2
隣のドアにも鍵はかかっていなかった。与太郎を真っ先に送り込む。
しばらく息を詰めていると……。
与太郎は、子豚ほどの大きさの生肉の固まりをくわえて悠然と出てきた。
拍子抜けね。
「中には誰もいなかったの?」
「ぐるる……」
パッションが言った。
「猫がいたけど、兄さんを見て逃げちゃったんだって」
て、ことは……?
「ばか! 侵入したことバレちゃったんじゃないのさ!」
「だって、隣が調理場よ。兄さんみたいな大きな身体が見つからないはずはないわよ」
先に言ってよね、そんな大事なこと!
与太郎は平然と肉をかじっている。
じいさんが言った。
「いったん野菜置き場に退却じゃ」
与太郎を見た猫が、幻覚だと思い込んでくれればいいんだけど……。
と、廊下中にサイレンが鳴り響いた。
あちゃぁ……。そんなに都合よくいくはずないわよね。
ガスが漏れるような音がして、いきなり前に白い壁が現れた。振り返ると、後ろにも壁ができる。恐る恐る手を触れると――。
あ……! 熱い!
床から沸騰した蒸気が噴き出していた。天井に吸引されているので、壁にしか見えない。
こっちは、ほとんど裸。熱がじわじわしみる。私たちは、蒸気の壁にはさまれて真ん中に身を寄せた。汗臭い男どもとひっつくのはうんざりだが、突き抜けることはできない。
パッションがつらそうに言う。
「侵入者を閉じ込める檻よ……」
兄貴分は腹をすえたらしい――じゃない、腹がすいたらしい。
ふんと肩をすくめると、与太郎の口から生肉を取り上げた。噴き出す蒸気にちぎった肉を当て、火を通す。そして、かじった。
「いけるぜ」
逃げようがないのだ。今のうちに腹を満たすのも悪くないか。幸い、肉はみんなで食べても余るほど大きい。何の肉かは分からないけれど……。
九十パーセントやけくそで、ともかく腹ごしらえができた。
と、片側の蒸気の壁が不意に消えた。
廊下の先が、ヘルメットをかぶった猫の兵隊でうめ尽くされていた。大きさは、普通の猫。槍を持って歩くようなアニメっぽい相手でもない。四つ足で立って背中の毛を逆立て、尻尾をふくらませている。恐ろしいのは、前足に取りつけた金属製の〝爪〟だ。
爪は片足にそれぞれ二本ずつ。長さは五センチほどもある。首でも引っかかれたら、動脈を切られて一巻の終わりだ。
ふぅーっといううなり声が波のように押し寄せた。
私たちは後ずさった。しかし、背後の蒸気は消えていない。
居直った兄貴分が、ずんと前に出た。
「たかが猫が! 人間さまをおちょくるんじゃねぇぞ!」
声の大きさに、猫たちがずずっとしりぞく。腰を抜かせて座り込む奴もいる。
ありゃ? 大人数のわりには弱腰ね。
与太郎も前に出て、ぐるるとうなった。
と、パッションが言った。
「あらやだ。あいつら、脅えてる」
「え? 戦いにきたのに?」
敵が人間だと知らされてなかったのか?
パッションが首を振った。
「ううん、母さんたち裸だから」
裸……? あ! ビーストと間違えているんだ! 一気に脅した方がいいぞ!
私は、ぐわぉーと吠えた。
「私はビーストだ! 食っちまうぞぉ!」
だっと走っていくと、猫たちはさらにずりずりと後ずさった。命令の重さが辛うじて恐怖を押さえているだけだ……。
作戦に気づいたみんなが、つぎつぎに前に出る。
「僕はビーストだよ!」
「わしはビーストじゃ!」
「俺はビーストだぜ!」
「あっしもビーストでやんす!」
そのたびに、猫たちは後退した。
兄貴分がさらに身を乗り出して、小さく言った。
「わ」
隊列が崩れた。
猫たちは一斉に振り向き、だっと駆け出していく。
名人が笑った。
「軟弱な兵隊。これなら戦闘アイテムなんて必要ありませんね」
猫が去った後に、鉄の爪がぽろぽろと落ちていた。あわてたので外れたのだろう。
私は気を引きしめるために注意した。
「同じ手は二度と効かないわよ。今度は飛びつかれると思ってね」
名人は爪を拾って、刃先に指を触れた。
「痛て! これ、危いですね……」
じいさんが言う。
「奴ら、すぐに戻って来るに違いない。もっと強力な兵士を連れてな。とにかく隠れるんじゃ。安全な場所はないか?」
問いかけられたあけみが、リュックの中でわにゃにゃと鳴く。
パッションが言った。
「この調理場は地下三階。上の階に秘密の部屋があるそうよ。でも、たくさんの木がガードしていて猫の兵隊でも近づけないって」
名人が首をかしげる。
「ガード? 何を隠しているのかな……」
若造が叫ぶ。
「ブラックホール⁉」
パッションがうなずいた。
「その秘密の部屋、ブルが来るまでは宴会場だったそうよ。ブラックホールは一番上の王様の広間にあったんだけど、宴会場に移したかもしれないって……」
兄貴分が肩を怒らせる。
「それで帰れるんじゃねぇか!」
パッションはふくれた。
「ブルを放っておいて?」
名人が代弁する。
「怖いもんな」
兄貴分、ふんと顔をそむけたが、否定はしない。
じいさんが言った。
「行ってみなくては、何があるかも分からん」
結論は私が下した。
「道順は?」
*
偵察から戻ったパッションは言った。
「宴会場の入口はイバラのツタでびっしり塞がれていたわ。猫が抜ける隙間もないの」
上にのびる階段は、幹部専用のものだという。なのに、登り口には警備の兵士もいなかった。私たちを倒すために狩り出され、他の兵と一緒に逃げてしまったのだろう。
猫の忠誠心など、その程度。勝手気ままな生き物だから、恐怖や規律で縛るのは難しい。
イバラが警備している出入り口の他は、石を積み上げて塞がれてしまったという。
となると、イバラをだますしかない。
私は、一個取り出したリンゴに言った。
「作戦は分かったわね?」
パッションが言った。
「この子じゃあ、頼りにならないわ……」
「小さいんだから、しかたないわよ」
その方が作戦にも都合がいい。
「よし! 行ってきて!」
リンゴを軽く放り投げた。リンゴは、ころころとはねながら階段を上っていく。
しばらくすると、ぞぞっ、ぞぞっと、何かが地面をこする音が聞こえてきた。
動いた!
予想は当たった。私は背後のみんなに合図をした。四人は、手に鉄の爪と石を握っている。鉄爪は三十個以上も集まったのだ。私たちが使える唯一の武器だ。
果たして、作戦は通じるのか……。
いよいよモンスターとの戦いだ!
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