第四章・壮絶! 化猫城塞(ばけねこじょうさい)

 私は神の姿を求めた。しかし……そんなもん、どこにもいないじゃないのさ!

 なのに、また自信に満ちた声が湧いた。

「私はお前たちを見守ってきた。危機を救い、導いた。戦士たちよ。ブルを倒すのじゃ。そして、我が身にかけられた呪いを解くのじゃ。急がねば世界の秩序は二度と戻らぬ。この世界が狂えば、お前たちの世界も狂う。人の世界を救うためにも、ここで戦え」

「時間がないって? なぜ?」

「ブルは間もなく人間の世界に帰る。このまま出て行かれると、乱されたこの世界の秩序は永遠に残る。それを防ぐ方法は、ブルがこの世界にいるうちに倒すことだけなのじゃ」

 兄貴分が落ち着き払って言った。

「あんた、ブルに呪われたんだな?」

「そうじゃ。戦う力を奪われた」

「敗けたんだろう?」

「ん?」

「へっ、それでも神だと? でかい口を叩くじゃねえ!」

「は?」

 たじろいでいる。神様、ヤクザに因縁をつけられるのは初めてらしい……。

「戦えだの倒せだの、勝手なことをほざくなってんだよ、このとんちきめ!」

 あわてたのはじいさんだ。

「神に向かって、なんという口を……」

 兄貴分、一向に気にしていない。

「たかが猫の神様だろう? 関係ねぇな。俺は帰りてぇだけだ。ブルなんぞと……」

 口ごもる気持ちは分かる。戦うのは怖いよね。私だって怖い。でも、他に方法がある?

 私は言った。

「ブルはブラックホールを握っているのよ。倒さなくちゃ近づけない」

 兄貴分は私を見つめた。

「は? あ、そうか……畜生め……」

 若造がつぶやく。

「あきらめましょうよ、兄貴……逃げられやしませんぜ」

 神がつぶやいた。

「そ、そうなんじゃな……これが。帰りたいんじゃろう? 戦うよね……?」

 ばかに弱気ですこと。

 兄貴分はそれでも食い下がった。

「断りもなくこんなばかげた世界に連れて来たのは、てめえか?」

「……」

 神様、今度はとぼける気ね。

 兄貴分は凄みをきかせた。

「忘れねぇぜ。無事にすんだら助っ人料の請求書をたっぷり回してやる」

 名人がぽつりと言った。

「郵便、届かないよ」

「け! 値段もつかねぇのに命が張れるか! 極道はタダじゃぁ死なねぇんだよ!」

 そんな事より、私は神に聞きたいことがあるのよ。

 神の実体とは、いったい何なの――?

 考えていて、リンゴの木を忘れていた。いつの間にか壁の穴に近づいていたのだ。奥に差し込んだ枝が裂け目を広げる。

 どどっ! リンゴがあふれ出し、地面一杯に広がった。私たちは転がるリンゴに足を取られて、一斉に倒れた。

 見ると、穴は人が通れるほどに大きくなっている。穴の先にはかすかな明かりがあり、風も吹き込んできた。

 若造が叫んだ。

「やったぁ!」

 私はあわてて若造の口を塞いだ。声を殺して、しかる。

「だめよ! 上はブルの城なんだから!」

 聞き耳を立てた。

 全部のリンゴが木にくっつくと、沈黙が戻った。やはり穴の先は食料倉庫だ。普段は誰もいない場所なのだろう。

 私は、そっと神に尋ねた。

「あなたに助けを求めるには、どうすればいいのですか?」

 返事がない。

 あれ? やくざにからまれて気を悪くしたの? それとも、ビビった?

 パッションが言った。

「消えちゃったわ……」

「話が終わってないのに?」

「神様、忙しいんじゃないの?」

 ぼんやりしていると、リンゴの木に肩を叩かれた。

 まだ何かご用?

 パッションが通訳する。

「力を貸します、ですって」

「私たちの仲間になる気?」

 木がうなずいた。枝という枝にびっしりとリンゴをぶら下げ、いかにも嬉しそうだ。

 私は考えた。

「でも、木なのよ? ついて来いって言ったって、走れるわけじゃないし……」

 じいさんが木に向かって言った。

「あんた、タコは集められるかね?」

 木が枝を揺さぶる。イエス、ね。

 じいさんが、私に考えを耳打ちした。なるほど、使える。

 私はつけ加えた。

「それにマタタビの実と枝を。できるだけたくさん集めて、この洞窟に運んでおいて」

 パッションが言った。

「でも、タコは水の中を通すと凍ってしまうって……」

 私はうなずいた。

「いいのよ。解凍すれば生き返るでしょうから」

 リンゴの木はまた枝を振った。実が二個、落ちた。

 パッションが転がってくるリンゴを前足で止め、言った。

「これ、くれるんですって」

 兄貴分がつぶやく。

「食えねぇぜ」

 パッションが軽蔑したように言った。

「ばか。ケータイの代わりよ。この子たちに話をすれば、お母さんにも分かるの」

 親子間のテレパシーだ。

「外の状況も聞ける?」

「そ。私が通訳するから」

 じいさん、リンゴを取ってリュックに詰めると枝に触れた。

「ありがとう……大切なお子さんを預けてくださって……。必ず無事にお返しします」

 私も一個、ポーチに入れた。

 木は、ゆさゆさと枝を揺らす。そして水の中に根を這わせて巨体を沈めていった……。

 木が姿を消すと名人が言った。

「ね。こうやって、味方とか道具が増えていくんです」

 反論できない。

 若造が言った。

「それより、食い物を。腹が減って……」

 兄貴分がぼやく。

「リンゴは嫌だぜ」

 当然、無視。私は壁の穴を見て言った。

「いよいよ城に突入よ……」


          *


 地下倉庫の中には積み上げられた野菜がぎっしり。ほとんどが青い葉っぱだ。

 私はパッションに聞いた。

「果物みたいな、すぐ食べられるものはないの?」

「猫はそんなもの食べないもん。草が手には入らないときに、葉っぱが少しあればいいの。ここの野菜はもいでも腐らないから、緊急事態に備えて用意してあるだけよ」

「でも、食べられるの? こっちがかじられない?」

「レタスはドMなの。母さんもいないから、大丈夫」

 私はしかたなくレタスをかじった。

「まずくはないけどね」

 塩さえない。いくらダイエットになっても、これだけじゃあ空腹に耐えるよりつらい。

 名人が言った。

「肉とか魚は保存していないの?」

 パッションはあけみに聞いた。

「隣は肉の倉庫ですって」

 兄貴分が怒る。

「早く言え! 俺は飢えてるんだ!」

 野菜倉庫のドアは簡単に開いた。

 廊下に顔をのぞかせる……。

 石を掘った凸凹の壁。所々につけられたたいまつが辺りを照らしている。天井には、湿気が凝集した水滴が垂れている。

 生き物の姿は見えない。

 私の上から顔を出した名人が言った。

「いよいよゲームの世界ですね……」

「気やすく背中に触らないで」

 ほとんど裸なんだから。

「あ、先生でも感じます?」

 でも、だと⁉ 好き好んで裸になっているわけじゃなし。

「そんなことより、ガイド頼んだわよ」

 冗談のつもりだったが、名人は真剣だ。

「任せてください」

 兄貴分がせかす。

「早く、食い物!」

 名人が言った。

「どんな部屋にも、たいていモンスターがいるよ。倒さないと目的の物は手に入らない」

 他人事のように言ってくれること……。

 兄貴分はちょっぴり尻込みしたようだ。

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