玄関には、人相の悪い二人組。人相の悪さを看板にしているぐらいだから、小物だ。

 いきなり馴れ馴れしい。

「先生……いろいろ情報をつかんだぜ。じっくり話を聞かせて欲しいな」

 凄んでいるつもりだろう。

「私ね、先生と呼ばれると気分が悪くなるの。まずは、そういう情報をつかんでね」

「これはすまなかった。ゆっくり謝らせてくれ、中でね。お美しい奥さま」

「初めてお目にかかる方は、招待しないのよ。おばあちゃんの遺言で」

 年下の方が意気がる。

「旦那さん、大胆だよね。俺たちのシマで堂々と売りさばいたから、親分、機嫌を損ねちゃってさ。一言あいさつがあれば良かったのにねぇ。埋蔵金、まだあるんだろう?」

 兄貴分も笑う。

「健吉に本物だと確認させてから警察に届ける……。計画的だものな。あれっぽっちで全部ってことはないよね」

 金にからんだ事ならそこそこ頭も働くのかもしれない。問題は、こいつらのボスが政治家や警察にまで影響力をもっているかどうか、だけど……。

「あなたたちなの? 健吉さんに怪我をさせたっていうのは」

 年下が、いひひと笑う。

「じいさん、なかなかの根性していたぜ。小指を折ってやったが白状しなかった――」

「黙れ! ノータリン!」

 兄貴分に怒鳴られて首をすくめた。

「だって……」

 兄貴分は子分を思い切り張り飛ばす。そして、自分の手を気味悪そうに見た。

「甘ったれるな、オカマ野郎……」

 年下はオカマと呼ばれ、うっとりと兄貴分を見上げた。

 素人漫才ね。だが、言質は取れた。階段の上に隠したカメラがしっかり録画している。

 健吉じいさん、亭主を〝売った〟のではないらしい。

 私は言った。

「なぜうちの人だと分かったの?」

「砂金の動きには敏感なんだよ、昔から」

 貴金属店の親父か。じいさんの後でも尾けたにちがいないわ。

「ところで、あなたたちが何者だか聞いていないわね。どこの組かしら?」

「じいさんに聞け」

「誰に言われて来たの? あなたたち二人の考えじゃないんでしょう?」

 兄貴分が肩を怒らせる。

「組の代表さ。埋蔵金、出すのか?」

「残っていないし、あなたたちにあげる理由もないし……」

「安全保障って言葉、知ってるよね」

 作家が相手だと知って背伸びをしたようね。予習の成果はうかがえますけど。

「従わなければ、どうなるのかしら?」

 兄貴分は年下の頭を叩いた。

「こいつ、女に目がねぇ。実は、あんたに惚れちまったようなんだ……」

「オカマじゃなかったの?」

 兄貴分はうろたえた。年下を小突く。

「てめえがべらべらしゃべるからだ!」

「ばらしたのは、兄貴ですぜ」

「るっせぇ」

「だって……」

「口答えするな!」

 割って入った。

「で、何の話だったっけ?」

「え? あ、てめえのことだよ。こいつは――じゃなかった、俺は女に目がねぇ!」

「いいわよ。ファンは多いほうがにぎやかだもの。私に手さえ触れなければ、ね」

「手下みんなでかわいがってやるって言ってんだ! ガキもただじゃぁすまねぇぞ!」

「それって、脅迫?」

「当たりめぇじゃねぇか! そんな事もわかんねぇのか! ぼんくらめ!」

 うわぁ! 期待以上!

