3
目の前にのびてきたイバラの枝に、鉄爪を打ち込む。刃の間に枝を挟んで固定するのだ。二股の釘で電線を止めるのと同じ。
イバラはもがいた。しかし、動きは鈍い。私たちは腕を血まみれにしながらも、つぎつぎに鉄爪を打ち込んだ。
これでイバラはのびきって戻れない。その分、入口には隙間ができているはずだ。
パッションが言った。
「怒ってる」
私は石を捨てた。
「そりゃあそうよ。だまされたんだもの」
リンゴには『迷子になったから倉庫に案内して欲しい』と言え、と頼んだ。ブルに操られていても、植物どうしなら気をゆるめると踏んだのだ。相手は子供なんだし。
頭に当たったが、リンゴが恨まれてはかわいそうね。
「リンゴの坊やは私に脅迫されたんだ、と言っておいて。ブルなんかの言いなりになるお前らが悪いんだ、ってね」
パッションはうにゃうにゃと説明した。
イバラは枝をうねらせて暴れる。
転がり下りてきたリンゴを拾って、私は言った。
「突入よ!」
「おうっ!」
階段を駆け上がると、思った通りイバラの〝バリケード〟に穴が開いていた。
通り抜けられるわ!
与太郎が先頭で飛び込んだ。
中は暗かった。私たちは、壁際に身を寄せて目が慣れるのを待った。
若造がつぶやく。
「ブラックホール……どこでしょう」
じいさんが釘をさす。
「ここだとは限らん」
外でかすかに猫の声がした。
名人がささやいた。
「イバラを釘づけにしたままじゃ、僕らが中にいること、ばれちゃいますね……」
あ。そりゃぁそうです……。
じいさん、くすっと笑った。
「先生、しくじったね」
じいさんはまったく恐怖を感じさせない。神さまを信じ切っているのね。
外の猫の声は大きくなるばかりだ。もう、戻れない。
「仕方ないわよ、奥へ進みましょう」
兄貴分が鼻を鳴らした。
「へっ。いい加減な女だぜ」
計算高い女なら、こんな世界でこんな苦労はしてません。文句があるか。
幸い、足もとが見える程度に闇に目が慣れた。
人影――いや、猫影はない。
不思議な空間だった。
高い天井から何本ものチューブやコードが垂れ下がっている。その先には、ぷつぷつとわき立つ液体が入った水槽。人間が数人は入れそうな大きな水槽は、中央の太い柱を囲むように配置されている。数十個はありそうだ。さらに水槽からはコードが伸び、壁際に並べられた機械につながっている。その他にも、ビーカーや試験管が散乱したテーブルや、ぎっしり本を詰め込んだ棚があった。
まるで、フランケンシュタイン博士の研究所みたいね。
名人がつぶやく。
「実験室……? 猫にもマッドサイエンティストっているのかな? まさか、モンスターを作っているんじゃ……?」
同じ事を考えている。
私はパッションに聞いた。
「ここで何をしているの?」
「宴会……じゃないみたいね」
私は名人の肩を叩いて言った。
「奥を調べましょう」
「はい。リアルな設定で、わくわくしちゃうな」
こんな奴でも、こういう場所では頼りになる――といえるのかもしれない。
「パッションも来て。残りは入口を守っててね」
言われた漫才コンビはしりぞいた。
「な、何で俺が」
「あっしだって……」
じいさんが言った。
「宝猫たちに働いているところを見せるんじゃ。怠けとると置いてけぼりじゃぞ」
ヤクザたちは、渋々じいさんについて行った。じいさん、すっかり親分だ。
私たちは奥へ。
水槽は全部空っぽだった。中に残っている液体は半分にも満たない。何かが入っていたなら、取り出した後なのだろう。
と、柱の中から音がした。ぶーんといううなり。しばらく続いてから、ごくん、といって一部が開く。
柱がエレベーターになっている!
