目の前にのびてきたイバラの枝に、鉄爪を打ち込む。刃の間に枝を挟んで固定するのだ。二股の釘で電線を止めるのと同じ。

 イバラはもがいた。しかし、動きは鈍い。私たちは腕を血まみれにしながらも、つぎつぎに鉄爪を打ち込んだ。

 これでイバラはのびきって戻れない。その分、入口には隙間ができているはずだ。

 パッションが言った。

「怒ってる」

 私は石を捨てた。

「そりゃあそうよ。だまされたんだもの」

 リンゴには『迷子になったから倉庫に案内して欲しい』と言え、と頼んだ。ブルに操られていても、植物どうしなら気をゆるめると踏んだのだ。相手は子供なんだし。

 頭に当たったが、リンゴが恨まれてはかわいそうね。

「リンゴの坊やは私に脅迫されたんだ、と言っておいて。ブルなんかの言いなりになるお前らが悪いんだ、ってね」

 パッションはうにゃうにゃと説明した。

 イバラは枝をうねらせて暴れる。

 転がり下りてきたリンゴを拾って、私は言った。

「突入よ!」

「おうっ!」

 階段を駆け上がると、思った通りイバラの〝バリケード〟に穴が開いていた。

 通り抜けられるわ!

 与太郎が先頭で飛び込んだ。

 中は暗かった。私たちは、壁際に身を寄せて目が慣れるのを待った。

 若造がつぶやく。

「ブラックホール……どこでしょう」

 じいさんが釘をさす。

「ここだとは限らん」

 外でかすかに猫の声がした。

 名人がささやいた。

「イバラを釘づけにしたままじゃ、僕らが中にいること、ばれちゃいますね……」

 あ。そりゃぁそうです……。

 じいさん、くすっと笑った。

「先生、しくじったね」

 じいさんはまったく恐怖を感じさせない。神さまを信じ切っているのね。

 外の猫の声は大きくなるばかりだ。もう、戻れない。

「仕方ないわよ、奥へ進みましょう」

 兄貴分が鼻を鳴らした。

「へっ。いい加減な女だぜ」

 計算高い女なら、こんな世界でこんな苦労はしてません。文句があるか。

 幸い、足もとが見える程度に闇に目が慣れた。

 人影――いや、猫影はない。

 不思議な空間だった。

 高い天井から何本ものチューブやコードが垂れ下がっている。その先には、ぷつぷつとわき立つ液体が入った水槽。人間が数人は入れそうな大きな水槽は、中央の太い柱を囲むように配置されている。数十個はありそうだ。さらに水槽からはコードが伸び、壁際に並べられた機械につながっている。その他にも、ビーカーや試験管が散乱したテーブルや、ぎっしり本を詰め込んだ棚があった。

 まるで、フランケンシュタイン博士の研究所みたいね。

 名人がつぶやく。

「実験室……? 猫にもマッドサイエンティストっているのかな? まさか、モンスターを作っているんじゃ……?」

 同じ事を考えている。

 私はパッションに聞いた。

「ここで何をしているの?」

「宴会……じゃないみたいね」

 私は名人の肩を叩いて言った。

「奥を調べましょう」

「はい。リアルな設定で、わくわくしちゃうな」

 こんな奴でも、こういう場所では頼りになる――といえるのかもしれない。

「パッションも来て。残りは入口を守っててね」

 言われた漫才コンビはしりぞいた。

「な、何で俺が」

「あっしだって……」

 じいさんが言った。

「宝猫たちに働いているところを見せるんじゃ。怠けとると置いてけぼりじゃぞ」

 ヤクザたちは、渋々じいさんについて行った。じいさん、すっかり親分だ。

 私たちは奥へ。

 水槽は全部空っぽだった。中に残っている液体は半分にも満たない。何かが入っていたなら、取り出した後なのだろう。

 と、柱の中から音がした。ぶーんといううなり。しばらく続いてから、ごくん、といって一部が開く。

 柱がエレベーターになっている!

