世間知らずなお嬢様と偽りのご挨拶2

 なんてことでしょう。玉さんこと〝玉じゃなくってお菓子な人生〟さんの正体は小鳥遊甘美さんでした! わーいパチパチパチッ――じゃねーよッ! なんだこれは! 聖なる日の奇跡が怒涛の勢いで舞い降りてきてもはや『奇跡とは?』状態なんだけども!


 ひょっとしてあれか? 小粋なサンタから彼女いない俺へのささやかな贈り物ってことか? だとしたら限度を知れ馬鹿ッ! 働きすぎだ白髭ジジイッ!


 俺が幼い子供達の夢の象徴であるサンタクロースに対し悪態をついていると、表情を一変させた小鳥遊がヒールを暴力的にカツカツと鳴らしてこっちに向かって来た。


「――ちょっと目黒川! これは一体どういうことッ!」


「いや、どういうこともなにも俺がめぐろんなんで……つまりお前は俺に彼氏役を頼んできたってことになりますね、はい」


「……最悪」


 小鳥遊は頭痛に苛まれているかのように額を押さえ、不快をそのままに零した。


「あの、そんなに嫌なら全然キャンセルしてくれてもいいからね?」


 俺としてはそれで一向にかまわない、むしろありがたい、そんな提案。


 がしかし、小鳥遊は即答せずに黙って考え込んでしまう。


「…………相手を選んでいる余裕はなかったわけだし、この際あんたでもいい」


 残念ながら期待は外れてしまった。小鳥遊の口振りから察するに、クリぼっちを避けられるなら誰でもいいようだ。


 少しでもキラキラしたものを自分に飾り綺麗に見せようとする……ほんと、歩くクリスマスツリーかな?口にしたらまず間違いなく怒られるので言わないけれども。


「――はいこれ。今日の分のお金、先に支払っておくわ」


 そう言って小鳥遊が差し出してきたのは、時給5倍で計算したとしても多すぎる福沢諭吉さん達だった。


「さすがにこれは……というか丸一日俺の時間を買うつもりか?」


「心配しなくても、時間は取らせない。このお金には口止め料も含まれてるの」


「口止め料?」


 真っ当な人生を送っていれば縁のないワード。裏を返せば小鳥遊がこれから良からぬことを働こうとしている……と、容易に想像がつく。


 怪しい、怪しすぎる。金持ちってステータスがあるだけに余計。


「……まさか、ライバル社のお偉いさんを暗殺しに行くとかじゃ」


「そんなわけないでしょッ!」


「じゃあなんだよ。悪いけど、犯罪の片棒を担ぐとかはごめんだぞ?」


「それは……」


 俺が聞き返すと、小鳥遊は決まりが悪そうな顔して俯いてしまった。え、大袈裟に言ったつもりだったけど、マジで犯罪に手を染めるつもりでいるの?


「……犯罪じゃない。けど、事情は話せない。話せばあんたは絶対に断るから――だからこうして多めにお金を払ってるの」


「そうか。じゃあ断らせてもらう」


「お、お金が足りないというなら、もっと払うから――」


「額の問題じゃないから」


 俺は冷たくて言い放った。


 まぁ、小鳥遊らしいと言えばらしいか。それっぽい嘘ついたり肝心な部分をぼかしたりと、他にやりようはいくらでもあったはずだ。けれど彼女は馬鹿正直に明かしてしまった。


『事情は話せない。話せばあんたは絶対に断るから』


 普通、交渉すべき相手に損を匂わせることは言わない。こいつのやってることは、スーパーのチラシで税抜き価格ではなく税込み価格をドドン! と赤字でドでかく表記しているようなもんだ。


 金で人は従うと本気で思い込んでいる……いや、見下している証拠。だから彼女には友達が多い。


 唇を浅く噛んでいる小鳥遊を見て俺がそんなことを思っていると、彼女は観念するような表情で口を開く。


「……事情を話せば、いいの?」


「一応、聞いてやる……ただ、話せば絶対に断るってレベルの内容らしいからな、あんま期待しないでくれ」


「……わかった」


 僅かの間を置いた小鳥遊は、覚悟を決めたような顔で俺の瞳を真っ直ぐ見据え告げる。


「あたしの彼氏……ううん――〝結婚を前提にお付き合いしている彼氏〟として、あたしのお父さんに挨拶してほしいの」



――――――――――――

「みんなー! やっと会えたね! 深谷花びら大回転――でええええす! 今日はわたくしのライブに来てくれて本当にありがとう!!」


貴様ら「いええええええええい!」


「おっぱいー揉みたいかーーー?」


貴様ら「もみもみいいいいい!」


「おっぱいー舐めたいかーーー?」


貴様ら「ちゅうちゅうううう!」


「母乳は飲みたいかーーー?」


貴様ら「……え」


「え?」


貴様ら「いや、それはさすがに……ないです」


そんな凍りつくような夢をみました。布団が床に落ちていたので、『どうりで!』と1人納得した朝でした。

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