第17話:月曜日、学校にて


 麻実との勉強とゲームに費やした日曜日を挟んで、明くる月曜日。

 僕とことりは、思っても見なかった展開に巻き込まれる事になった。


   〇〇〇


「えー、嘘!」 「そんな、まさか!」

「へぇー、彼女って、彼氏居たんだ!」

「そりゃ、皆振られて当然だなよなぁ」

「当たる前に砕けたくなかったな……」


 通学路の途中で偶々合流した信行と一緒に学校に着くと、昇降口を上がった所に有る掲示板の前に人集ひとだかりが出来ていて、皆一様に悲痛な叫びを上げていた。

「何だあ、ありゃ?」

 怪訝な顔をした信行は、素早い動作で上履きに履き替えると、早足でその集団に向かって行った。

 僕も急いで履き替えて、その後を追う。

「ちょっと皆さん、御免なさいよ。っと、何々……って、何じゃこりゃ?!」

 手刀を切りながら人込みを掻き分けて掲示物を確認した信行は、唐突に頓狂な声を上げた。

「どうした、信行?」

「ああ、それがさ、守。……あっ、やべっ!」

 駆け寄って声を掛けた僕に反応して僕の名前を呼んだ信行は、口を噤んで頭を抱えた。

 ……どうしたんだろう。

 その時、周りの視線が、呆気に取られる僕に一斉に集まったのを感じた。

 人集りのその異様な空気に、思わず身動みじろぎをしてしまう。


「今、清須がまもるって呼んでたよな」

「相手、あいつかよ……」 「あんな奴の、どこが……」

「俺の方が上じゃね?」 「そうだな、目糞君」

「ことり、嘘でしょ?」 「脅されたとか?!」


「……何だ?」

 ……今、気の所為じゃ無ければ、僕とことりの名前が挙がった様な……。

 掲示物を見ようと掲示板に歩み寄ると、その前に集まっている皆は一斉に左右に分かれた。

 ……モーゼ、再び。

 折角だから、自分の戒めを十個書いた物を、部屋に貼っておこうかな。もう二度と、間違えない様に。

 そんな事を考えながら割れた海を歩いて掲示板に近付いて、それを見た。

 思わず、息が詰まる。

 それは報道部が不定期で発行している、校内新聞の『夕陽ケ丘便り』だった。


【 皆のアイドル・犬山ことりちゃんには彼氏が居た!! 】


 その文字列は嫌でも目に入る様に、大袈裟なフォントでデカデカと書かれている。

 ……何だろう、このツッコミどころしか無い見出しは。

 どこのキャノン・オブ・センテンススプリング。

 半ば呆れながらもその見出しに連なって書かれている内容に目を通して行くに付け、自分の顔が徐々に強張って行くのを感じた。


<大須で仲良く腕を組んでラブラブデートしているのを、弊紙記者が目撃!!>

<お相手は、同じクラスの陰キャ、美浜守君! なななんと、2人は幼馴染?!>


「……何だ、こりゃあ」

 思わず、先程の信行と同じ様な感想が口から洩れる。

 記事の端には、大須の招き猫の前で仲良く腕を組んでピースをしている写真が、ご丁寧に貼られている。。

 ……全体的に正面がズレている処を見ると、藤枝先輩への当て付けにツーショット写真を撮って貰っている処を、ズームで抜いた物の様だ。

 当人達の意識や言動は、この時は完全に小学4年生になっていたけど、こうして写真で見ると、当たり前だけど高校生同士のカップルにしか見えない。

 写真にイメージは写らないしな。

「俺は真実を知ってるけど、これって、犬山を見る皆の目が変わっちまいそうだよな……」

「だよな……」

 ポツリと言った信行に、ポツリと同意する。

 折角土曜の、この記事の内容の後の話し合いで関係が修復されて、前に進めそうな気がしていたのに、……と云う思いも無いと言えば正直嘘になるけど。先ず浮かんで来て気掛かりなのは、ことりに向けられるであろう好奇の視線だ。

 ことりに惚れている人が多いのは言うに及ばず、人当たりが良いことりに『若しかして僕の事が好きなのかも』とか思って浮かれていた人達が「あのビッチが」等と手の平を返して言い出す可能性も充分に考えられる。

 そうなった時に、男達からの今以上の視線がその肢体に集まる事は、想像に難くない。

 そんな中に、ことりを置きたくない。……何よりも、ことりの内心を一番に思えば。


 ……藤枝先輩に、標的を絞り過ぎていたか……?


