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警察署長は、自分の机の上に、でんと壷を置いた。
取材には何度も来たから、顔なじみのオヤジだ。いつも偉そうにふんぞり返っている自分の城――署長室に陣取っているのに、緊張を隠せない。しかも、脂汗が臭う。
報道陣のカメラには、それほどの威力があるのだ。
署長は舌をもつれさせた。
「……これが、その、問題の壷でして……中には……その……時価五千万円相当の……その……金塊が……」
掘り出したのは私だ。マスコミにはそう信じ込ませなくちゃね……。
前置きなしに割り込んだ。
「いやあ、驚きましたわ。家庭菜園を作ろうと思って庭を掘ったら、こんな物が出てきたんですから。猫が『そこを掘ってみろ』というもので……きゃはは」
壷には昨日まで梅干しが入っていた。中身はせっせと貯めた卯月のウンコ。
記者の一人が言った。
「猫が?」
「ここ掘れニャンニャン」
どっと笑いが起こる。
これでつかみはOKね。
「埋蔵金でしょう? 誰が残したものか分かりませんか?」
「じっくり調べてみます。壷は江戸中期のものらしいんですが……」
「この辺りには義経伝説がありますよね?」
「伝説というより、空想――願望と言った方が正しいかな。そんなに古い壷ではないし」
でも、古いことは古い。ばあさんの形見ですから。
「小説の種ができましたね」
思わず口走った。
「嬉しいですね。作家だと知っていていただいて」
その記者も嬉しそうにうなずいた。
「職業柄、些細なことでも知っておかないといけませんので」
どうせ『些細な作家』ですよ。
署長は話を取られて不機嫌だ。テーブルの緋色の座布団に、いきなり中身を空けた。
「こ、これが問題の……」
緊張でかすれた署長の声は、うおぉーという歓声にかき消された。
一斉に質問が飛ぶ。
「本物と確認されたんですか?」
「全部で何個?」
「重さは計りましたか?」
「触っていいですか」
「一個下さい」
「妙な形をしていますね」
最後の質問に答えた。
「地面に穴を掘って、溶かした金を流し込んだんだと思います。当時はそんな精製法があったんじゃないでしょうか。元はこの辺りで集めた砂金でしょう」
署長の脇では、隣り街の貴金属店の親父と銀行の支店長が澄ましていた。金塊はすでに買い取られ、現金は銀行に納まっている。
支店長がアタッシュケースをテーブルに乗せ、鍵を開く。
署長がうなずく。大袈裟な咳払い。
「皆さん、お静かに。ここに……四千万円あります。埋蔵金を処分した一部です。これは先生のご好意で、町の福祉施設に寄贈されることになりました……」
好意でするんじゃありません。しないと不自然だから、するんです。下心もあるし。
「そんなに⁉ 気前がいいですね。町議にでも立候補するんですか?」
さっきの記者だ。つまらなことばかり勘繰って。鼻の先で笑ってやった。
「小説が忙しいから無理ですね。生活はそっちの稼ぎやっていけるし。きゃはは」
亭主が東京の雑誌にイラストを描いて生活費に当てていること知らなきゃいいけど……。本当は、共稼ぎでかつかつなんだ……。
「たしかご主人はイラストレーターじゃ?」
本当に些細なことまでご存じですこと。
*
ぐったり疲れて家に戻ると、みんな呑気に眠りこけていた。
与太郎がリビングの真ん中にでれっと寝そべり、他の奴らは思い思いの場所を枕にしている。亭主の頭が前足に乗り、いずみは短い尻尾に。つばさが、ふさふさの腹に潜り込むように寝返りをうった。パッションは卯月と並んで背中に乗っている。
のどかな光景ね。一週間も緊張が続き、みんな疲れ切っているんだわ。幸い、秘密は今のところもれていない。
では、私も一眠り……。
と思ったとたん、壁の電話が鳴った。
「埋蔵金を掘り当てたんですって⁉」
前置きもなしにしゃべり出す奴は一人しか知らない。
「情報が早いわね。記者会見、終わったばかりなのよ」
「テレビ局で小耳に挟んでね」
「またアイドル歌手の控え室をのぞき見していたの?」
こいつ、それで札幌に飛ばされて来た成績不良編集者だ。趣味は追っかけとコンピューターゲーム。『名人』という古風な名を戴く、ゲーセンの〝顔〟らしい。がりがりに痩せているくせに、柔道黒帯という不釣合な芸もある。周辺の評価では、相手の力を利用する技がこずるいまでに優れているという。SFオタクの現実不適合者ですね。
どうして地味なミステリーしか書けない私につけられたのかって? 担当者と口論してチョップを入れた短気な女にはお似合いだって、誰かが気づいたんでしょう、きっと。名人も私も、東京を離れて、初めて本当の自分に気づいたという共通点がある。
「仕事ですよ、インタビュー取るのも。宴会、いつですか」
「ご愁傷様。当分、マチには行かないわよ。原稿はメールで送るから」
いろいろあったんでやっつけ仕事だが、与太郎との夜の散歩がやめられないから仕方ない。最近は子供たちに与太郎の占有権を奪われた感もあるけど……。
「どうでもいいんだけど、原稿なんか」
どうせ〝なんか〟でしょうとも。二度もお倉に突っ込みやがって。あんたになんかにミステリーが分かってたまるものですか。奇抜さ以外に判断の基準を知らないんだから。社会性とか情緒とかいう単語を、盆暮れぐらいは吐き出してみなさい。
とはいえ、憎めない男なのだ。家族は猫を含め、みんなこいつが気に入っている。
「行けない理由があるのよ」
「先生が来られないなら、僕が行っちゃいますよ。ススキノの奇麗どころを揃えてマイクロバスで。あ、先生にはホストクラブのナンバーワンをご用意いたしまして……」
こいつにだけは『先生』を許している。『そう呼べないと編集者だという自覚がなくなる』と編集長から泣きつかれたからだ。
「じゃあね」
返事を待たずに受話器を置いた。
亭主が、とろんとした目で見上げる。
「帰ってたのか……。ごめん。さっきまで仕事してたから……」
「いいのよ。私も少し寝たい」
と、また電話。
馬鹿もん! 宴会は、ない!
電話の相手はもごもごと言った。
「あの……旦那様、いらっしゃいますか……隣り街の健吉だといえば分かるかと……」
健吉? どこかで聞いたことが……あ、そうだ。受話器を手で塞ぐ。
「砂金掘りのじいさんよ」
亭主はぼんやりと立ち上がった。
「何だ? 電話、教えてないのに……」
彼は眠そうな目をこすりながら受話器を受け取った。
「はい。私ですが……」
亭主はしばらく話を聞き、うめいた。
「まさか……」
青ざめている。
「わざわざありがとう。気をつけます」
電話を切った亭主は脅えていた。
「貴金属店から埋蔵金の話を聞いたそうだ。健吉さん、何日か前に襲われたんだって……」
「襲われた……? 誰に⁉ 金のせい⁉」
「二人組のやくざ。どこで砂金が出たのか教えろって脅されて……」
「で、何と答えたの⁉」
「僕のことは黙っていたって……」
「信用できるの?」
「うん、健吉さんはね。でも、そのヤクザがあっちこっち聞き回っているらしくて……。僕のこと、知られたかもしれないそうだ」
いつかは……とは思っていたけど、早すぎる。奥の手を出すしかない。さっそく署長に四千万円の〝仕事〟を発注しよう。
電話に手をのばしたとたん、またベル。
二人でびくんとはね上がってしまった。
「ねえ先生、宴会――」
「くたばれ!」
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