世間知らずなお嬢様と偽りのご挨拶6

「申し訳ないね、目黒川君。お見苦しいところを見せてしまって」


「あ、いえ全然、お気になさらず」


 俺は居住まいを正して小鳥遊パパに向き直った。緊張させないようにと気を遣ってくれてるのか、パパさんは口元を緩めている。が、元が元なだけに微笑みですらも威圧感半端ない。


 そんな失礼極まりない感想を俺が抱いていると、小鳥遊パパが「それからもう一つ」と柔和にゅうわな声を発する。


「甘美のわがままに付き合わせてしまって、申し訳ない」


「わ、わがままなんて、そんな……」


「隠さなくてもいいよ。君、甘美の彼氏ではないんだろ?」


 ま、マズいぞ小鳥遊……全部――全部見透かされちまってる!


「そう驚くことじゃないよ。悪い言い方をするが、子供騙しに引っ掛かるほど私は馬鹿じゃないからね」


 やはり学生如きがどうにかできる相手じゃなかった。言い逃れの余地はまだ残されているが、きっとこの人には通用しない。


 ただ、今思えば見抜かれてしまうのは至極当然だったのかもしれない。


 小鳥遊は縁談を破談させるために彼氏として俺を紹介した。言い換えれば急遽、彼氏を用意した。それは実に都合の良い話であり、同時に小鳥遊パパに胡散臭さを与えてしまう弱点でもあったと、そう推測できる。


 それに、『結婚を前提に付き合っている彼氏とお父さんに挨拶』という設定をそっちのけで、主張を前面に押し出していたのも不自然な部分だったと思う。


 要はバレるべくしてバレたということ……素直に認めるしかないか。


「……その、すみませんでした。お父さんの仰る通りです」


利口りこうだね、目黒川君は。下手に言い訳する大人よりよっぽど利口だ」


 そう言って小鳥遊パパはソファーにもたれかかる。


「家族よりも会社の方が大切……か。どうやら甘美は私が利を求めて縁談を持ちかけたと勘違いしているようだね」


「……え、違うんですか?」


「はっはっは、違うよ。私はそこまで欲深ではない……甘美のためを思ってなんだよ」


「小鳥遊のため、ですか?」


 俺が聞き返すと、小鳥遊パパはゆっくりと頷く。


「甘美は……根が真っ直ぐで凄く良い子だ。私の自慢の娘……だが、真っ直ぐすぎて心配になる部分も多々ある。人を信じることができるのは素晴らしいが、疑うことを知らないのは危険だ。さらに、その信用もお金に依存してしまっている節が見受けられる」


 まったくその通りです組長さん、と俺は内心で相槌を打つ。


「悪い輩に騙されたりしないか、父親として心配でね……だから縁談を持ちかけたんだ。相手はお金に目が眩む子ではないし、なにより中身がしっかりしている。安心して甘美を任せられる、そう思ってね」


 一企業のトップも一人の人間ということか。娘が心配で心配でしょうがないんだろう……ただ、それが小鳥遊のためになっているかと言われれば、正直なっていない。


 強面で社長で俺よりも一回り二回り歳が離れた小鳥遊パパに対して物を言うのはおこがましいことこの上ない。が、俺も責任を果たさなければいけない立場だ。


 今がまさに――〝若さ〟を武器にする絶好のタイミングだな。


 俺は一度呼吸を整え、それから小鳥遊パパの瞳を見据えた。


「無関係な俺が首を突っ込む話じゃないと承知した上で言わせていただきますが……お父さん、あなたのしていることはまるで小鳥遊のためになっていません。心配になる気持ちはわかりますが、彼女のためを思うなら彼女の気持ちを自由にさせてやるべきだと、俺は思います」


「……そう私を説得しろと、お金と一緒に甘美に頼まれたのかな?」


「いえ、金は貰ってません。第三者の忌憚きたんのない感想です」


 即答する俺を見て、小鳥遊パパは僅かに口を開け、驚いたような表情を覗かせた。


「遠慮がないんだね、目黒川君は」


 やばい――殺される⁉


 握った拳が震える。唾を飲み込む音がやけにうるさい。俺の心は冷や汗をかきまくりだ。


 拳銃チャカでどたまブチ抜かれてしまうんじゃ、小指エンコ詰めさせられるんじゃ……嫌な想像ばかり働いてしまう。


 がしかし、そのどちらも起きることはなく、小鳥遊パパは諦念めいた眼差しを扉の方に向けた。


「君の言う通りだね。事実、甘美には酷く呆れられてしまったようだし……」


「……………………」


 小鳥遊パパは俺に視線を戻す。


「縁談は取り消すよ」


「ほ、本当ですか?」


「本当だよ……できれば、君の口から伝えてあげてほしい。お願いできるかな?」


「え、ええ。わかりました」


「手間をかけさせてすまないね。よろしく頼むよ」


「はい」


 俺は立ち上がり、小鳥遊パパに頭を下げた。


 ……言ってみるもんだな。


 小鳥遊パパに笑みを返され、俺はもう一度会釈し、客間を後にする。


「――うおッ、いたのかよ」


 朗報を引っ提げ小鳥遊の元に向かおうとしていたが、その必要はなくなった。


 扉の前で立ち聞きしていたのだろう。小鳥遊は客間の外で小さく佇んでいた。


「えっと、あの、そのぅ……」


 視線を彷徨さまよわせている小鳥遊。明らかに動揺しているのが見て取れるが、その顔は何故かうっすら赤い。


「……とりあえず、場所移すか」


「う、うん」



――――――――――――。

どうも、深谷花びら大回転です。


ああ、神よ……罪深きわたくしをどうかお許しください。


2年前、いや3年前のあの日……自分の部屋でするオ〇ニーに飽きたわたくしが全裸で妹の部屋に侵入しベッドに横になって――――――――――――ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!


神は……大回転を許しはしなかった……とさ。

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