第5話 退職

 私の退職の仕方はあまり褒められたものではない。そもそも退職して良かったのかと未だに自問自答することがある。私の前職場は数年間なら病休でも在籍が可能だった。専業主婦になり少し回復した今では、もっと図々しく居座って金をむしり取るべきだったのではと思える時もある。しかし当時の私にはそんなことができなかったので退職は仕方なかったのだ。そう思うしかもうない。

 私のいた部署は新入社員の私以外が忙しいところだった。私はできることが少なく、誰でもできるような仕事を淡々とこなすしかなかった。ここの前に勤めていたところが業務中はずっと忙しいところだったため、そのギャップにかなり苦しんだ。そして私が無能だから仕事がないのだという曲解した結論にたどり着いた。職場の人達は良い人ばかりだった。上司は面談で私を褒めてくれた。それでも私はその言葉を素直に受け止めることができなかった。優しいから気を遣ってくれているんだなと本気で考えていた。今ではどうして当時はあんなに卑屈だったのかと思う。

 病休に入っても心は全然休まらなかった。いつも職場のことを考えていた。私が担当していた業務は多くはないが、元々忙しい人々にさせるのは本当に申し訳なかった。仕事をしていないのに給料が支払われるのも申し訳なかった。正社員とはそういうものなのだが、当時はただただ辛かった。だから夫に仕事を辞めさせてくれと頼み込んだ。夫はなかなか了承してくれなかった。それでも私は必死に頼んだ。夫が折れる形で私は退職することになった。

 退職したい旨を当時の職場に連絡した。電話はできないので勿論メールだ。唐突に病休に入ってしまったため、私物が沢山置きっぱなしになっていた。元々の話では職場に私物を取りに行くことになっていた。電車には乗れないのでタクシーか1時間ほど歩いて職場に行こうと思っていた。約束の日が近づき、行くのは精神的に無理だと思った。体調が悪いので行けないと職場に連絡し、荷物は着払いで送ってもらった。何もかもが申し訳なかった。一応職場にはお詫びとお礼のお菓子を郵送した。 

 そうして私は専業主婦となった。幸い、夫に退職を粘られたおかげで傷病手当をもらうことができた。

 晴れて専業主婦になれたが、希望が叶って幸せかというとそうでもないのが難しいところである。しかしたまにネットで配偶者が鬱で仕事を辞めたというような話を見かけると仲間を発見した気分になり嬉しい。それもあって私はこんなことを書き記しているのかもしれない。

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