんと話し合った今となっては分かっているから。

「それで、予め決めておきたいんだけど」

「何?」

 僕が言うと、ことりは座っている椅子ごと、少しこっちに寄りながら訊いて来た。

 ……そんなに楽しい事を言おうとしている訳じゃ無いんだけどな。

「その前に確認しておきたいけど、先に失敗をイメージするのは良くないって言う人も居るかも知れないけど、2人は違うよね?」

 少しだけ弱気の虫が首をもたげ、余計だとは思いつつも挟んでしまう。

「女の子に声を掛ける時以外は、失敗をイメージして、その時の為に二の矢、三の矢を用意するのは普通だろ」

「もう、守は。知っている筈なんだけどなあ」

 うん、信行のそう云うのも、ことりの考え方も、ちゃんと知っている。

 因みに、信行の持論には、“女の子に声を掛けた上での失敗は、成功への近道”と云うのが有る。

 中学で出会った当時に聞いたけど、未だに良く分からない。

「2人共、ありがとう。まあ訊きたいのは、この後の話し合いで撤回させるのに失敗した場合の次の手とかは考えてあるんだけど、最終的に撤回させる迄の間の、僕とことりの外向けのスタンスをどうしようかって事なんだ」

「ああ、タイムラグが生まれた場合か」

 信行は納得した様に言うと、「犬山はどうだ?」とことりに訊ねた。

「私?」

 ことりは自分を指しながら、不意を突かれた様な素っ頓狂な声を出した。

 ……どうしたんだろう、流れで話を振られるのは分かっていた筈なのに。

「守とはちゃんと話したから勘違いされる心配も無いし、余り否定しても逆に怪しくなるかも知れないし、彼氏が居るって話になれば、告白されたり付き纏われたりはしなくなるだろうし……。若し上手く行かなかったとしたら、そのまま付き合っているって言うていでも良いのかなぁ。身体の事を変な目で見られても、今の守なら、ちゃんと守ってくれるだろうし……。……あっ、でも守に絡む人とか出て、迷惑が掛かっちゃうかな……」

 ことりはしみじみとそう言った後、何かに気付いた様に慌てて手を振った。

「あ、勿論一番は、私と守がカレカノッて云う記事を撤回して貰える事なんだけどね!!」

「……なあ、守」

 そんなことりの様子を見ながら、信行は僕に呼び掛けた。

「ん?」

「犬山との間に何が有ったか説明してくれるって言ってたけどさ……」

「ああ、そうだね。実はさ……」

「……いや、何となく分かったから、良いわ」

「そ、そうか?」

 戸惑う僕の胸を、信行は楽しそうな顔で小突いた。

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