第四章・壮絶! 化猫城塞(ばけねこじょうさい)
1
私は神の姿を求めた。しかし……そんなもん、どこにもいないじゃないのさ!
なのに、また自信に満ちた声が湧いた。
「私はお前たちを見守ってきた。危機を救い、導いた。戦士たちよ。ブルを倒すのじゃ。そして、我が身にかけられた呪いを解くのじゃ。急がねば世界の秩序は二度と戻らぬ。この世界が狂えば、お前たちの世界も狂う。人の世界を救うためにも、ここで戦え」
「時間がないって? なぜ?」
「ブルは間もなく人間の世界に帰る。このまま出て行かれると、乱されたこの世界の秩序は永遠に残る。それを防ぐ方法は、ブルがこの世界にいるうちに倒すことだけなのじゃ」
兄貴分が落ち着き払って言った。
「あんた、ブルに呪われたんだな?」
「そうじゃ。戦う力を奪われた」
「敗けたんだろう?」
「ん?」
「へっ、それでも神だと? でかい口を叩くじゃねえ!」
「は?」
たじろいでいる。神様、ヤクザに因縁をつけられるのは初めてらしい……。
「戦えだの倒せだの、勝手なことをほざくなってんだよ、このとんちきめ!」
あわてたのはじいさんだ。
「神に向かって、なんという口を……」
兄貴分、一向に気にしていない。
「たかが猫の神様だろう? 関係ねぇな。俺は帰りてぇだけだ。ブルなんぞと……」
口ごもる気持ちは分かる。戦うのは怖いよね。私だって怖い。でも、他に方法がある?
私は言った。
「ブルはブラックホールを握っているのよ。倒さなくちゃ近づけない」
兄貴分は私を見つめた。
「は? あ、そうか……畜生め……」
若造がつぶやく。
「あきらめましょうよ、兄貴……逃げられやしませんぜ」
神がつぶやいた。
「そ、そうなんじゃな……これが。帰りたいんじゃろう? 戦うよね……?」
ばかに弱気ですこと。
兄貴分はそれでも食い下がった。
「断りもなくこんなばかげた世界に連れて来たのは、てめえか?」
「……」
神様、今度はとぼける気ね。
兄貴分は凄みをきかせた。
「忘れねぇぜ。無事にすんだら助っ人料の請求書をたっぷり回してやる」
名人がぽつりと言った。
「郵便、届かないよ」
「け! 値段もつかねぇのに命が張れるか! 極道はタダじゃぁ死なねぇんだよ!」
そんな事より、私は神に聞きたいことがあるのよ。
神の実体とは、いったい何なの――?
考えていて、リンゴの木を忘れていた。いつの間にか壁の穴に近づいていたのだ。奥に差し込んだ枝が裂け目を広げる。
どどっ! リンゴがあふれ出し、地面一杯に広がった。私たちは転がるリンゴに足を取られて、一斉に倒れた。
見ると、穴は人が通れるほどに大きくなっている。穴の先にはかすかな明かりがあり、風も吹き込んできた。
若造が叫んだ。
「やったぁ!」
私はあわてて若造の口を塞いだ。声を殺して、しかる。
「だめよ! 上はブルの城なんだから!」
聞き耳を立てた。
全部のリンゴが木にくっつくと、沈黙が戻った。やはり穴の先は食料倉庫だ。普段は誰もいない場所なのだろう。
私は、そっと神に尋ねた。
「あなたに助けを求めるには、どうすればいいのですか?」
返事がない。
あれ? やくざにからまれて気を悪くしたの? それとも、ビビった?
パッションが言った。
「消えちゃったわ……」
「話が終わってないのに?」
「神様、忙しいんじゃないの?」
ぼんやりしていると、リンゴの木に肩を叩かれた。
まだ何かご用?
パッションが通訳する。
「力を貸します、ですって」
「私たちの仲間になる気?」
木がうなずいた。枝という枝にびっしりとリンゴをぶら下げ、いかにも嬉しそうだ。
私は考えた。
「でも、木なのよ? ついて来いって言ったって、走れるわけじゃないし……」
じいさんが木に向かって言った。
「あんた、タコは集められるかね?」
木が枝を揺さぶる。イエス、ね。
じいさんが、私に考えを耳打ちした。なるほど、使える。
私はつけ加えた。
「それにマタタビの実と枝を。できるだけたくさん集めて、この洞窟に運んでおいて」
パッションが言った。
「でも、タコは水の中を通すと凍ってしまうって……」
私はうなずいた。
「いいのよ。解凍すれば生き返るでしょうから」
リンゴの木はまた枝を振った。実が二個、落ちた。
パッションが転がってくるリンゴを前足で止め、言った。
「これ、くれるんですって」
兄貴分がつぶやく。
「食えねぇぜ」
パッションが軽蔑したように言った。
「ばか。ケータイの代わりよ。この子たちに話をすれば、お母さんにも分かるの」
親子間のテレパシーだ。
「外の状況も聞ける?」
「そ。私が通訳するから」
じいさん、リンゴを取ってリュックに詰めると枝に触れた。
「ありがとう……大切なお子さんを預けてくださって……。必ず無事にお返しします」
私も一個、ポーチに入れた。
木は、ゆさゆさと枝を揺らす。そして水の中に根を這わせて巨体を沈めていった……。
木が姿を消すと名人が言った。
「ね。こうやって、味方とか道具が増えていくんです」
反論できない。
若造が言った。
「それより、食い物を。腹が減って……」
兄貴分がぼやく。
「リンゴは嫌だぜ」
当然、無視。私は壁の穴を見て言った。
「いよいよ城に突入よ……」
*
地下倉庫の中には積み上げられた野菜がぎっしり。ほとんどが青い葉っぱだ。
私はパッションに聞いた。
「果物みたいな、すぐ食べられるものはないの?」
「猫はそんなもの食べないもん。草が手には入らないときに、葉っぱが少しあればいいの。ここの野菜はもいでも腐らないから、緊急事態に備えて用意してあるだけよ」
「でも、食べられるの? こっちがかじられない?」
「レタスはドMなの。母さんもいないから、大丈夫」
私はしかたなくレタスをかじった。
「まずくはないけどね」
塩さえない。いくらダイエットになっても、これだけじゃあ空腹に耐えるよりつらい。
名人が言った。
「肉とか魚は保存していないの?」
パッションはあけみに聞いた。
「隣は肉の倉庫ですって」
兄貴分が怒る。
「早く言え! 俺は飢えてるんだ!」
野菜倉庫のドアは簡単に開いた。
廊下に顔をのぞかせる……。
石を掘った凸凹の壁。所々につけられたたいまつが辺りを照らしている。天井には、湿気が凝集した水滴が垂れている。
生き物の姿は見えない。
私の上から顔を出した名人が言った。
「いよいよゲームの世界ですね……」
「気やすく背中に触らないで」
ほとんど裸なんだから。
「あ、先生でも感じます?」
でも、だと⁉ 好き好んで裸になっているわけじゃなし。
「そんなことより、ガイド頼んだわよ」
冗談のつもりだったが、名人は真剣だ。
「任せてください」
兄貴分がせかす。
「早く、食い物!」
名人が言った。
「どんな部屋にも、たいていモンスターがいるよ。倒さないと目的の物は手に入らない」
他人事のように言ってくれること……。
兄貴分はちょっぴり尻込みしたようだ。
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