 私たちは水槽の陰に隠れた。

 最初に出てきたのは、アメリカンショートヘアのタビーだ。後ろに、柄の悪そうなブチが三匹続いている。

 柱の扉が閉じると、先頭のブチが言う。

 パッションが耳元で同時通訳した。

「では約束通り、解放しましょう」

 言うなりブチは、鉄爪を振り上げた。

 タビーは冷静だ。きりりとブチをにらみつける。

「私を殺すと卵はかえらんぞ!」

 ブチは、はっと動きを止めた。

「何だと? ははぁ、苦しまぎれの嘘か。王に進呈した試作品はちゃんとかえったぞ」

 タビーは笑う。

「今、運んだ卵には、私が開発した特殊な細菌を植えつけた。解毒剤を注入しなければ、みな腐ってしまうのだ」

「く……」

 ブチは振り返り、部下に命じた。

「王に伝えろ。私は解毒剤を捜す」

 タビーは言った。

「作り方は、私の頭の中にしかない」

 ブチは鉄爪をタビーの喉に突きつけた。

「それを吐き出してもらうんだよ」

 部下がエレベーターで去る。

 タビーは王に、つまりブルに反抗している。敵の敵は、味方。

 私は念じた。

〝与太郎、行って! タビーを救って!〟

 巨大な影が水槽の間を走り抜けた。

 ぶん!

 空を切る衝撃があり、二匹のブチ猫が高く飛んだ。与太郎に跳ね飛ばされたのだ。

 パッションが飛び出す。とまどうタビーを落ち着かせ、私を呼ぶ。

「母さん! この猫、博士なんですって。ブルの命令で、ここで研究していたそうよ」

 私は立ち上がった。

「猫が研究? 何の?」

 博士は私の姿を見て脅えた。

 パッションが必死になだめる。さすが博士だ。すぐに冷静さを取り戻した。

「あなた方……ビーストじゃありませんね……」

「言葉が話せるの⁉」

「はい。学びました。こちらの世界では科学的な文献が非常に少ないもので……」

 さ……さすが、博士だこと。

 そこにじいさんたちが駆けつけた。

「兵隊は廊下でうろうろしておるだけじゃ。脅えとる。この部屋には、奴らを怖がらせる秘密があるぞ」

 それなら、猫の兵隊たちは放っておいてもいいわね。

 私たちは博士を囲んで状況を聞き出した。

 ブルは、どこからか〝霊の化石〟を掘り出してきたのだという。博士は、化石の解凍と量産を命じられた。霊が何のものであるかは知らされていなかった。正体が分からぬまま組成を分析し、遺伝子工学を駆使してクローン卵を生産したのだ。霊は爬虫類のもののようだと、博士は言った。試作品は王のもとで育っているらしい。残る卵は、全部で五十個。生殖能力を持つ生物なら、もう博士の能力は必要なくなったわけだ。

 問題は、その生物が何のために生産されたのか、だ。

 博士は言った。

「卵は二、三日で孵化するでしょう。巨大な生物です。ブルはその生物を兵士に仕立て、人間世界へ侵攻する計画を練っています。人間界の王になるために……」

 まさか……。ブルめ……本当の狙いは人間世界を支配することだったの⁉

 じいさんがつぶやく。

「止めねばならんな」

 声は小さかったが、決意ははっきりと伝わった。

 みんながうなずく。

 名人が言った。

「でも、卵には毒を入れたんでしょう?」

「苦しまぎれの嘘でした」

 名人の肩ががっくりと落ちた。

 仕方ないよね。博士が生きているだけでもラッキーだと思わなくちゃ。

 私は聞いた。

「博士は、どうしてブルに精神をコントロールされていなのですか?」

「そうすると、ただのロボットになってしまいます。知識も技術も失なわれます」

「でも、何で人間みたいなことができるの? 猫なのに」

「変わり者は、猫にもいます」

 なるほど。

 名人がつぶやいた。

「しかしそれって、何の卵かな……?」

「見本を一つ、隠してありますが?」

「正体が知りたいわ」

 それが分かれば対抗策も考えられる……かもしれないんだから。

 私たちは、博士に導かれて部屋の隅に行った。機械の陰に押し込まれていた屑入れに、卵が入っていた。動物園で見たダチョウの卵より、はるかにでかい。

 名人が感心する。

「一年分のオムレツが作れる」

 兄貴分が面倒臭そうに言った。

「割れよ」

 乱暴ね。でも、時間がない。兵が突入してくる前に、正体を確かめなくちゃね……

 私は博士に言った。

「いいですか?」

「もちろん」

 兄貴分が重い卵を持ち上げて、落とした。一発で割れた。

 孵化が近かったらしい。生き物の形が、おおむね出来上がっている。ぴくぴくと動いていた。殻をどけると……。

 じいさんがつぶやく。

「トカゲ……か?」

 そう見える。しかし、前脚が異様に小さい。それに、これほど大きいトカゲって……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る