私たちは水槽の陰に隠れた。
最初に出てきたのは、アメリカンショートヘアのタビーだ。後ろに、柄の悪そうなブチが三匹続いている。
柱の扉が閉じると、先頭のブチが言う。
パッションが耳元で同時通訳した。
「では約束通り、解放しましょう」
言うなりブチは、鉄爪を振り上げた。
タビーは冷静だ。きりりとブチをにらみつける。
「私を殺すと卵はかえらんぞ!」
ブチは、はっと動きを止めた。
「何だと? ははぁ、苦しまぎれの嘘か。王に進呈した試作品はちゃんとかえったぞ」
タビーは笑う。
「今、運んだ卵には、私が開発した特殊な細菌を植えつけた。解毒剤を注入しなければ、みな腐ってしまうのだ」
「く……」
ブチは振り返り、部下に命じた。
「王に伝えろ。私は解毒剤を捜す」
タビーは言った。
「作り方は、私の頭の中にしかない」
ブチは鉄爪をタビーの喉に突きつけた。
「それを吐き出してもらうんだよ」
部下がエレベーターで去る。
タビーは王に、つまりブルに反抗している。敵の敵は、味方。
私は念じた。
〝与太郎、行って! タビーを救って!〟
巨大な影が水槽の間を走り抜けた。
ぶん!
空を切る衝撃があり、二匹のブチ猫が高く飛んだ。与太郎に跳ね飛ばされたのだ。
パッションが飛び出す。とまどうタビーを落ち着かせ、私を呼ぶ。
「母さん! この猫、博士なんですって。ブルの命令で、ここで研究していたそうよ」
私は立ち上がった。
「猫が研究? 何の?」
博士は私の姿を見て脅えた。
パッションが必死になだめる。さすが博士だ。すぐに冷静さを取り戻した。
「あなた方……ビーストじゃありませんね……」
「言葉が話せるの⁉」
「はい。学びました。こちらの世界では科学的な文献が非常に少ないもので……」
さ……さすが、博士だこと。
そこにじいさんたちが駆けつけた。
「兵隊は廊下でうろうろしておるだけじゃ。脅えとる。この部屋には、奴らを怖がらせる秘密があるぞ」
それなら、猫の兵隊たちは放っておいてもいいわね。
私たちは博士を囲んで状況を聞き出した。
ブルは、どこからか〝霊の化石〟を掘り出してきたのだという。博士は、化石の解凍と量産を命じられた。霊が何のものであるかは知らされていなかった。正体が分からぬまま組成を分析し、遺伝子工学を駆使してクローン卵を生産したのだ。霊は爬虫類のもののようだと、博士は言った。試作品は王のもとで育っているらしい。残る卵は、全部で五十個。生殖能力を持つ生物なら、もう博士の能力は必要なくなったわけだ。
問題は、その生物が何のために生産されたのか、だ。
博士は言った。
「卵は二、三日で孵化するでしょう。巨大な生物です。ブルはその生物を兵士に仕立て、人間世界へ侵攻する計画を練っています。人間界の王になるために……」
まさか……。ブルめ……本当の狙いは人間世界を支配することだったの⁉
じいさんがつぶやく。
「止めねばならんな」
声は小さかったが、決意ははっきりと伝わった。
みんながうなずく。
名人が言った。
「でも、卵には毒を入れたんでしょう?」
「苦しまぎれの嘘でした」
名人の肩ががっくりと落ちた。
仕方ないよね。博士が生きているだけでもラッキーだと思わなくちゃ。
私は聞いた。
「博士は、どうしてブルに精神をコントロールされていなのですか?」
「そうすると、ただのロボットになってしまいます。知識も技術も失なわれます」
「でも、何で人間みたいなことができるの? 猫なのに」
「変わり者は、猫にもいます」
なるほど。
名人がつぶやいた。
「しかしそれって、何の卵かな……?」
「見本を一つ、隠してありますが?」
「正体が知りたいわ」
それが分かれば対抗策も考えられる……かもしれないんだから。
私たちは、博士に導かれて部屋の隅に行った。機械の陰に押し込まれていた屑入れに、卵が入っていた。動物園で見たダチョウの卵より、はるかにでかい。
名人が感心する。
「一年分のオムレツが作れる」
兄貴分が面倒臭そうに言った。
「割れよ」
乱暴ね。でも、時間がない。兵が突入してくる前に、正体を確かめなくちゃね……
私は博士に言った。
「いいですか?」
「もちろん」
兄貴分が重い卵を持ち上げて、落とした。一発で割れた。
孵化が近かったらしい。生き物の形が、おおむね出来上がっている。ぴくぴくと動いていた。殻をどけると……。
じいさんがつぶやく。
「トカゲ……か?」
そう見える。しかし、前脚が異様に小さい。それに、これほど大きいトカゲって……?
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