3
ティラノサウルスは水から足を出して、牙をむいた。大音響の吠え声に壁がびりびりと震える。
じいさんはたまげて、ぴょこんと立ち上がった。
「なんでこんな化け物が……」
名人でさえ肝をつぶしている。
「ドラゴンはいないって言ったのに……」
パッションは応えた。
「恐竜は空想の生き物じゃないもの……」
ブルがティラノサウルスに命じた。
「奴らを踏みつぶせ!」
ティラノサウルスは尻尾を振り上げ、身軽に跳んだ。床を揺るがせて私たちの目の前に着地し、二本の爪が生えた短い手を振る。
私たちは、だっと逃げ出した。
一瞬逃げ遅れたじいさんが、爪にかかった。銀色の痩せた身体が跳ね上がり、くるくる回りながら壁に激突する!
「おじいさん!」
落ちたじいさん、またもぴょこんと立ってこっちに手を振った。
「平気じゃ。早く来い」
どういう神経をしてるの、このじじい⁉
それにしても、神の鎧は強力だ。
兄貴分が走りながら叫ぶ。
「でかすぎるぜ!」
若造はべそをかいていた。
「反則だよぅ!」
じいさんが待つ壁際にたどり着くと、博士が言った。
「あいらが人間世界に現れたら……」
ヒトラーに操られる五十匹もの恐竜軍団。作家の私でも想像力が及ばない。が、結果は悲惨に決まってる……。
私は博士に尋ねた。
「出口を塞ぐ方法はあるの?」
「は?」
「ブラックホールを叩き壊すのよ!」
全員の目が私に集まった。
「しかし……あなた方も帰れなく……」
恐竜は舌なめずりしながらにじり寄ってくる。
横に飛ぶために足場を固めながら、言った。
「あれが出るよりずっといい!」
兄貴分。
「俺は帰りてぇ!」
じいさんが悲しげに諭す。
「恐竜に踏みつぶされた日本で、ブルの奴隷になるか? ここならビーストと楽しめるぞ」
思わず本音を出したわね。
若造が兄貴分の腕にすがる。
「兄貴ぃ……ここで一緒に暮らしましょうよぅ……」
「帰りてぇよう……」
兄貴分は、泣きながら若造を張り飛ばした。
博士がうなずく。
「王座に自爆スイッチがあります。押すと天井が崩れ、ブラックホールは水中に……」
名人が言った。
「湖そのものは吸い込まれないんですか?」
博士はうなずいた。
「湖水が神なら、穴の吸引力に打ち勝てるでしょう」
じいさんが言った。
「ブルも出られないのじゃな」
「おそらく」
若造が、はっと顔を上げる。
「ブルもこっちに残るのか⁉ それじゃあ、殺されちゃうよ!」
パッションが言った。
「人間世界に戻れないと知ったら、神と戦うのをあきらめるかも……」
兄貴分が結論を下した。
「ええい、めんどうくせぇ! さっさと、ぶち壊しちまおうぜ!」
私たちはうなずいた。
ティラノサウルスが跳ぶ。
だっと走った。まるで闘牛士だ。逃げながら王座を目指す。
目標を失った恐竜は壁に激突した。広間が揺らぐ。走りながら振り返ると、壁に頭を突っ込ませてもがいていた。
名人が言った。
「鈍い奴。でかいだけで恐くないですね」
私は、桁外れの破壊力にビビっていたんですけど……。
ブルが跳ね、私たちの前に立つ。顔面ににやにや笑いを張りつけて前足を振った。
閃光が飛ぶ。
私たちは一斉に伏せた。
閃光は鎧に反射し、拡散した。その一部がブルに跳ね返る。自分が放った閃光を浴びたブルは全身を光らせた。毛皮が焦げる白煙が漂う。
蒸気の鎧が今度は鏡に変わったのだ!
ブルは吠えた。
「こしゃくな!」
しかし、動きが鈍い。自分が放った破壊力を受け止めたせいだ。
今のうちに!
私たちは、また走った。床がうねる。
ち! ティラノサウルス!
壁から首を抜いた恐竜が驀進してくる。
名人が叫んだ。
「奴に向かって走って! 合図でよけるんです!」
壁を蹴って方向転換。恐竜に真正面から突進する。チキン・ランの肉弾戦だ。敵は鈍い。また壁にぶつけて動きを止めてやるわ!
