第2話 結婚式前後
抑うつ状態の診断を受けたあの日、2ヶ月後に結婚式を控えていた。結婚式を中止することも考えた。しかし時期が時期なのでキャンセル料はかかるし、招待客への案内も大変だ。それにもしかしたら結婚式が良い転機になるかもしれない。私の当時の職場方面の招待だけ取り止め、それ以外は予定通り式を行うことにした。
「結婚式の準備は大変でしょ?」
と今でも言われるが、私にはあまり記憶がない。元々結婚式のイメージが固まっていたのもあるし、病気になるずっと前にいくつか準備をしていたのもあるだろう。
唯一大変なこととして覚えているのは、席次表作りだ。席次表は節約のために自分たちで作って持ち込む予定だった。しかし実際に作るのは大変面倒で、私はそんな作業をできる状態ではなかったし、夫は仕事が忙しかった。そんな夫に席次表の作業をさせるのがとても辛く、会場に依頼しようと夫に頼み込んだ。私が泣いて頼み込み、席次表は会場で用意してもらうこととなった。
他に思い出すことといえば、衣装合わせを楽しめなかったことだろうか。どんなに綺麗なドレスを着ても鏡に映る自分の顔はそのまま、ブスだ。衣装合わせのためにメイクをするのも苦痛だった。付き添いの母がやたらと色んなドレスを勧めてくるのも辛かった。幸いだったのは数少ない似合うドレスをすぐに見つけられたことだろう。
打ち合わせ以外は多分ずっと家にいた。ベッドの上で1日を過ごしていた。流石にシェービングやまつエクはしなければならないと思い、歩いて行ける範囲の店で行った。ネイルは自分でマニキュアを塗った。
結婚式自体は今思えばとても楽しかった。しかし当日は緊張も感動も泣くこともなくただ介添さんの言う通りに動いた。
結婚式が終わると人事から電話がかかってきた。
「結婚式も終わったし、そろそろどうかなと思って」
確かこんなことを言っていたと思う。どうやら前回、結婚式がプレッシャーになっているという話をしたらしい。それで様子を聞きに連絡をしてくれたそうだ。
「まだ調子が悪くて」
とりあえず働けない旨の返答をした。それと、これくらいの頃だろうか。電話でのやり取りはメンタル的に難しいのでメールにしてくれとお願いをした。すぐに返答するのも難しいし、電話がかかってくるということが怖かった。
結婚式が終わるとともに極端なダイエットも終わりを迎えた。しかし食欲はないし、料理をする気力もないため毎日フルーツグラノーラを食べていた。医師には
「タンパク質をとりなさい」
と言われたが、たまに納豆を食べるのが精一杯だった。
電車に乗るのが辛く、病院へは片道30分ほど歩いて行った。夫に何度か
「一緒に行こうか?」
と聞かれたが、当時はせっかくの夫の休みをそんなことに使わせるわけにはいかないと思い頑なに拒否した。
通院は最初毎週で途中から2週間に1回になったと思う。職場からは毎週調子を伺うメッセージが来た。私はそれに返答するのが辛かった。調子なんて良くないし、そんなすぐに変わらないし、死にたいですなんて職場の人に言えない。しかし前回と同じ返答もできない。職場への報告には毎回頭を悩ませた。
きっとそれもあって私は退職したいと思ったのだろう。最大の理由は在籍だけして仕事に出られないことだ。いつもいつも考えていた。私が辞めれば代わりの人員を入れられるのでは。仕事ができないのにお給料だけもらっているなんて。
自宅から病院に向かう途中に隅田川がある。それにかかる大きな橋を渡る。その度に死ぬことを考えていた。マフラーを橋にくくりつければ首吊りができるのでは。オーバードーズして川に飛び込めば死ねるのでは。今思うとなんてことを考えていたんだと思うが、数ヶ月はそんな日々を過ごしていた。
結婚式を終えたばかりの新婚さん。本当は幸せ絶頂のはずなのに。夫に申し訳なくて仕方がなかった。
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