「分かったわ。知り合いと相談してみる」

「サツにチクったら、ただじゃおかねぇぞ!」

「それも、脅迫?」

「いちいち分かんねぇスケだな、このトンチキが!」

「ちょっと待っててね、すぐすむから」

 奥から警察署長が現われた。

「相談の必要もないでしょう」

 二人は制服に仰天して二歩しりぞいた。

「あ! ぼ、ぼくたち……か、帰ります!」

 逃げ足は早い。しかし後ろは、二人の巡査が塞いでいる。

「げ!」

「あ……兄貴ぃ……」

「しがみつくな! 気色悪い!」

 呆気ない幕だこと。


         *


 その夜に襲撃されるとまでは考えていなかった。目が覚めると、鼻先に銃口が……。

 押し殺した男の声。

「若い者が世話になった。金塊を出せば穏便にすまそう」

 金塊はどうでもいいけど、出所が卯月の尻の穴だと悟らせるわけにはいかない。

「不法侵入、銃刀法違反、殺人未遂……。あなたもブタ箱が好き?」

「警察はまだ宴会の最中だ。あんたの手柄を肴にして、な」

 私は参加を断わった。それを知っているということは、内通者がいるわけか……。

 ベッドの横を探る。亭主がいない。

「旦那は⁉」

 男があごをしゃくる。

 闇に目が慣れてきた。

 部屋の隅で、さるぐつわを噛まされた亭主がひざを抱えていた。恐怖に見開かれた目が月明かりに光る。

「子供は?」

「子供部屋のドアを塞いだだけだ。逆らえば、それだけじゃすまねえ」

 男は一人。経験豊富なプロに決まっている。家族を守るのが先決よね。

 パッションはベッドの隅で耳を立てている。

〝与太郎を呼んで。脅かすだけでいいのよ。歯形なんか残したら大騒ぎになるから〟

 パッションはそろそろとベッドを下りた。

 男が素早く銃を向ける。

「撃たないで! 猫よ!」

 ひっと息を呑む音が聞こえた。

「ね、猫?」

 こわ張っているの?

「お嫌いかしか?」

「馬鹿言うんじゃねぇ。ほら、さっさと金塊を出さねぇか!」

 私はとぼけた。

「まだ外に埋まっているのよ」

「こんなに評判になっているのにか? 金庫にもしまわねぇお人好しがいるもんか」

 こいつ、前に来た二人組ほど馬鹿じゃない。それなら、理屈も通じるはずね。

 廊下でことりと音がした。屋根裏で眠っていた与太郎が降りたのだ。

「後ろを見なさい」

「だまされねぇぜ」

 パッションに命じた。

〝絶対に傷をつけないでね。銃を奪って、脅かすだけよ〟

 パッションが、うにゃにゃにゃと鳴く。与太郎に説明しているのだろう。

 与太郎が音もなく男の背後に近づき、いきなりぐるぐると喉を鳴らした。

 振り返った男は硬直した。

「ぎゃ!」

 にじり寄る与太郎に押されて、壁に張りつく。銃が落ちた。

「な、な、な、な、な……」

 私はベッドを降りて、銃を拾った。グリップの指紋を消さないように銃身を握る。

「何だこいつは、と言いたいの?」

「あ、ああ……」

「何に見えて?」

「虎……い、いや、猫……か?」

 亭主のさるぐつわを外しながら言った。

「常識がないわね。こんなにでっかい猫、いるわけがないでしょう?」

「じゃあ、何なんだ⁉」

 男は身をよじり、壁に爪を立てて登ろうともがく。

 私は亭主に言った。

「警察を呼んで」

 男がうめく。

「てめえ……」

「与太郎。なめてやりなさい。そっとね」

 与太郎はぐるるとすり寄った。

「や、やめてくれぇ!」

 案の定、猫アレルギーね。

 与太郎は壁に前足をついて、男の鼻先をぴちゃっとなめた。

「ひ!」

 小便を漏らされては後始末が面倒だわ。

「よた。もういいわ」

 男は腰を抜かした。早くも鼻水を垂らして、ぐしゅぐしゅいっている。

 私はできるだけ冷静に言った。

「あなた、大物よね? 金で雇われたプロかしら? なら、覚悟はできているわね」

 お、ハードボイルド!

 与太郎は、鋭い牙をきらきらさせて笑っている。猫が笑う? そうとしか見えない。

「て、てめえ……」

「どうあがいても逃げられないわよ。ブタ箱に入らなかったら、金塊を横取りしたと思われるでしょう? 組に追われるわよ。猫のこと話そうものなら、結果はもっと悲惨ね」

 パッションが男の肩に飛び乗る。

 男はうめいた。

「あ……だめ……。や、やめて……」

 パッションは頬ずりをしながら言った。

「虎みたいな猫だとか、しゃべる猫だとか……そんな事口走ったら一生病院暮しよね」

 男の口がぱっくりと開いた。

 私はほほえんだ。

「何か聞こえたかしら? まさか、猫がしゃべった、なんて言わないでね」

「ば……ば……ばかな……」

「あなた、気が違ったのよ。だから、人には話さないことね。日本の精神病院は刑務所よりつらいところらしいから……」

 パッションが猫なで声で言った。

「いい子にするのよ。私も黙っててあげるからさ」

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