「今よ!」
踏みつぶされる寸前、左右に別れて転がった。恐竜は勢いを止められない。見事に、壁をぶち抜いた。また部屋が揺れ、天井からでかい石の固まりが落ちてきた。
兄貴分、わめいた。
「へっ! スリル満点だぜぃ!」
全員が素早く立ち上がって、王座に突進する。恐竜がもがく間に、私たちは王座を囲んでいた。
「スイッチは⁉」
博士。
「ここです!」
ひじ掛けの先端に赤いボタン。
私は、みんなを見た。
「いいわね?」
全員、うなずく。
ボタンを押した。頭を抱えて、落下する天井の破片に備える……。
が……何も起こらないじゃないさ⁉
目を上げる。
いつの間にか王座に座っていたブルが、悠然と笑った。
「ご苦労なことだ」
「な……なんで……?」
私たちはブルの気で空中に叩き出された。砂地に落ちて、転がる。
「破壊装置はとっくに解除したわ。高貴な王座に触れおって。死ね、ウジどもめ!」
ブルが跳んだ。私は横腹を蹴られて、再び空中に舞った。落下の衝撃が強烈に身体を貫く。ブルには神の鎧も歯が立たないのか……。意識が遠のく――。
*
頭の中にブルの言葉が、がんがん響く。
「コウモリたち! 卵を運べ! ブラックホールに投げ込むのだ!」
一瞬、意識が飛んだようね……。
しかし私はその何秒かの間に、心の片隅で奇妙なまでに冷静に考えを巡らしていた。
恐竜の卵が……人間世界に……。許してはならない。ブルを倒さねば……。奴の苦手は、光……。しかし、恐竜が壁に開けた穴からも、光は差し込まない。城はまだ黒い霧におおわれているのだ。なんとか光を導く方法はないの……?
困った時の神頼み。
私は気力を振り絞って叫んだ。
「神よ! 光を!」
ブルが笑いながら迫る。
「神は私だ!」
と、ブルの足が止まった。
地響きが身体を揺さぶる。恐竜の巨体が迫っている! 踏みつぶされる!
その瞬間、私の身体は、いきなりぐんと持ち上げられた。
二羽のフクロウが腕をつかんで舞い上がったのだ。
足の下をティラノサウルスが突進していく……。ブルに向かって……。
仲間たちは、シャチやフクロウに乗って飛んでいた。巨大なコウモリも無数に舞っている。縄をかけた卵をつかんで飛ぶコウモリたち。ブラックホールを目指すブルの家来に、みんなが空中戦を挑んでいたのだ!
フクロウの背でパッションが言う。
「神様が動物を復活させたのよ」
シャチにしがみついた名人が近づいた。
「僕、恐竜を怒らせて、壁を壊します!」
壁が壊れれば天井も落ちる!
さすが名人、敵の力を逆用する小ずるいアイデアは天下一品だ。
恐竜は王座に激突していた。
部屋が大きく揺らぐ。ごき……ごき……。天井がきしんでいる。
シャチの尾が恐竜の鼻先を叩いた。目をむいた恐竜は、シャチを狙ってジャンプする。その頭が、王座の上の低い天井を打った。
ごわぁん!
不気味な音響が部屋に満ちた。天井全体ががうねる。ブラックホールも目に見えるほど振動していた。
ブルが跳んだ。私に向かってくる!
パッションがフクロウに命じた。
「もっと高く!」
ブルの足の爪が私のスニーカーを引っかけた。スニーカーが脱げて、ブルは落ちた。下にはティラノサウルス!
ブルは恐竜の頭にしがみつく。恐竜はブルを乗せたまま、またジャンプした。私の胸を鋭い爪がかすめる。
巨体が着地した振動がとどめになった。
ごごごごご……。
天井の真ん中がぽっかりと抜け落ちた。池に落下して、砕け散る。ブラックホールも水中に没した。池の水が落ち込み、でかい縦穴が残る。吸引力が消滅した結果だ。
これで、卵は運び出せない!
しかし、ブルは恐竜の頭上でなおも笑っていた。
「ブラックホールなどすぐに掘り出せる。どうせこの城は用済みだ。好きに壊すがいい。貴様らも城の下敷きになって滅びろ!」
なんでよ……ここまでやっても、こたえないなんて……。
敗北感が私を捕らえ、隙ができた。
ぶん!
風圧を感じた。恐竜の手だ!
私はティラノサウルスに握られた。
「神よ! 光を!」
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