長い一日の終わりにお嬢様は自覚する
羽崎と別れ駅へと戻ってきた俺は一人、ホームで本日最後の電車を待っていた。
ベンチは良い感じのカップル達に占領されていたので、少し離れた場所で待つ。しんしんと降る雪を呆然と眺めながら、寒さを少しでも和らげようと体を小刻みに揺らす。
息を吐けば必ず白く、冷気で顔が痛い。家の風呂がとてつもなく恋しい。
今日一日、長かったなぁ……。
見ようによっちゃ3人の女子とクリスマスイブを過ごした女ったらし。だが、結局最後はこうして一人……カップル達の輪からハズレて寂しく突っ立っている。
たまたま偶然という確率が収束しただけであって、本来の目黒川奏多はこんなもん、突出した才能もなければイケメンでもない……普通に友達がいて普通に彼女がいない平々凡々な高校生だ。
「…………ん?」
俺が自分というものを再認識しているところで不意にスマホが振動した。長さからしてメッセージの通知じゃない。
電話か……こんな時間に誰だ?
俺は冷え切った手でスマホを取り出し確認する。相手は小鳥遊だ。
「――もしもし」
『あ――め、目黒川? あたし、小鳥遊だけど……』
「いや、言われなくてもわかってるよ。んで、なにか用?」
『う、うん……その……あの……』
妙に歯切れの悪い小鳥遊。言い出しずらい用件なんだろうか?
こっちからなにか言うのは却って焦らせてしまうと考え、俺は黙ったまま小鳥遊の次の発言を待つ。
『…………あたし、世間知らずなの』
「唐突だなおい」
『ごめん……でも、間違いないの! あたしは絶対世間知らず! 目黒川もそう思うでしょ?』
なんでちょっとテンション高いんだよこの人。なに? 自暴自棄?
「ま、まぁ、思う思わないの2択だったら……思うけども」
『だよね! やっぱりあたしは世間知らず! 目黒川に自分を見つめ直せって言われて、実際に見つめ直して、真っ先に浮かんだのがそれだったの! ……良し、これで自信を持って自分が世間知らずだってことが認められる!』
「ああ、うん…………良かった、ね?」
正直なにが良かったのかまったくわからんけど、まぁ本人が良いって言ってんだからいいか……それよりも。
「んで、用件は?」
『えっと、用というか……その、お願い? があるんだけど……』
一旦間を置く羽崎。『スゥ――ハアァ――』と深呼吸しているのが電話越しにでもわかった。
『――彼氏代行、また頼んでもいい?』
いやお前もかいいいいいいいいいいいいいいいいいッ! と内心で盛大に突っ込みを入れながら、俺は訳を聞く。
「待て待て、なんの脈絡もない気がするんだが……なんでまた?」
『ほ、ほら! あたしって目黒川も認めるほどの世間知らずでしょ? だからその……色々教えて欲しいなって』
「いやいや、それなら別に代行じゃなくても――というか俺じゃなくても良くない? それこそお父さんとか――」
『――目黒川がいいの!』
うぐッ……なんと真っ直ぐストレートな。
あーだこーだ言って遠回しにじりじりと近づいてくるんじゃなく、あくまで一直線。変化球を投げないんじゃなくストレートしか投げられない小鳥遊ならではだ。野球漫画の主人公か己は。
『……ダメ?』
追い打ちをかけるようにしょんぼりした声が。
ああもうこの際だ――2人も3人も同じこと!
小鳥遊の自暴自棄に負けないレベルの
「わかったよ。代行でもなんでも引き受けてやる」
『ほんとにッ⁉』
「ああ。ただ前もって伝えておくけど、俺が教えてやれることなんてないに等しいぞ? それでもいいのか?」
『大丈夫大丈夫! ふっふーん! これから楽しみだなぁ~』
「いや、全然大丈夫じゃないし、楽しみにされても困るんだけど…………とにかくそういうことだから、あんま期待すんなよ」
『わかった! あんまり期待しないでおく!』
そう嬉しそうに答えた小鳥遊。是非、自分がなに言ってるのかメモ帳に記して読み直していただきたい。
『……ほんとに、今日はありがと。お父さんを説得してくれて……目黒川がいなかったら、あたし……』
「それはもう終わったことだから、気にしなくていい――――すまん、電車来ちゃったから、もう切るぞ?」
『うん。いきなり電話してごめんね?』
「いや、全然……じゃ、おやすみ」
『おやすみ!』
通話を切ると同時に、目の前で停止した電車のドアが開く。
時間が時間なだけに人はまばら、席は余裕で確保できた。
外が寒かっただけに、暖房が効いている車内はまさに天国。こりゃ、乗り過ごしに注意しないといかんな。
快適が故に訪れる眠気。今日一日の疲れもあって、目を瞑ればすぐにでも夢の世界に行けそうだ。
仕事終わりだろうか、斜向かいに座っているスーツ姿のお兄さんは気持ちよさそうにウトウトしている。羨ましい、できることなら俺も舟を漕ぎたい。
そんなことを考えながら窓の外に視線を向ける。
緑川に続いて羽崎と小鳥遊も、か。これからどうなっていくか想像もつかんが…………あ、ダメだ、もう本気で眠い。ちょっとだけ寝よう、そうしよう。
俺は襲い来る睡魔に抗うことをやめ、腕を組んで目を閉じたのだった。
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