「……でね、ユズ、金曜の帰りに門の所に居たのは……」


 ……と、その時、昇降口の方からことりの声が聞こえて来た。

 見ると、一緒に登校して来た飛島柚葵とびしまゆずきさんと話しながら、上履きに履き替えている処だ。

「信行!」

「ああ!」

 名前だけを呼び掛けて昇降口の方に急ぐと、信行は頼もし居て返事をしてついて来てくれた。

 ……アレは、あの記事は、ことりの目にはいきなり触れさせたくは無い。

 それにあのままあそこに居たら、掲示板の前でことりと2人視線を交わす事になる。そうすると不躾な視線に晒されるのは明白だったので、それを思うと先手を打って動くのはやぶさかでは無い。

「犬山、ちょっと良いか?」

 僕はことりの前を通り過ぎる時にことりだけに見える様にさり気無く出した指で進行方向を示すだけで、声を掛けるのは信行。

 これなら信行がことりに話が有る様に見える筈だし、しんば僕と信行の連携を見抜いたとしても、僕がことりと2人切りになろうとしている様には見えないだろう。

 ……と、思いたい。

 兎に角朝のホームルーム迄時間が無い今大事なのは、熟考よりも、脊髄反射。

「え? え? え? ……うん、分かった。ユズ、悪いけど先に教室に行っていて。何だか、清須君が話が有るみたい」

「うん、分かった。じゃあまた、教室でね」

 ことりは僕達の意図を見抜いたのか信行の名前しか挙げず、飛島さんとその場で別れてついて来てくれた。


「……それで、朝からどうしたの? 守、……清須君も、あんな慌てた感じで」

 そのまま物置として使われている人通りの少ない階段の下に移動した処で、ことりは不思議そうに口を開いた。

「……あれ? 犬山、守に対する雰囲気が何か違わないか?」

「こら信行、今はそんな時間は無いだろ」

 ……確かに今僕も感じたけど、本当に恐ろしい奴。

 ことりは頬を少し赤らめて少し俯いている。

「ああ、悪い。じゃあ端的に言うけどな、校内新聞で土曜日の2人のデートが素っ破抜かれた」

「素っ破抜かれたって、……ええっ?!」

 ことりは驚きに顔を上げた。

「それもご丁寧に、招き猫前でのツーショットの盗撮写真付きでな」

「写真まで?! そんな……」

 信行が伝え終わると、ことりは分かり易く狼狽えた。

 これを見るに、あのまま掲示板でブツを見ていたとしたら、あの場に居た皆に分かり易く動揺を突かれていたに違いない。

「困る!!」

 ……。

 ……だよね、うん。困る。

「…………あ、違うよ、守。嫌って訳じゃ無くって」

 何かに気付いたのか、慌てて言い訳を始める、ことり。

 ……はて?

「やっぱりお前ら、仲直りしたのか?」

「……信行、それは又後で説明するから。ことりもさ、もう分かっているから、大丈夫だよ」

 まあ、分かってはいても、瞬間的なダメージはまだなせないけど。

「それで、掲示板に貼ってある新聞に、僕達が付き合っているだの色々書かれていて……。……幼馴染だって事迄ね」

「……そう」

 ことりは苦しそうに胸元を掴んで、重たい息を吐いた。

「取り敢えず部活中に、一度報道部に訴えの殴り込みに行こうかと思っているんだけど」

「俺も行くぜ。守だけだと、頼りないからな」

 鼻息を荒くする僕の肩に手を置いて、力強く言ってくれる信行。頼りないのはほかっとけ。

「……ありがとう。……ねえ、私も行って良い?」

「うん、勿論。じゃあ、行く前にメッセージを送るから」

 こう云う場合にはどうするのが最善手かは経験不足で分からないから想像するしかないけど、何よりも当事者であることりの気持ちは尊重したい。

「うん、分かった。連絡が来たら直ぐに分かる様にしておくね」

「ああ、よろしく」


 キーンコーンカーンコーン。

 息を呑むことりに精一杯の余裕の眼差しを返した処で、ホームルーム5分前の予鈴が鳴った。

「あ、もう行かないとだね。ことりは信行と先に教室に行って。僕は念の為に、少し間を開けて行くから」

「うん、分かった。途中で何か有ったら、メッセージを頂戴ね」

 そう言って信行の後について歩き出したことりは、一瞬立ち止まり、「ありがとうね、守」と言い残して、また歩き出した。


 キーンコーンカーンコーン。

 気持ちを落ち着けてから向かった僕が教室に着いたのは、チャイムが鳴る直前だった。

 ドアを開けると、騒がしかった室内が一瞬で静まり返り、視線が一斉に僕に集まって纏わり付いて怯んだけど、直ぐに担任の渥美先生が来たので、それから騒ぎが起きる事は無かった。

 ことりと教室に来た時にはどうだったか、後で信行に訊いておこう。

 演劇部の顧問でもある渥美先生は、僕の顔を見て何だか悩ましげな思案顔を瞬間的に見せたけど、特に何も言わずに直ぐにホームルームを、連絡事項の伝達から始めた。

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