年越しのじゃないよ? カウントダウン1

「……ちょー仲良いんですね、小鳥遊センパイと。もうキスしちゃうくらいの距離感でしたよね、あれ。いつもあんな感じで接してるんですか? センパイは」


「い、いや? あれはその、あれだよ……チョコバナナクリーム食べたい衝動がああさせたんだよ――普段はもっと適切な距離保ってるからね? ほんとだよ?」


 言ってて自覚する、これは苦し紛れの言い訳だと。いや、言い訳にすらなっていない。ジト目で見てくる緑川の冷たい顔つきがそう雄弁に語っている。


 一方、羽崎は険のある表情で俺を睨み、緑川に続いた。


「目黒川君。今日、ここになにをしに来たのか、ちゃんとわかってる? 理由はどうあれ、あんなものを見せられたら気分悪いわ……私の気持ち、知ってるでしょ?」


「どうして羽崎センパイが気分悪くなるんです? それに私の気持ちってなんですか? どういう立場から言ってるんですか?」


 羽崎の言に緑川が食いつく。捲し立てるような質問の連続が、俺の目には攻めている風に映る。でもそれは事の詳細を知っているからであって、彼女からしてみれば覚えた違和感を口にしてるだけに過ぎない。


 確実に言えることは――羽崎に答えさせてはいけないということだ。


「――へいへーいッ! ちょっと変な空気になりつつあるからさ、ここいらで換気してさ、んで――盛り上がってこーぜーッ! イエエエエエイッ!」


 俺は二人の間に割って入り、勢いで誤魔化そうとおどけて見せた……が、


「邪魔ですセンパイどいてください」


「そこをどきなさい目黒川君」


 見事なまでに邪魔者扱い。空気を読め、そう雰囲気から嫌というほど伝わってくる。


「い、いやぁ……こ、ここさ、中々に居心地いいから……ちょっと、どくのは無理かなあ……なんて……アハ、アハハハ……」


 空気なんて読んでいられない、つか読んじゃいけない。ここは絶対死守する、譲るものか。仮にどちらかが場所を移そうと提案してもおなじこと、俺も間に入ったまま一緒に付いていくまで。


 上手く笑えてる気がしない。きっと引きつったぎこちないもになっているはずだ。羽崎と緑川、交互に笑顔を送っているが返ってくるのは冷たい視線だけ。


 精神衛生上よろしくない状況だが、それでも俺はピエロの仮面を外さない。


「……仕方ないですね――――羽崎センパイ、このままでいいんでさっきウチが投げた質問に答えてください」


「え?」


 緑川が俺を見つめたまま羽崎に向かってそう言った。


「質問にするまでもないことだとは思うけど、まあいいわ――――私は目黒川君が好き。だから彼が小鳥遊さんをほぼ抱いていたのを見て、気分が悪くなったの」


「ちょ、なにこれ?」


 羽崎も俺を見つめたまま緑川に答えた。


「はッ、随分と潔い浮気発言ですね、羽崎センパイ……彼氏さんが来なかっただけで別の男に乗り換えですか? 見かけによらず軽いんですね」


「――あッ! ちょ、もう少しで今年が終わっちゃうじゃないかッ⁉ こうしちゃいられん――二人ともッ! そんな怖い顔してないで賽銭の列に並ぼうぜ!」


 俺は馬鹿みたいに声を張って、身につけた腕時計の指針がもう少しで重なることを二人に主張した。


「なにを言っているの? 彼氏さんが来なかったのはあなたの方でしょ?」


「え、無視?」


 されど会話は続く……続いてしまう。


「は? ウチの彼氏ならもうとっくに来てますけど? 目の前に」


「目の前? ……あら、奇遇ね。私の彼氏も目の前にいるの」


「――あ、向こうで年越しカウントダウン的なのをやろうとしてる人達がいる! 多分そう! 絶対そうだよあれ! うわー楽しそう! ああいうの一度やってみたかったんだよね! どうしよう、参加してみよっかな……よし! 参加してみよう! というわけで――」


「「……………………」」


 逃げ出そうとした俺の腕を緑川と羽崎が無言で掴んできた。行かせてなるものかという思いが腕を通してひしひし、いや――ギシギシと伝わってくる。


 なにげに力が強い。てか緑川に至っては腕捻ってきてるんだけど! 普通に痛いんだけど!


「――ちょ、ちょっと! あんた達なにしてるのッ! 目黒川から離れないさいよッ!」


 両手にクレープを持って戻ってきた小鳥遊が、両手に花ならぬ両腕に花な光景を見てそう言いつけてきた。


 なんて間の悪い……ああ……処刑台に立つ罪人のような気分だ。


「小鳥遊センパイにも一つお聞きしたいことがあるんですけど……小鳥遊センパイ彼氏さんって、誰ですか?」


 緑川に訊ねられた小鳥遊はハッと驚いた表情をみせる。


「そ、そんなこと、聞かなくてもわかるでしょ……」


「いえ、直接言葉にしてもらわないとわからないので教えてください」


「な、なんでわからないの――」


「いいから……早く教えてもらえません?」


「う、うぅ……」


 有無を言わさぬといった緑川の態度にたじろぐ小鳥遊。


 やがて小鳥遊は観念したかのようにクレープを持った手を前に伸ばし、緑川の問いに対する答えを指し示す。その先にいるのはもちろん俺だ。


「あら……奇遇ね」


 羽崎の口調は心なしか優しかった。が、俺への行いはまったくもって優しくはなかった。


 緑川同様、羽崎も俺の腕を雑巾絞りの要領で強く捻ってきたのだった。



――――――――――――。

あーーーもういやだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


いやいやぁいやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


ああんもうもうもうもうもう――もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいやだああああああああああああああああああああああああああああああ!


いやなの! わたくしもういやなの! 同じなのはいやああああああああああああああああ!







誰か、お勧めのAVありませんか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る