私の軽乗用車は満員だった。

 名人と、途中で拾った健吉じいさん、それに猫三匹。与太郎は、後ろででっかい図体を丸めて寝息を立てている。箱を見たら潜り込む猫だから、狭い場所に不平は言わない。

 じいさんには、亭主のアドレス帳を見て連絡した。『山奥だが、来い』という。

 こっちの不手際で怪我をさせたことを謝らなければならないし、組の情報も欲しかった。砂金掘りが生きがいの年寄りなら、組のやり方には精通しているはずだし。案の定、親分の居所を知っていた。しかも頼みもしないのに、協力を申し出てくれた。

 じいさん、与太郎を見ていきなり笑ったのだ。

「いやあ、あんたの宝猫かい! 豪気だね! そっちは、しゃべくるのかい! たまげたね! そのちっこいのは? なに、金の糞をたれると! おお、旦那さんが持って来なすった金はそれじゃったのか! 道理で妙な形をしておった。まさしく宝猫じゃな!」

 あんまりうれしそうなんで、ついなにもかも話してしまった。ヤクザに指を折られたというのに文句一つ言わない。直っているからと、治療費も受け取らなかった。

 パッションも、じいさんには始めから気を許していた。猫の直感は信じていい。

 聞けば、永年連れ添った白猫がいて、砂金を掘る場所を教えてくれたそうだ。白猫は半年ほど前に死んだという。じいさんは、どんな猫にも超能力があって、気に入った主人のために力を振り絞ると決めつけていた。物理や生物学の常識が叩き壊されても知らん顔だ。

「話は分かった。わしも奴らのやり口には腹を立てておった。ひとつ、鼻っ柱をへし折ってやろうじゃないか。お宝猫が三匹もついておれば三下ヤクザなんぞ屁でもないわ」

 じいさん、古ぼけたデイパック――いや、山菜取り用のリュックを持ち出してきた。

「何ですか、中身は?」

「サバイバルキット」

 ということで、即席の特攻隊が出来上がった。標的は組の親分。親分なら、一応の脳味噌はあるはずだ。拳銃使いを追い払った手をもう一度使えばいい。


         *


 夜明けを待った。初めての場所だから、暗くては動けない。明け方なら警備もゆるむ。

 高台から、じいさんの双眼鏡で偵察する。薄明かりの中でも充分な情報が得られた。

 豪勢な屋敷だ。だだっ広い敷地を、松やら苔のついた岩やらで庭園に仕立てている。池にはニシキゴイが泳いでいるにちがいない。北海道には珍しい、瓦葺きの屋根。門の柱や板塀にも高価な材料をつぎ込んでいるらしい。

 組は、表向きは土建業者の体裁を整えているという。議員とのつながりもそこから生まれたのだろう。実際の資金源は、カニの密漁とヒメマスの闇販売。そして、お定まりの博打や薬物。昔から荒くれの多い土地柄だから客に不自由したことはないそうだ。

 五人がかりの襲撃に腹を立て続けていた名人は、腕まくりをして気勢を上げた。

「どこから突っ込みます?」

 じいさん、なかなか冷静だった。

「一度、屋敷に入ったことがある。寝室は北側のはずじゃ。裏口をぶち破って車を乗りつけ、窓から与太郎君を入れてやろう」

 与太郎がヒゲを震わせてうなずく。

 パッションが私の胸にすり寄った。

「ねえ、私も行っていい?」

 意外だった。

「怖いのは嫌いじゃなかったの?」

「兄さんがいれば平気。しゃべっていいんでしょう?。言ってやりたいこともあるし」

 分かる分かる。猫でも、女は好奇心旺盛、そしておしゃべり好きなわけだ。

「怪我、しないでね」

「はい」

 名人。

「僕の出番は?」

「雑魚は任せるわ。でも、無理はしないで。ボスを脅す時間を稼ぐだけなんだからね」

「ヤッパぐらいならかわせます」

「銃に気をつけてね」

 じいさん、卯月の腹をこね回してにやついている。糞をひり出させる気?

「ご協力、恩に着ます。うまくいったら、お礼も、ね」


         *


 目指す門に車を向けた。直線道路の距離は約二百メートル。クラッチをつなぐ。

「行くわよ!」

 非力なエンジンを精一杯吹かし、裏口の木戸に激突。門は呆気なく倒れた。同時に、周囲にうおーっという雄叫びが広がった。木や岩の陰からヤクザたちが湧き出る。その数――一度に数え切れないほどじゃないさ!

「待ち伏せよ!」

 先頭に立っているのは漫才コンビ。縛った縄を解いて、親分警護に駆けつけたんだわ!

 兄貴分が横から車にしがみついた。ボンネットに乗って叫ぶ。

「ぶっ殺してやる!」

 でっかいスパナでガラスが割られた。あわててハンドルを切って、岩にぶつかる。

 割れた窓から何かが放り込まれた。

 金属の玉。握り拳の大きさで、パイナップルの模様――。う、うそ……なんで⁉

「手榴弾! 逃げて!」

 全員、転がり出た。よたが飛び出したドアを名人が閉めた途端に、車が爆発した。轟音に頭が痺れる。運良く、砕けたガラスや破片は届かなかった。手榴弾で一番危険なのは、飛び散る金属片だそうで。

 ルール違反でしょうが! 素人相手に!

 燃える車の反対側に回った。じいさんと名人を守るように、与太郎が立ちはだかっている。私もその陰に駆け込んだ。

 パッションがむくれる。

「話が違う」

「ごめんね。みんな、いる?」

 男たちは揃っている。

 卯月は……? いない!

「逃げちゃったわよ。あの、いくじなし」

 そう言うパッションだって、赤ちゃんの頃は雷に脅えて床下に走り込んだじゃない。

「昔のことよ」

 もう警察にすがるしかない。ウエストポーチからケータイを――ありゃ。真っ二つ……。

「誰か、ケータイを!」

 爺さんと名人が同時に握ったアイフォーンを見せる。二つとも、モニターが砕けていた。 うっそぅ! 戦うしかないってか⁉

 私はガーバーのハンティングナイフを握りしめた。釣り好きの亭主の道具箱から持ち出したもので、使ったことはないけど……。

 与太郎が押し寄せてくるヤクザに向かって、ふうーっと毛を逆立てる。肝をつぶしたヤクザは、ドスを振り回しながら、どどっと引き下がった。

 漫才コンビが冷汗をかきながらも前へ。

 年下が言った。

「化け猫め、極道の恐さを思い知れ!」

 手榴弾を投げようとかまえる。

 そんな物、いくつ持ってるのさ⁉

 与太郎が跳んだ。

「だめ!」

 与太郎に押し倒された漫才師の手から、手榴弾が転がる。兄貴分の足もとへ……。

「ば、ばか!」

 拾って、こっちに投げやがった。

「ば、ばか!」

 あわてた私は両手で投げ返した。

「ば、ばか! わ! わ! わ!」

「わ! わ!」

「わ!」

 行ったり来たりしているうちに、手榴弾は空中で爆発した。

 なんてこった……。

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